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コラム

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『US-China Relations Report』Vol. 1
中国のサイバーセキュリティをめぐる霧


土屋大洋(慶應義塾大学教授)




 2013年6月に米国カリフォルニア州で米中首脳会談が開かれた。その際に注目された議題の一つがサイバーセキュリティであった。バラク・オバマ米大統領は、習近平中国国家主席に対して中国から行われているサイバースパイ活動(広義のサイバー攻撃)、特に中国の政府機関による米国企業への産業スパイ活動をやめるように迫った。しかし、この会談の直前、米国政府が米国の通信会社から顧客の通信情報を大量に収集しているとの報道が出ていた1。オバマ大統領に対して習主席は、サイバースパイは米国のほうではないかと言い返し、両国は合意することができなかった。
 習近平主席は、この時点でオバマ大統領との間で合意することはできなかったが、翌年2月に米国側に一つの回答を提示した。それは、中央網絡安全和信息化領導小組(中央ネットワーク安全・情報化指導小組)を組織し、習主席自ら議長(組長)に就任したことである。副議長(副組長)には李克強首相と劉雲山中央書記処筆頭書記が就いている。領導小組は中国政府の組織ではなく、中国共産党の組織だが、中国の党国体制の下では共産党が実質的な政策決定権を担っており、この領導小組がサイバーセキュリティに関連する政策の最終決定を担うことになる2
 この領導小組が作られる前は、中国のサイバーセキュリティ研究者に「誰がサイバーセキュリティ政策の最終的な責任者なのか」と聞いても、答えを濁していた。それまでも、国家互聯網信息弁公室(国家インターネット情報辦公室)が2011年に作られており、魯煒が主任に就いていたが、この弁公室は中国政府側の組織であり、権限もはっきりしていなかった。中央網絡安全和信息化領導小組は2014年2月に最初の会合が開かれ、2015年1月に2回目が開かれたといわれている。1年に1回しか開かれないのでは実質的な意味はないのではないかと中国の研究者に聞いたところ、共産党側に中央網絡安全和信息化領導小組が作られ、そのトップに習主席が就いたことで、魯の弁公室も位置付けが定まり、領導小組を背景に政策を実施しやすくなった点を見過ごすべきではないとの回答だった。
 しかし、こうした中国側の取り組みに米国側は満足していない。中央網絡安全和信息化領導小組の第1回会合が開かれてから4ヵ月後の2014年5月、米国のエリック・ホルダー司法長官は突然記者会見を開き、中国人民解放軍の5人が米国企業などに対するサイバースパイ活動に携わっているとして被疑者不在のまま訴追すると発表した。5人は中国国内にいると考えられているが、上海に拠点を置くと報道されている人民解放軍61398部隊の関係者とされている。この部隊は米国のニューヨークタイムズ紙などに対するサイバースパイ活動に関わったとマンディアント社の報告書で名指しされていた。
 中国政府側は、こうした問題はまず米中政府間のサイバーワーキンググループで検討されるべき問題であり、突然記者会見が開かれたことに強い不満を表明し、政府間ワーキンググループを無期限中止にすると宣言した。2015年7月現在も米中サイバーワーキンググループは再開されていない。
 その後も中国によるものと思われるサイバースパイ活動は後を絶たず、オバマ大統領は2015年2月にスタンフォード大学で民間企業の責任者たちを集めたサイバーセキュリティサミットを開催し、4月には新たな大統領令を発した。その大統領令の中で「悪意のあるサイバー活動の蔓延と深刻さは米国の国家安全保障、外交政策、経済にとって甚大な脅威となる。この脅威に対処するため、ここに私は国家非常事態を宣言する」と述べている。
 ところが、その直後、米国政府の人事局(OPM)から400万人分の個人情報がサイバースパイ活動によって盗まれた形跡があり、中国によるものである疑いが強いとの報道がなされた。その後、被害人数は2210万人分に達することが分かった。米国の人口の7%に相当し、米国政府のセキュリティクリアランス取得者510万人(民間人を含む)を優に上回っている。セキュリティクリアランス取得者の詳細な個人情報が含まれているとする懸念があり、米国議会の議員たちは中国を強く非難している。
 習主席が自らトップに就任し、サイバーセキュリティ対策を強化し始めたにもかかわらず、中国共産党と中国政府が外国に対するサイバースパイ活動を止められないという事態をどう見るべきだろうか。一つの仮説は、中国が狡猾な二枚舌を使っているというものである。もう一つの仮説は、中国共産党・政府自身が、中国国内を発信源とするサイバースパイ活動を止める能力を持たないというものである。中国のサイバーセキュリティをめぐる霧はまだ晴れていない。




1 後にこの報道は、米国国家安全保障局(NSA)の契約職員だったエドワード・スノーデンが大量に持ち出した機密情報に基づく報道であることが明るみになり、その後も次々とNSAの秘密活動が暴露されることになった。2013年の後半は、スノーデン情報に基づく報道が断続的に続いた。

2 領導小組はさまざまな政策分野で設けられている。例えば、外交・安全保障を担っているのは中央外事工作領導小組(中央国家安全保障領導小組)である(両組織は同じメンバーで構成されていると思われる)。



(2015-08-05)

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