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コラム

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グルジア情勢の混迷


笠井 達彦(主任研究員)


1.今回の事件概要
グルジア情勢が新聞を賑わせている。11月以降、選挙、不正、野党、ゼネストの呼びかけ、非常事態宣言、大統領辞任等が新聞の紙面を飾っている。

発端はグルジア国会選挙である。11月2日の国会選挙で政権側による不正が行われたとして、野党勢力(国民運動党ほか)が選挙無効/やり直しとシェヴァルナッゼ大統領不支持/退陣を要求しつつ政権側と衝突し、野党勢力が議会を占拠し、これに対してシェヴァルナッゼ大統領は「非常事態宣言」を発令するも、最終的には力の行使をあきらめ、ロシア外相の調停工作の結果辞職したというものである(注1)。なお、シェヴァルナッゼ大統領は、最終的には、やはり流血の事態は避けるべきと判断した由で、そのような英断は野党側によっても評価されている。筆者も、シェヴァルナッゼ氏とは何度か仕事上の接点があったが、厳しい顔つきの中でも常に他人に対する思いやりが感じられたことを覚えており、同氏の英断はさもありなんという感じである。

現時点では、ブルジャナッゼ前国会議長(野党勢力の一つ)が憲法の規定により大統領代行を暫定的に務め、明年1月4日に次期大統領選が予定されている。議会選挙については、11月20日中央選管発表の選挙結果が無効とされ、やり直しが決まり、現在は明年1月25日との日程が議論されている。

2.背景
グルジアは、万年雪を抱くコーカサス山脈と豊かな水と森をいただく風光明媚な地で、エネルギー資源の豊富なカスピ海と欧州への出口である黒海の経由地という地政学上の要衝の地である。古い歴史を持ち、この地に人間が入ったのは紀元前6世紀で、現在のグルジア人の祖先が入植したのは紀元後4世紀とされている。周辺にイスラム教国家が多い中、アルメニアとともにキリスト教が有力である。幾多の外部からの侵略の時代を経て、19世紀にロシア帝国に力により併合され、更に1917年のロシア革命後に一時期独立したものの、1921年には再度力によりソ連に併合されたという歴史を持つ。

このような民族的・歴史的背景を有するグルジアだけに、独立の気運が元来強く、ソ連末期にはガムサフルディア大統領が民族主義を全面に打ち出したが、国内に民族紛争と大量の難民を発生させた。91年に同大統領がいなくなった後、混乱の時期を経て、かつてソ連外相を務めた有名なシェヴァルナッゼ氏が92年3月にグルジアの指導者となり(当初は評議会議長、最高会議議長、95年から大統領)、社会・経済情勢も少しずつ落ち着きを取り戻し、市場経済移行も軌道に乗り始めた。しかしながら、数度の大統領暗殺未遂事件が発生し、それを契機として、市場経済化が足踏み状態となり、また、社会・経済情勢が不安定化した。そのような社会・経済不安(政権側による汚職の蔓延、電気・ガス・水道のライフラインの慢性的供給不足、低所得、失業、年金破綻、犯罪横行)が今回の事件の背景と言われているが、先般来日のロンデリ・グルジア戦略国際問題研究所理事長は、シェヴァルナッゼ大統領は古いソ連タイプの政治家、同大統領がそのようなソ連的行動パターンでとった漸進主義/ステップ・バイ・ステップは結局、社会・政権・企業内部で事なかれ主義を生み出し、それが昔ながらの指導者を生き長らえさせることとなり、不正と腐敗の温床となり、そのような状況に国民があきあき(fed up)したことが最大の要因とする。そして、シェヴァルナッゼは、国民の忍耐につき計算間違いをしたと指摘している(03/11/27)。

3.諸外国の関心
グルジアに対する諸外国の関心は次の二つに大別出来る。第1はロシアの関心で、それは過去は一つの国家であったという歴史的経緯・経済的側面から来る重要性、ロシアの紛争地チェチェンの後背地にあるグルジアの重要性(事実、昨年はチェチェン武装勢力をグルジアが匿ったとか、グルジア国境のパンキシ渓谷に逃げ込んだとして、ロシア側がグルジア領内を爆撃し、大きな問題となった)、ロシアにとり比較的に従順なアルメニアに至る経由地としてのグルジアの重要性、更に、ロシア南部、コーカサス、中央アジア在住のトルコ系住民(グルジアにも一部居住)に対する配慮からの重要性である(同上、ロンデリ理事長)。第2は、欧米諸国の関心で、カスピ海エネルギー資源を欧州等に輸送する交通の要地としての関心で、現在は、バクー・トビリシ・ジェイハン石油パイプライン(BTC)等の建設が進められている。

4.今後の事態の展開と問題点
政治面では、今後しばらくは明年1月4日に行われる大統領選に関心が集中するであろう。現時点では、実質上13名の候補が出ているが、実質的にはサーカシヴィリ国民運動党首(前司法相)とシャシアシヴィリ前クタイシ市長の争いと言われている。ただし、サーカシヴィリ氏は今回の事件の立役者の一人であるとの経緯に鑑み、同氏の大統領選出の確率は非常に大きいと見られている。サーカシヴィリ氏は35歳と若く、米国留学の経験もある弁護士である。

問題は議会選挙である。そもそも今回野党側が選挙で不正があったと主張はしているものの、11月20日に発表された選挙結果では(注2)、与党と野党のそれぞれで10-20%程度の票を分け与える形となっており、どこか、強い政党があったわけではなかった。したがって、その選挙を再度不正なしでやったとしても、野党が一つに結集するとか、強力野党が一つ出るということは予想しにくい。今後の政局の流れの中で野党が合掌連合を行うことはある得るが、いずれにせよ、安定した政治基盤が出来るとは考えにくく、おそらくは連立内閣となるのであろう。このような状況を見れば、国会選挙はなかなか決めにくい状況で、当初は明年の5月とか6月との議論がされていたが、同時に、あんまり混乱を長引かせたくないということであろうか、今は明年1月25日に実施との議論となっている。

いずれにせよ、サーカシヴィリが大統領となったとしても、またどの党が議会で第一党となったとしても、困難なのは国の舵取りである。野党勢力が政権掌握をした場合、今度は逆に政権担当能力を問われることとなる。最大の問題としてあげられるのは、経済立直しと国のガバナンスである。

経済については、元来、豊富な観光資源を有しているとは言っても、それ以外にめぼしい資源のないグルジアでこれを立て直すのは並大抵のことではない(石油、天然ガスも産するが、極めて少量)。対外債務も20億ドルとGDPの60%に上る額が累積している。そもそも、今回の事態の背景の一つとなったライフラインの復旧・維持すら国庫が空っぽの状況では困難な課題である。

国のガバナンスについては、既にデ・ファクトで独立し、トビリシ中央政府とは細い糸でしかつながっていないアブハジア自治共和国(国の北西部、イスラム勢力強い)、南オセチア自治州(同北部中央、ロシア側の北オセチアとの統合を望む)、アジャリア自治共和国(同西部、イスラム化したグルジア人居住、ロシアに近い)が果たしてグルジアに留まるかどうかが注目される。新政権が経済社会立直しでしっかりとした政策を打ち出せば、これらの地方は現在の状況を維持するが、もし、新政権が政策運営で迷走すれば、これらの地方は離反の動きを強めるであろう。その場合は、トビリシ中央政府としてこれに対抗するにはおそらく連邦制度の模索しかないのであろうが、果たしてこれでつなぎ止めることが出来るかどうかは分からない。また、よしんば連邦制度となった場合でも、旧ユーゴスラヴィア諸国のように(例:ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)、ガバナンス機能が発揮し難い歪な連邦制となってしまうことも大いにあり得る。

外交的には、12月1日にプーチン・ブッシュ電話会談が行われた際に、ブッシュ大統領より、今回のロシアの仲介の労を評価するとの発言があったと報じられているが、だからといって、ロシアの発言権が強まるかどうかは不明である。今回事件の立役者であるサーカシヴィリ国民運動党首は米に留学した経験もあり、人脈もあるようである。寧ろ、米がグルジアを勢力圏とすることに危惧したロシアが、イワノフ外相による仲介でようやく橋頭堡を残したという方が正確なのかもしれない。なお、上述の電話会談で両大統領はグルジア大統領選への選挙監視団の派遣につき意気投合した由であるが、筆者としては、問題は大統領選ではなく議会選と考える。

なお、他のCIS諸国にとっては、今回の事件が自国に飛び火する危険性もあり得るかもしれない。現時点ではグルジア内政の枠内で留まっているが、他の国は、同国のアブハジア、南オセチア等の動きを見守っているに違いない。

バクー・トビリシ・ジェイハン石油パイプライン(BTC)については、現時点では支障なく建設工事が進んでいる模様であるが、政治の不安定化が今後の建設に影響を及ぼす懸念も聞かれる。


(注1)今回事件の経緯
●11月2日: グルジア国会選挙。選挙終了直後から野党勢力が選挙における不法性を理由に抗議活動
●11月13日: トビリシ裁判所が国外投票分投票用紙の水増し認定、国外投票分の無効を判決
●11月14日: 急進派野党「国民運動」党員が抗議集会(2万人規模。国会選挙無効・やり直し、シェヴァルナッゼ大統領退陣を要求)
●11月16日: サーカシヴィリ国民運動党首がシェヴァルナッゼ大統領不支持及びゼネスト決行を国民に呼び掛け
●11月18日: シェヴァルナッゼ大統領支持派(穏健派野党「グルジア民主再生同盟」を含む)による集会
●11月19日: シェヴァルナッゼ大統領支持派と「国民運動」党員が衝突、負傷者発生
●11月20日: 中央選管による国会選挙の最終結果発表
●11月22日: 選挙後の新国会開会中の議場に野党勢力デモ隊が乱入して議会を占拠、シェヴァルナッゼ大統領は「非常事態宣言」発令と48時間以内の議会占拠者の退去を命令
●11月23日: イワノフ・ロシア外相が急遽トビリシ訪問
●11月23日夜: シェヴァルナッゼ大統領はイワノフ・ロシア外相の仲介により野党代表者との会談後辞表署名、TVで辞任表明
ブルジャナッゼ前国会議長(ブルジャナッゼ民主党)が大統領代行へ就任(憲法上「大統領が職務遂行できない場合、国会議長が大統領代行に就任する」)、サーカシヴィリ国民運動党首は「無血ビロード革命」と表現
●11月24日: ブルジャナッゼ前国会議長はTV演説し、大統領代行への就任、「非常事態宣言」の解除、ロシアを含む近隣諸国との友好関係の維持、「親欧米路線」の継続を宣言
●11月25日: 国会(前国会議員構成による)は、2004年1月4日に大統領選挙を実施することを議決(憲法上、大統領辞任から45日以内に大統領選挙を実施)

注2) 11月20日グルジア中央選管により発表の国会選挙最終結果。同結果は11月末に無効となった。

(参考) グルジア国会:一院制、定数235議席で小選挙区85議席+比例代表150議席、任期4年。今回選挙で小選挙区85議席のうち52議席でのみ選挙成立。10議席はアブハジア自治共和国割当て。比例区による議席獲得には有効投票の7%の足切りあり。

(注3)幾つかの重要指標
人口: 420万人
(推定:03/11/27、ロンデリ・グルジア戦略国際問題研究所理事長)
GNI(2002年): 33億ドル(世銀統計)
一人当たりGNI(2002年): 650ドル

(2003-12-03)

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