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シンポジウム「歴史と和解-国際比較から考える-」(概要)




 

2017年10月12日、日本国際問題研究所は、ホテル・オークラにおいて、「歴史と和解-国際比較から考える-」と題し、シンポジウムを開催しました。(プログラム
(映像(Youtube) : 第一部(日本語)第二部(日本語)第三部(日本語)PartⅠ(English)PartⅡ(English)PartⅢ(English))
その概要は以下のとおりです。




1.北岡伸一国際協力機構理事長による冒頭講演

 野上義二日本国際問題研究所理事長による開会の辞の後、北岡伸一国際協力機構理事長による冒頭講演が行われました。その概要は以下のとおりです。

  • このシンポジウムは、「21世紀構想懇談会」における戦後70周年の議論を更に続けるという試み。

  • この冒頭講演では、何点か問題提起をさせていただくとしたい。

  • 外交の中心課題は、軍事、戦争、平和、領土、さらに第二次大戦後は経済問題であったが、今日重要な外交上の武器となっているのはイメージである。解決方法が制度化されていないイメージをめぐる紛争が第二次大戦後の平和を掘り崩しつつある。

  • 植民地統治についていえば、統治による被害の大きさや宗主国による投資の規模と、後に残る不満やイメージ、和解の困難さの間に相関関係はない。例えば、英仏の統治がそれほど良かったとは言えないが、旧植民地との関係は相対的に良好である。日本の台湾統治と朝鮮統治の場合、犠牲者数はほぼ同じと推測されるが、日本に対するイメージは台湾の方が相対的に良い。

  • 和解が行われる一つの条件は、現実の利害の共通性である。独仏和解、日米和解の前提にはソ連の脅威があった。和解と政治体制という意味では、ドイツとポーランドの和解もポーランドが民主化してから大きく進んだ。他方で、全体主義の場合は、教科書の記述の統制などによりイメージを操作できる。時間が経過しても記憶が薄れない。歴史の問題は、時が経てば癒されるというものではない。そこには体制の問題があると考えられる。韓国の場合は、民主主義国であるが、独特の考え方(一定の問題については、個人の責任を超えた集団の責任があるとの考え方)がある。

  • 責任と謝罪の問題については、責任の大部分は個人に属すると考える。多くの情報を持って政治的決断を下し指示をした指導者と、政府を支援した一般国民の責任は異なるはずである。今の日本の若い世代に果たすべき責任があるとすれば、しっかり歴史を学ぶ、ということにあるだろう。

  • 特定の歴史認識に合意できなくとも、互いの歴史観を並べ議論する共同研究、パラレルヒストリーの構築は重要である。今後は、当事国のみならず第三国も加え、共同研究の多国籍化を行い、international historyとして歴史の共有を進めることができれば、それが和解の基礎となるのではないか。


2.第一部「和解の事例研究」

 第一部では、「和解の事例研究」と題し、様々な和解の個別事例を比較し、和解を促進した要因に着目して議論しました。各パネリストの冒頭発言の概要は以下のとおりです。



(1) ブラマ・チェラニー(インド 政策研究センター教授)
  • 歴史は基本的に主観的なものである。現在、事実と虚構から自国に好都合な歴史を作り出す例が散見されるが、権威主義体制では国家が歴史の解釈を独占している。中国はその好例である。

  • インドは、英国の植民地支配以前は極めて豊かな国であったが、英国の搾取により、その支配が終わる頃には世界で最も貧しい国の一つであった。英印関係においては、苛烈な植民地支配にもかかわらず、インドは英国に謝罪を求めることなく、和解が行われている。このようなインドの寛容及び未来志向は、中国や韓国が今なお過去を梃子にしているのと対照的である。その背景には、独立当初からの民主主義にある。また、運命を受け入れることを説く「カルマ」の精神も、重要な機能を果たした。

(2) リリー・フェルドマン(米国 ジョンズ・ホプキンス大学米国現代ドイツ研究所上席研究員)
  • 和解には、当事者の信頼や共感、ある程度の寛大さ等が必要であるが、許しは必ずしも不可欠ではない。また和解は終局的な一つの到達点ではなく、持続的で長期的なプロセスである。

  • ドイツとポーランドの戦後和解では、加害者による戦争行為の認定と被害者の苦難への真摯な対応、当事国間の政治的リーダーシップや市民社会の連携、若年層の積極的関与、国際環境等の外的要因、そして歴史を通じて相互理解を深めようという姿勢等が和解の促進要因として作用した。

(3) 久保文明(東京大学教授)
  • 比較的成功した和解の事例の一つである日米間にも、真珠湾攻撃、広島への原爆投下等消し難い過去が存在する。しかし、米国の日本占領は比較的温和なものであり、また、冷戦の激化という国際環境も大きく作用した。そして、日米同盟が実現し、その後も日米両国は、沖縄の早期返還実現や同盟強化の努力等を通じて、戦中の記憶と敵意を乗り越え、和解を達成してきた。冷戦後も、両国の意思により、同盟の結束をさらに高めてきた。

  • 人種、宗教、文化的にこれ程離れた日米両国が、悲惨な戦争を越えてこれ程の和解を達成したことは、世界史的に見て評価できる。

(4) 兼原信克(内閣官房副長官補・国家安全保障局次長)
  • 本日は、個人の見解として述べさせていただく。

  • 和解の前提には、国際関係上の利益もあるが、一つ一つの国のアイデンティティも密接に絡んでくる。各国のアイデンティティは、その歴史の見方に作用し、和解のプロセスに影響を与える。共通の過去があれば共通の未来を見ることができるが、逆のケースももちろんある。

  • 20世紀には、アジア、アフリカ諸国の民族自決が人種差別の撤廃とともに進められ、自由、人権、民主主義の価値観の普遍化が進んだ。冷戦後に姿を現してきたのは、米国が主導してきた自由主義的な国際秩序である。

  • 今後、新興のアジア・アフリカ諸国も普遍的価値観に基づく国際秩序に今後組み込まれる中で、自らのアイデンティティや歴史を再定義するであろう。彼らが紡ぐ新たな歴史に向き合うと同時に、グローバルヒストリーの中において日本の歴史をどのように位置づけるかを考える必要がある。

 冒頭発言の後、自由討論及び聴衆からの質問が行われ、アジアでは経済発展等を背景として歴史が否定的な道具として用いられており、アジアでは時間が歴史の傷をいやすことになっていない、といった指摘がなされました。


3.第二部「和解の促進要因と阻害要因」

 第二部では、「和解の促進要因と阻害要因」と題し、和解に至った事例、和解に至っていない事例の双方を念頭に置いて、ナショナル・アイデンティティ、文化、政治体制などの相違を踏まえつつ、和解の促進要因・阻害要因について議論されました。各パネリストの冒頭発言の概要は以下のとおりです。


(1) 何忆南(米国 リーハイ大学准教授)
  • 和解プロセスがうまくいくかについて重要な要素になるのは、各国の政治指導者は、自らの国内政治上の理由から歴史的言説を政治化するという国家的神話の形成(national mythmaking)を行っているかどうかである。

  • 1980年代以降現在に至るまで両国において国家的神話の形成が続いているため、和解が阻害されている。特に2010年代に入り、日中間の歴史問題は、領土問題とリンクすることで、新たなエスカレーションの局面に入り、日中間の安全保障のジレンマを悪化させている。

  • このような状況を乗り越えるためには、歴史的記憶の共有が重要である。

(2) 金志英(東京大学大学院総合文化研究科准教授)
  • 慰安婦問題を巡り日本と国際社会の間には立場の隔たりがある。これは日本にとって過去の一連の慰安婦問題に関する合意が、特に保守層を中心とした国内社会の反発に配慮した戦術的妥協(tactical concession)に留まり、慰安婦問題を巡る国連や国際社会での議論や指摘があるものの実質的に日本国内での受け入れが進んでいないからだ。

(3) 坂元一哉(大阪大学教授)
  • 国家間の歴史と和解において、二つの重要な原則がある。一つは「国家間の歴史認識の溝を無理に埋めようとしない」こと、もう一つは「歴史は学ぶもので人を批判するためのものではない」である。

  • サンフランシスコ平和条約の起草過程では、冷戦という国際的文脈の中で歴史よりも和解を優先する要請が強かった。そのためダレス等の当時の条約起草者達が、ヴェルサイユ条約の失敗の反省に学び、双方の戦争責任への言及を回避した。

  • それでもなお残る、当事者の間の歴史認識を巡る痛みや面白くない感情は、時間の経過によって抑えられるものである。

(4) トンチャイ・ウィニッチャクン(米国 ウィスコンシン・マディソン大学名誉教授/日本貿易機構 アジア経済研究所主任研究員)
  • 歴史和解を左右する要素として正義(justice)がある。国際関係の中で、正邪を定義することは難しいが、最後に被害者が納得のいく正義をどこかで感じることが重要である。

  • 我々は歴史の学び方、歴史への向き合い方を変える必要がある。歴史を学ぶのは、知的成熟のためであって、ナショナリズムを含む感情的な執着のために歴史を学ぶわけではない。歴史を感情的な執着の道具として用いないことによって、我々は正義に近づくことができる。

 各パネリストによる冒頭発言の後、自由討論及び聴衆からの質問が行われ、歴史問題を主張する前にまず歴史研究を深める必要がある、慰安婦問題について国際社会対日本という構図で見るのは単純に過ぎるのではないか、といった指摘がありました。




4.第三部「和解とナショナリズム」

 第三部では、「和解とナショナリズム」と題し、ナショナリズムに着目し、いつ、どのような場合にナショナリズムが和解の阻害要因となるのか、東アジアにおいて未来志向の関係を築くために何ができるのか、といった論点を取り上げました。各パネリストの冒頭発言の概要は以下のとおりです。



(1) 細谷雄一(慶應義塾大学教授)
  • 国際政治という視点からナショナリズムと和解の問題を考えるとき、パワー(力)と正義がどのように連関しているかを考えるのが重要である。すなわち、関係国の力関係が大きく変わることによって、正義や歴史認識の問題も大きく変わるということである。

  • 第二次大戦後の国際秩序を構築する段階で、正義を定義したのは当時の戦勝国であり、中韓を含むアジア諸国等の多くはその過程に参加していなかった。しかし、これらの国々が台頭し、戦略環境やパワーバランスが大きく変わろうとする中で、自らの正義を既存の秩序に埋め込もうとしており、その中で生じる軋轢が、歴史認識を巡る対立として顕在化している。

  • こうした文脈の中で、中国や韓国等の正義に対する理解を深めつつ、史実に基づくということを前提としながら、各々の正義を調和させて一定の共有可能な正義を構築することを目指すべきである。

(2) 張隆志(台湾中央研究院台湾史研究所副研究員)
  • ナショナリズムは、統合(和解)と排外(対立)という二面性を持つ。ナショナリズムは、しばしば和解の阻害要因となるが、台湾では、統合(和解)の契機として、複数の民族・文化集団の台湾人としての国民意識を形成し、民主化を促進する原動力としての肯定的な役割を果たした。

  • 現代の日台関係においてナショナリズムは和解の阻害要因となっていない。その背景には、台湾人の国民意識の形成の上で、日本の植民地統治を自らの歴史に織り込む試みがあったこと、そして東日本大震災への支援やポップカルチャー等を巡る積極的交流等が存在するからである。

(3) 楊大慶(米国 ジョージ・ワシントン大学准教授)
  • 中国では、冷戦の現実的要請、共産党のイデオロギー等により1945年から70年代にはナショナリズムが抑制され、日中間で薄い和解(thin reconciliation)が進展した。その後、1990年代以降、中国はナショナリズムが表面化し、日中間の歴史和解を阻む悪循環の要因となる。

  • 両国が和解に向け前進するため、経済的相互依存等の東アジアのダイナミズムを利用すること、日中社会がナショナリスティックな言説に対抗することが重要である。また、東アジア地域で歴史家や歴史教育家のネットワークを構築し、グローバルな共通の歴史を構築する努力が重要である。

(4) 朴裕河(韓国 世宗大学教授)
  • 慰安婦問題は、河野談話・村山談話や2015年の日韓合意は、日本政府による解決の試みであったが、韓国ではこれらの試みがきちんと報道されず、情報が偏在し、これらの解決の試みに反発する支援団体の声がそのまま韓国メディア・国民の認識になっている状況。

  • 慰安婦問題が日韓歴史上の最大の問題となっていることの背景には、韓国国内での左派と右派のイデオロギー対立と対日歴史観が結びついていることがある。すなわち、韓国内の左派は、冷戦中は日本を帝国主義国家として敵視し、冷戦終了後も引き続きそのような政治的立場の枠組みから原理的主張を続けることになった。

  • 和解のためには、①情報と合理的・倫理的な考え方・態度を共有すると同時に、②(植民地)支配は原則的に問題視するという態度が重要である。

(5) 川島真(東京大学大学院総合文化研究科教授)
  • 日本は、サンフランシスコ平和条約及び他の二国間条約により、戦後処理の問題について法的処理を図ったが、これらの条約が締結された当時の相手国は権威主義的な体制であったために、決定プロセスに参加していないアクターが生じてしまった。彼らにとっては条約で解決済み、ではおさまりがつかないということがある。

  • 日中間の第二次大戦後の歴史では、日中それぞれが歩み寄りをしようという動きがみられる時期があったが、そのタイミングが合わなかった。

  • 日中間では、歴史家の交流や共同研究が進んでいるにもかかわらず、その成果が国民レベルの認識にまで還元されていない。

 各パネリストによる冒頭発言の後、自由討論及び聴衆からの質問が行われ、日本では90年代には慰安婦問題について贖罪意識を持っていたが、慰安婦問題を率いる人達が、皆で共有できる正義というものを目指していなかったために、逆に、その贖罪意識が後退しているということがいえるのではないか、ナショナリズムと和解の問題を考える時に、力(パワー)のみならず利益(利害関心)という観点もあることを考慮に入れる必要があるのではないかといった指摘がありました。


以上



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