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コラム

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『US-China Relations Report』Vol. 7
三つのノーと四つのノー


中居良文(学習院大学教授)




 読者諸兄は「三つのノー」をご記憶であろうか。時は1998年6月、秘書との性的スキャンダルにまみれたクリントン大統領が9日間の訪中の最後に、上海の復旦大学で当時の米中関係の最大の懸案事項、台湾問題に関して発したのが「三つのノー」である。何故この時期クリントン大統領は、台湾問題について発言したのか。それは、訪中の2年前の1996年3月、米中両国は台湾海峡で危機を経験したからである。クリントン大統領は復旦大学の学生を前に、アメリカは①台湾の独立を支持せず、②台湾政府を承認せず、③台湾の国際機関への加盟を支援しない、と発言した。2001年に民主党のゴア候補との接戦を制して政権に就いたG.W.ブッシュ大統領は当初この「三つのノー」を無視する立場を取った。しかし、同年9月11日にいわゆる同時多発テロ事件が発生すると、G.W.ブッシュ大統領は世界規模での反テロ戦争に踏みきり、中国の協力を取り付けるためにこの「三つのノー」を遵守した。
 この「三つのノー」は米中の成功体験の一つと言って良いであろう。1996年以来、台湾海峡で軍事的緊張は生まれていない。これは2000年からの8年間、台湾が民進党政権の下にあったことを考えると、目覚ましい成果である。台湾の独立を信条とする陳水扁・総統の前に立ちはだかったのは「三つのノー」の壁であった。試行錯誤の後、陳水扁・総統は台湾独立への動きを封印し、大陸との通商の拡大を目指した。2008年に台湾で国民党政権が誕生すると、馬英九・台湾総統は即座に大陸との交流、いわゆる「三通(通商、通航、通郵)」の実現に踏みきり、以後、中台間の人的・経済的交流は急速に拡大しつつある。中台統一への道のりは長く、平坦ではないが、台湾問題が米中関係の最大の懸案事項であった時代は過去のものになりつつある。
 「三つのノー」から17年、今度は「四つのノー」が登場した。登場したとは言っても、この「四つのノー」の認知度は現在のところ低い。中国の首脳が訪米するとき、中国の公式メディアには一時的にではあるが比較的開放的な言論空間が現れる。今回も習近平・国家主席の訪米中に、例えば王緝思・北京大学国際戦略研究院院長や朱鋒・南京大学教授といった米中関係の専門家たちの分析が登場した。王院長のコラム、「二つの秩序(中国共産党が領導する中国の国内秩序とアメリカが主導する国際秩序)の下で、中米は如何に共同進化をはかるべきか」も、朱鋒教授の論説、「中米関係を同盟体系の人質にしてはならない」も示唆に富んだ重要な言説である。「四つのノー」は習近平・国家主席が訪米の途につく直前の9月18日、中国紙『環球時報』に掲載されたコラム記事に登場した。論説のタイトルは「アメリカは四つの道理を理解しなければならない」である。両教授の論説に比べ、このコラムのタイトルはいかにも高飛車で一方的であり、もしこのコラムが政府の高官によって書かれたものであれば、筆者はあえて取り上げることはしなかったであろう。
 しかし、筆者の眼はこの論説の著者に釘付けとならざるを得なかった。著者は呉心伯・復旦大学国際問題研究院常務副院長。1998年6月にクリントン大統領が「三つのノー」を発言した時の相手である。17年前、若き研究者であった呉心伯・教授はアメリカ大統領の非公式発言の受け手であった。時は巡り、今度は呉心伯・教授がアメリカに対して意見をする番となった感がある。呉心伯・教授が言う四つの道理とはなにか。第一の道理は「中国の政治安定に挑戦してはならない」である。呉教授の見るところ、アメリカが政治制度と価値観の両面で中国政治にかけてくる圧力は1989年以来最大となっている。第二の道理は「中国がアジア太平洋地区で影響力を伸ばしていることに対し、過度に反応してはならない」である。中国の影響力増大は中国の民族復興と不可分のものであり、アジア太平洋の国にとって利益となるからである。第三の道理は「アジア太平洋地域においてアメリカとの同盟関係を軸にしてはならない」である。当然、アメリカは領土問題で日本やフィリピンに加担してはならない。第四の道理は「中国の国際的活動を妨害してはならない」である。アメリカは中国が既存の国際体系を覆し、国際秩序に挑戦していると疑っているが、それは当たらないと呉教授は訴える。
 言葉遣いは似ているものの、「三つのノー」と「四つのノー」は全くの別物である。「三つのノー」はアメリカの「自制」の表明であった。アメリカは強者の立場からではあるが、中国が最も嫌がることをしないという「ナイス」な顔を見せたのである。ここから米中関係の好循環が生まれた。一方、「四つのノー」の基本姿勢はいわゆる「上から目線」であり、中国の力の誇示である。アメリカとの対等性が強調される。この姿勢は1990年代中盤に登場した「ノーと言える中国」の延長上にある。こうした姿勢が相手の「ナイス」な反応を引き出す可能性はまずない。
 では、「四つのノー」は無視してもよい論説なのか?筆者は「四つのノー」は以下の二つの点で貴重な論説であると考える。先ず、今回(2015年9月)の習近平・国家主席の訪米の最低達成ライン、いわゆるボトム・ラインが何であったかを垣間見せていることである。呉教授が指摘する第一の道理がそれである。習政権がアメリカに訴える最大のポイントは国内の安定である。そのために反腐敗キャンペーンを一段落させ、9月3日には軍事パレードを行った。この式典に中国は49ヵ国に招待状を出し、日本とフィリピンを除く47ヵ国が何らかの形で参加した。政治的安定を脅かすものは、アメリカからの人権、言論、信仰、情報(なかでも党高官の腐敗関係資料)の自由をめぐる干渉である。
 次ぎに、「四つのノー」は習近平政権の外交スタイルを象徴している。それは、台湾の自由主義的雑誌『新新聞』が指摘するように、「先ず強硬姿勢を示し、主導権を握り、議題設定を強行し、民族主義を鼓舞して国内の支持を高める、しかし、実際の交渉では実務的な譲歩をし、国内では円満勝利を宣伝する」というものである。こうした観点に立てば、今回の習近平訪米は1週間に及ぶ外遊を全うし、その間国内では目立った紛争も事故も起きなかったこと、即ち主が不在でも国内は安定しているのだということを世界に示した点で成功であったといえよう。 (了)

(2015-11-11)

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