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コラム/レポート

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南シナ海問題における日本の役割と課題



ベトナムの資源探査船の調査妨害やフィリピン周辺での新たな建造物設置などの一連の中国の示威行動によって緊張が高まった南シナ海問題は、第18回ASEAN(東南アジア諸国連合)地域フォーラム(ARF)閣僚会合の前に開催されたASEAN+1(中国)外相会議において、2002年に採択された「南シナ海における関係国行動宣言」(南シナ海行動宣言)の実効性を高めるための指針(「南シナ海行動宣言実施のための指針」)の合意を見た。しかし、紛争解決への道のりは依然として険しい。緊張が高まったことを受け、日米豪共同訓練が初めて南シナ海で実施されるなど、同海域において新たな発展が見られた。本コラムでは、当該問題に対し関与する姿勢を見せ始めた日本の役割と課題を考えたい。

南シナ海問題再燃の背景

南シナ海問題は、今日に始まったわけではない古い問題である一方で、近年新たな様相を呈するようになった新しい問題でもある。南シナ海問題とは、南沙(スプラトリー)諸島と西沙(パラセル)諸島の領有権をめぐる争いであり、前者においては中国、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、台湾が、後者においては中国、ベトナム、台湾が領有権を主張している。各国が領有権を主張する背景には、生物資源の他に、原油や天然ガス等の豊富な非生物資源が存在すると目されていることがある。また、南シナ海はインド洋と太平洋を結ぶ海上ルートを提供することから、戦略的にも重要な海域である。中国が約2500メートルの滑走路と埠頭を建設した西沙諸島最大のウッディ島(中国名:永興島)と南沙諸島のファイアリー・クロス焦(永暑礁)は、南シナ海だけでなく台湾海峡をも防衛海域に収める中国人民解放軍海軍南海艦隊の重要な戦略拠点となっている。

近年、南シナ海が再び注目を浴びるようになった背景には2つの要因があろう。一つは、中国の核心的利益発言である。昨年3月にスタインバーグ米国務副長官らが訪中した際、中国政府高官が南シナ海を「核心的利益」と位置づける中国の方針を米側に伝達した(1) 。台湾やチベットと同レベルにある核心的利益との位置づけは、南シナ海が中国政府にとって交渉の余地がなく、領有権保持のためには武力行使も辞さないことを対外的に公言したに他ならない。近年の中国の急速な経済発展に伴う軍事近代化やその不透明性、過去3年間にわたって増加傾向にある同海域における中国の一方的行動(漁獲禁止宣言、他国漁船の拿捕及び船員の拘束等)、尖閣諸島中国漁船衝突事件をはじめとする東シナ海での機会主義的行動が、核心的利益発言に信憑性を与えているのである。核心的利益発言のみに依拠して中国の南シナ海政策に変更があったと断定することには慎重であるべきだが、南シナ海を「核心的」利益へと格上げしたことが、同問題に付与された新しい要素であろう。

南シナ海問題に新たな関心を呼んでいるもう一つの要因は、米国の姿勢の変化である。米国は中国の核心的利益発言まで、南シナ海問題に対しては中立的な態度をとってきた。平和的解決を支持してはいたものの、同問題は係争国間で解決されるべき問題であるとし、米比同盟に係る米国のフィリピン防衛義務は南沙諸島まで及ばないという立場であった。この米国の姿勢に変化が見られたのは、昨年7月にハノイで開催された第17回ARF閣僚会合である。クリントン国務長官は、南シナ海における航行の自由は米国の国益であることを強調し、「米国は「南シナ海行動宣言」に則したイニシアティブや信頼醸成措置を促進する用意がある」と述べた(2) 。クリントン発言は、2009年3月のインペッカブル事件に起因するところが大きい(3) 。米国は同海域の航行の自由と安全を確保すべく、フィリピンやベトナムと同海域で共同訓練を実施し、同盟国であるフィリピンを防衛する決意を表明した。また、本年6月のアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアログ)では、ゲーツ前国防長官が米海軍最新鋭艦である沿海域戦闘艦(LCS)をシンガポールに配備することを宣言し、東南アジアにおける軍事プレゼンス強化を図っている。以上のような中国と米国の行動ないし姿勢の変化という2つの要素が、米中軍事衝突が起こる可能性が最も高い舞台として南シナ海を浮かび上がらせたのである。

日本の役割と課題

東南アジア諸国、特にフィリピンとベトナムは、米国の関与を歓迎している。アキノ比大統領は、フィリピンの安全と主権が脅かされた際、「日米は必ず我々の側に立ってくれる」と述べ、米国だけでなく日本に対する期待を表明した(4) 。こうした期待に日本はどの程度、そしてどのように応えられるのか。日本は南シナ海の平和と安定のために、どのような役割を果たすことができるのであろうか。以下では、日本の役割及び課題を、関与、ASEAN――特にインドネシアとフィリピン――との連携強化、地域秩序形成の3点を中心に論じる。

第一は関与である。日本は南シナ海に領有権を持たないため、これまで同問題に与してこなかった。しかし、南シナ海の平和と安定は日本の国益に直結する。日本は石油をほぼ100%輸入に頼っていることは周知の事実だが、その8割は中東から輸送され南シナ海を通過する。また、同海域の不安定は、東南アジア、南インド、中東、欧州、アフリカ諸国との貿易にも大きな影響を与える。同海域で有事が発生すれば、日本の政治経済活動に支障をきたすこととなる。南シナ海の安定は日本にとって核心的利益であるといっても過言ではないことから、日本政府は積極的に関与していくべきである。しかし、領有権を保持しない日本が領有権争いに直接関与することは困難であるため、米国が航行の自由と安全を強調したのと同様に、海洋の平和と安全を旗印に関与することが自然であり、また正統であろう。

その際に重要となるのはインドネシアとの協調である。インドネシアは南シナ海問題の当事国ではないにもかかわらず、1990年から非公式の「南シナ海紛争管理ワークショップ」を主催しており、同問題に関与の実績を持つ国である。連携を強化することで、日本はインドネシアが同ワークショップで得た知識と経験を共有することができる。また、日本とインドネシアはマラッカ海峡における海洋協力を積み重ねてきており、海洋の平和と安全の維持は両国にとって連携を強化しやすい問題である。本年6月、日本はインドネシアと外交、防衛、経済分野の閣僚協議を毎年開催し、特に航行の自由や海賊対策を含む海上の安全保障で協力することに合意した(5) 。こうしたインドネシアとの協調は有意義であろう。

また、インドネシアは、日・ASEAN連携強化においても重要なパートナーとなる。南シナ海問題は中国とASEANを軸に進展しており、同問題へ日本が関与するためにはASEANとの連携が不可欠である。インドネシアは今年のASEAN議長国であるだけでなく、ASEANの盟主でもある。ASEAN議長国は来年以降、順にカンボジア、ブルネイ、ミャンマー、ラオス、マレーシアと輪番していく(6) 。カンボジア、ミャンマー、ラオスは南シナ海に権益を持たず、同問題への関心は高いとはいえない。また、これらの国々は中国への経済的依存度を強めており、来年以降、同問題におけるASEANとの連携強化は難しくなることが予想される。

ASEAN共同体の一つの柱であるASEAN政治安全保障共同体を提案し、その中心的存在となっているインドネシアは、ASEAN議長国としての成果を、特に安全保障分野において模索している。インドネシアはプレアビヒア寺院をめぐるタイ・カンボジア紛争で仲介に乗り出したが、5月に開催されたASEAN首脳会議では不発に終わった。南シナ海問題において主導的役割を果たし、リーダーシップを示すことを望んでいよう(7) 。このことは、マルティ外相が法的拘束力のある行動規範の策定を本年11月のASEAN首脳会議前に行うことを目指していることからも看守できる(8) 。ASEANにおけるインドネシアの地位に鑑みれば、日・ASEAN連携強化は今年が好機であろう。

第二に、南シナ海で有事が発生した際、紛争が拡大するのを防止し海洋の安全を維持するために、地域諸国との連携強化が重要であることは言を俟たない。本年7月に実施した日米豪による初の南シナ海における共同訓練は、その一環である。報道によれば、防衛省幹部は「自衛隊は……南シナ海でも航行の自由を重視する米軍と共同歩調をとる」と発言した(『朝日新聞』2011年7月8日)。「共同歩調」に具体的にどのような活動が含まれるのかは国内で検証されるべき事項であろうが、自衛隊が活動を行ううえで、同海域に領有権を主張する国から支持を得られていることが望ましい。本年6月の日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)は、航行の自由と海洋の安全保障の維持を共通戦略目標とし、日米豪、日米韓、日米印、日米ASEANの多国間協力強化を明記した。日米ASEANのなかでも特に協力を深めていくべき国として、米国の同盟国であり日本の役割に期待を寄せているフィリピンが挙げられよう。フィリピンは南シナ海中央に位置し、地政学的重要性も高い(9) 。日豪、日韓、日印に比べ、日比防衛協力は後れをとっている。今後は、日比二国間及び日米比三国間協力の強化も視野に入れるべきであろう。

第三に、南シナ海問題における日本の役割は、同海域に留まらず広域アジア太平洋・東アジアの地域秩序形成を視野に入れたものであるべきである。東アジア共同体創設をめぐって、東アジア首脳会議(EAS)とASEAN+3のいずれかを主軸にすべきかで日本、中国、およびASEAN諸国は立場を異にしている。日本とインドネシアは、本年11月開催予定のEASで海洋における地域の共通理念・ルールの強化を協議することとしているが、EASを軸にそのような地域共通の規範形成に向けた取組みを推進することは、EASにモメンタムを与えよう(10) 。アジア通貨危機後に中国・ASEAN関係の緊密化が急速に進んだが、中長期的には日本が主導する形で地域秩序形成を図れるよう、海洋の安全を足掛かりに日本の存在感を示したいところである。日本はインドネシアや他の地域諸国との協調を通じて、来るEASで有意義な成果を生むことが期待される。

最後に、日本を含む全ての地域諸国に求められているのは、「慎重さ」(prudence)である。ここでいう慎重さとは、アジア諸国の対外政策は国内政治情勢と密接に関連していることを念頭に置いて対応することである。来年、指導者層の第4世代から第5世代への移行を控える中国を例にとれば、中国政府の領土問題に対する政策は、共産党の正統性とかかわっており、対内世論を強く意識した政策が行われることが指摘されている(11) 。無論、いかなる理由であっても、係争国は他国の不安を掻き立てる行動をしないよう慎重を期さなければならない。他方、地域諸国は同海域の平和と安全に対する脅威となる活動に対しては断固たる態度で対応しなければならないが、国内政治情勢を注視し、各国の行動を冷静に見極める必要がある。リアリズムのビリヤードボール・モデル的な国家行動の解釈に基づき、国内政治の影響を軽視すれば、一国の政策に根本的変化があったか否かの判断を見誤る恐れがある。慎重さを欠いた対応は、いたずらに危機を煽ることになりかねない。

関与と地域諸国との連携を図りながら慎重な対応を促すことが、日本と中国や東南アジア諸国との信頼醸成、及び地域秩序形成に向けた地歩を固めることに繋がろう。中国を取り込む形で海洋における地域共通の規範を形成することは容易ではない。しかし、その難題に取り組むことが、日本が南シナ海、ひいては東アジアの海洋秩序形成において果たせる重要な役割ではないだろうか。






(1) 核心的利益と発言したのが戴秉国国務委員であったという説と、崔天凱外務次官であったという説の2つがある。ヒラリー・クリントン米国務長官によれば、2010年5月の米中対話の際に戴秉国が南シナ海を核心的利益と呼んだという。Edward Wong, "China Hedges Over Whether South China Sea is a ‘Core Interest' Worth War," New York Times, March 30, 2011.


(2) Hillary Rodham Clinton, "Remarks at Press Availability," National Convention Center, Hanoi, July 23, 2011


(3) 米海軍調査船インペッカブルが南シナ海公海上で中国艦船に包囲され、進路妨害を受けた事件。中国は自国管轄海域であると警告し、同海域から退去するよう要求した。


(4) Benigno S. Aquino, III., "Speech of President Aquino in commemoration of Araw ng Kagitingan, 2011," Bataan, Philippines, April 9, 2011


(5) 日・インドネシア首脳会談、2011年6月17日、於東京


(6) ミャンマーは2014年に議長国を務める意思を表明している。7月のASEAN外相会議で他の加盟国は、これを前向きに検討することで一致した。


(7) "Marty wants progress on S. China Sea disputes at ASEAN meetings," Jakarta Post, July 18, 2011.


(8) ASEAN, "Joint Communiqué of the 44th ASEAN Foreign Ministers Meeting," Bali, Indonesia, July 19, 2011


(9) 当研究所海洋安全保障研究会における議論。2011年6月15、29日。


(10) 日・インドネシア首脳会談、2011年6月17日、於東京。


(11) 例えば、M. Taylor Fravel, "Regime Insecurity and International Cooperation: Explaining China's Compromises in Territorial Disputes," International Security 30:2 (2005), pp. 46-83.


(2011-08-08)

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