出版

『正論』  2005年10月号 pp.340-341

『米国民主党−2008年政権奪回への課題』


2004年の米大統領選挙では、ブッシュ大統領とケリー上院議員の間で長く激しい選挙戦が展開された。 そこでは、イラク戦争や経済問題のみならず、同性愛者の結婚といった「道徳的価値」がテーマになるなど、 米国政治の意外な一面が垣間見えた。ブッシュ再選という結果の背景には、社会の保守化という現象があったのだ。

この辺の事情を読み解く際に、大変役に立ったのが『G・W・ブッシュ政権とアメリカの保守勢力−共和党の分析』であった。 評者も大統領選挙ウォッチングのネタ本として、大いに活用させていただいた。 同書は日本国際問題研究所が、2002年度に米国共和党を研究した際の成果物であり、「一歩先を読む」というお手本のような プロジェクトであった。このたびその続編として、『米国民主党』の研究が刊行された。 現在は劣勢にある民主党は、2008年に向けて何を考えているか、さまざまな角度から分析している。3年後といわず、今すぐ役に立つ。

2004年選挙において、民主党は大統領選挙で敗れたのみならず、連邦議会選挙においても、上下両院で議席を減らした。 彼らはこの敗北をどう総括しているのか。 編者の久保文明教授によれば、党内右派(穏健派)は「政策が悪かったために、勝てるはずの戦いを落としてしまった」 という悲観的な見方をしており、逆に左派(リベラル派)は「選挙資金でも運動量でも、共和党に負けないくらい善戦した」 という楽観的な見方をしているという。前者は、ケリーの外交政策が反戦派に媚び過ぎたのが敗因であり、民主党が抱える問題は 深刻だと認識する。後者は、インターネットを使った選挙資金調達能力など、大いに得るところがあったので、党は活性化された と考え、政策面は問題なしと考える。

こういう対立が残っていること自体、民主党の前途が危ぶまれる。やはりクリントン時代のように、リベラル派が穏健派に譲歩す る形を取らない限り、政権復帰は覚束ないのではないだろうか。その辺の事情を最もよく理解しているのは、2008年の有力候補で あるヒラリー・クリントン上院議員であろう。もっとも、この手の予測は、2006年の中間選挙後まで差し控えるのが賢明であるら しい。

本書はまた、日本からは見えにくい米国政治の現実について貴重な示唆を与えてくれる。選挙区割りの不利から、民主党が下院で 多数に復帰できるのは早くても2010年になりそうなこと。外交・安全保障政策において、ブッシュ政権が生み出した革新的なアイ デア(先制行動論など、評判は非常に悪いのだが)に対し、民主党の「抵抗」に限界があることなどは特に興味深い。さらに民主 党の支持集団として、労働組合やフェミニスト、環境保護、消費者運動などと並び、法廷弁護士の団体が力を得ているというのも、 今後を占う上で面白いポイントである。

他方、民主党再生に向けての長期的な取り組みも始まっている。クリントン時代の首席補佐官であったジョン・ポデ スタが、シンクタンクを立ち上げたのもその一歩である。この試みは共和党がヘリテージ財団を設立することで、60年代の低迷か ら脱却を図ったことのミラーイメージをなしている。

こういう研究を読むと、二大政党制がきちんと定着している国の政治がうらやましく思えてくる。わが国の場合は、来る総選挙で 二大政党の鍛え直しが必要であろう。


双日総合研究所副所長 吉崎達彦