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コラム

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三期目を目指すプーチンの経済政策


伏田寛範(日本国際問題研究所研究員)



はじめに

3月4日の大統領選挙を目前に控え、プーチン首相はみずからの大統領選挙綱領となる論文を新聞各紙に次々と寄稿している。1月16日に第一弾となる論文「ロシアは立ち向かうべき挑戦に注力する」が『イズベスチヤ』に、翌週23日には民族問題を扱った第二弾の論文「ロシア―民族問題」が『独立新聞』に掲載された。そして第三弾として「経済面での課題について」と題する論文が30日付けの『ベドモスチ』紙上にて発表された (1)

昨年12月の下院選挙での与党「統一ロシア」の苦戦や相次ぐデモなどから、二期目のときのような圧勝劇は再現されないと予想する向きもあるが、プーチンが大統領の座に返り咲くことはほぼ確実視されている (2)。そこで本稿では、1月中旬から立て続けに発表されている一連の論文のなかからとくに経済政策にかかわるものを取り上げ検討し、その政治的な背景についても考えてみたい。

プーチンの選挙綱領

第一弾となった論文「ロシアは立ち向かうべき挑戦に注力する」は、続いて発表された各論文の総論という位置づけとなっている。本論文は、プーチンを次期大統領候補者に推挙した昨年11月の「統一ロシア」党大会で採択された「プログラム2012-2018」をもとに、有権者から寄せられた声を取り入れて執筆したものとされる (3)

「プログラム2012-2018」では、ソ連崩壊後の混乱からロシアがいかに立ち直り、2008~2009年の経済危機を乗り切ったのかとプーチン/メドベージェフ政権の実績が強調される一方で、汚職問題や経済の効率性の低さ、ビジネス環境の悪さといった積年の課題が未解決のままであるとも述べられる。そして、こうした課題の解決には政治意識の高いいわゆる中間層の育成と健全な市民社会の形成が不可欠であるとし、人々の物質面の充足と精神面での健全な成長を促す政策の必要性が訴えられている。

このように「プログラム」で示された問題意識を受け継ぎ、論文「ロシアは立ち向かうべき挑戦に注力する」では、より詳細に具体的な数字を挙げつつ論点整理を行なっている。とくに人的資本の質の向上を重視し、高等教育や貧困問題、社会保障の問題にかなりの紙幅を割いている。論文の内容それ自体は「プログラム」と大きく異なるところはないが、社会の安定的な発展こそが第一に求めるべきものであり、安定は必ずしも停滞を意味しないと訴える箇所や、一部のエリートに見られる極端な改革志向を強く非難する箇所が加わり、プーチンの政治観が強くにじみ出ている。そうした持論を述べる一方で、真の民主主義を確立するためには政治過程の刷新と広範囲の対話が必要とも指摘し、下院選挙後の抗議デモに一定の配慮を見せている。


プーチンの経済政策

1月末に発表された第三論文「経済面での課題について」では、そのタイトルの通り、現在ロシアの直面している様々な問題と取り組むべき課題について述べられている。

いわく、ソ連崩壊後、ロシアは世界経済の一員となったが、それは主として天然資源のおかげであった。資源にますます依存するなかで製造業はほぼ壊滅し、ロシア経済は昨今の世界経済危機のような外的なショックに大きく左右されるようになってしまった。現在のような資源依存の経済構造に将来性はない。ロシア経済の危機的な状況から抜け出すためには経済構造の刷新と多様化が不可欠であり、とりもなおさず技術のキャッチアップが必要である。

またいわく、今日かつてないほど技術の重要性が高まっており、各国で様々な分野で先端コア技術の獲得競争が起きている。ロシアもそうした技術の獲得に力を注ぐべきであり、医薬品、ハイテク化学製品、複合素材、航空機産業、IT、ナノテク、原子力、宇宙といった分野を優先的に発展させる必要がある。先端分野を発展させることによって産業構造を多様化させ、安定した経済成長路線へと導くことができる。

このような認識に立ちプーチンは取り組むべき課題として以下の項目を挙げる。①新技術の獲得やイノベーションの推進に不可欠な人的資本の強化(具体的には高等教育制度の改革や研究機関の強化、高学歴者にふさわしい職の創出など)、②民間のイニシアティブを生かせるような環境の整備(税制改革、法制度改革など)、③インフラの整備(官民パートナーシップの積極的活用)、④資本流出の防止と長期資金の呼び込み(オフショア規制、年金基金の整備など)、⑤生産性の向上、⑥汚職の撲滅、などである。

プーチンはまた、伝統的な経済政策だけではロシア経済の刷新はできないとし、みずからの大統領二期目に取り組んだ国営公社 (4) の設立や資源部門への国家管理の強化が正しかったことを主張する。前者については、知識集約型産業の崩壊を食い止め研究開発能力を維持し、世界と競争できる企業を作るために必要な措置であり、現在も道半ばであるという。後者については、資源輸出から得られる莫大な収入を国外に流出させることなく国民の福祉のために活用し、さらには戦略的に重要な産業を外国の影響下に置かれないためにも必要であったとする。

これらの措置のうち、とくに国営公社の設立については当初から「国家資本主義の拡大」といった批判がなされたが、プーチンは公社の多くが民間資本の(埋没費用の大きさから)参入していない分野で設立されており、民間ビジネスの妨げとなっていないと述べ、批判を退けている。ただし、公社の効率化は必要とし、今後、株式会社化と政府保有株の売却(海外投資家への売却も含む)を進めてゆくという。


おわりに―失われた4年間?

以上、プーチンの一連の論文から経済政策にかかわる箇所を検討したが、率直に言って、新鮮みに欠けるという印象は拭いきれない。第一論文、第三論文の内容はいずれも2008年2月に発表された「2020年までのロシアの発展戦略(通称プーチン・プラン)」やメドベージェフの「近代化」政策 (5) に掲げられた方針を踏襲するにとどまっている。プーチンが優先部門として列挙したものは、メドベージェフが挙げた近代化の優先部門に他ならない。いや、むしろメドベージェフが前任者プーチンの政策を受け継いだといった方が正確であり、本家本元に戻ったというべきだろう。教育制度の改革や汚職の撲滅といった課題についても以前から言われてきたことの繰り返しである。人的資本の強化を重視し、各種社会政策の重要性についてかなり触れられているところが新しいといえるかもしれないが、これは2008~2009年の経済危機のロシア社会に及ぼした影響が深刻であったことの裏返しであろう。

一連のプーチン論文からは、ロシアの置かれた政治的、経済的、社会的な状況や取り組むべき課題は4年前とほとんど変わっていないことが確認でき、政権側みずからがこの間目立った成果をあげることができなかったことを認めているとも読み取れる。プーチン論文にはメドベージェフ政権の4年間がさながら「失われた4年間」であったといわんばかりの指摘が並ぶ。国営公社についてみてみよう。メドベージェフは大統領就任後の早い時期から国営公社のあり方に疑義を呈し、その迅速な改革に取り組もうとしたが、プーチンはむしろ積極的に公社を評価し、その改革には慎重である。メドベージェフ政権下で打ち出された突進的な改革方針(尻すぼみとなったが)を修正し、もとの「プーチン・プラン」路線に戻るかのようである。
昨年末から相次ぐデモの背景には、経済状況の悪化以外にも、プーチンのいう「安定」が達成された後のロシア社会がどのようになるのかがわからないという漠然とした不安の広がりがあることが指摘されている (6)。これまでプーチンは「安定」後のロシアをどのようにしたいのかを十分には語ってこなかった。今回の一連の論文でも、ロシアの抱える問題点は明快に指摘されているが、いざこれらの問題点をどのようにして解決してゆくのかについては十分な説明がない。プーチンのいう政治的意識の高い「中間層」となりうる人々こそ、プーチンがいかにして問題に取り組もうと考えているのかを聞きたがっているのではなかろうか。このような人々の不安や疑問に真摯に向き合うことなし (7) には大統領復帰後のプーチン新政権の運営はおぼつかないであろうし、メドベージェフ政権の「失われた4年間」にさらに6年 (8) が加わって「失われた10年」ともなりかねないだろう。







(1) さらに2月6日には「民主主義と国家の質」と題する論文が『コメルサント』紙にて発表された。この第4弾となる論文では、ロシアにおける民主主義の発展、地方自治や連邦制の問題、汚職や司法改革などについて述べられている。これらの論文はプーチンの選挙対策サイト(http://putin2012.ru/)でも閲覧することができる。

(2) たとえばレバダセンターの世論調査によると、ロシア人の78%が次の大統領はプーチンになるとみている。
http://www.levada.ru/01-02-2012/78-naseleniya-ozhidayut-pobedy-v-putina-na-prezidentskikh-vyborakh

(3) http://putin2012.ru/program

(4) ロシア語では「国家コーポレーション」と呼ばれる。「国家コーポレーション」とは、狭義には、個別の社会的な課題を解決するため、ロシア連邦の特別法によって設立された非営利組織のことであり、広義には国益(公益)を推進するために連邦政府の主導で設立された一連の企業のことを指す。前者狭義の「国家コーポレーション」には防衛企業の集合体である「ロステフノロギー」や「ロスナノテク」が該当し、後者広義のほうには「統合航空機製造会社(OAK)」や「統合造船会社(OSK)」(両社とも株式会社形態をとる)も含まれる。

(5) メドベージェフの近代化政策については、横川和穂「ロシア・メドベージェフ政権の近代化政策」(http://www.jiia.or.jp/column/201010/07-Yokogawa_Kazuho.html)を参照されたい。

(6) ティモシー・コルトン「プーチンの政治システムへの亀裂?」(JIIAフォーラム報告)、2012年1月12日(http://www2.jiia.or.jp/report/kouenkai/2012/120112j-colton.html)

(7) プーチンは対立候補者との討論会に参加することを拒んでいる。ちなみに、レバダセンターの調査によると、ロシア人の60%がプーチンは対立候補者たちと討論すべきだと考えている。http://www.levada.ru/02-02-2012/pochemu-v-putin-ne-diskutiruet-s-oppozisiei-i-otkazyvaetsya-ot-debatov

(8) 次期大統領から任期は6年となる。


(2012-02-09)

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