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コラム

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中国「国家安全法」の要点


角崎信也(日本国際問題研究所研究員)



はじめに

 2015年7月1日、全国人民代表大会常務委員会第15回会議において、「中華人民共和国国家安全法」1 が、賛成154票、反対0票、棄権1票により可決された。この「国家安全法」は、中国国内の政治・経済的安定および中国の対外的な安全保障に関わる各分野について定めたものであり、まさに、中国という国家の存立の根幹に関わる法律と言える。
 ただし、「国家安全法」という名の法律が中国において成立したのは今回が初めてではない。旧「国家安全法」は、偵察やスパイに対する取り締まり等の政務を担う国家安全部の職務について主に規定するものとして、1993年に採択されている。だが、中国おける「国家安全」概念が徐々に変質するなか、とりわけ習近平(国家主席・中国共産党総書記)が2014年4月に「総体国家安全観」(拙コラム参照)を提唱し、「国家安全」が対外的安全保障と対内的安定維持、伝統的安全保障と非伝統的安全保障を含む極めて広義の概念として定義されたことにより、旧法は見直しを余儀なくされた。結果旧法は、2014年11月に廃止が決定され、その実質的内容は同時に成立した「中華人民共和国反間諜法(反スパイ法)」によって継承されることになった。したがって今回成立した新「国家安全法」は、旧法を改訂したものではなく、新たな「国家安全」概念を反映して新たに制定されたものである。
 では、新「国家安全法」は、具体的にいかなる領域の安全を保障すべき対象とし位置づけているのか。また、それをいかなる体制の下で執行することを定めているのか。おそらくそれらは、習近平政権が今後、国内的に、および対外的にいかなる政策を採用していくのかを展望する上で、重要な示唆を与えてくれるものだろう。したがって本コラムでは、「国家安全」の範囲と体制にとくに着目しながら、新「国家安全法」の特徴を紹介する。


1.「国家安全法」の「広域性」

 今回成立した「国家安全法」の特徴の第一は、その適用領域の「広域性」にあると言える。同法第2条(総則)は、「国家安全」の定義について、「国家政権、主権、統一および領土保全、人民福祉、経済社会の持続可能な発展と国家のその他の重大利益に相対的に危険がなく、内外の脅威にさらされていない状態、および、安全状態を持続させる能力が保障されていることを指す」と定めている2。この定義は、中国が同法に基づき保障しようとする「国家安全」の範疇に、①伝統的安全保障の領域のみならず、非伝統的安全保障の領域も広く含まれること、および、②中国の対外的な安全保障だけでなく、中国国内の安定性維持も含まれることを含意している(第8条)。
 この定義に基づき、「国家安全法」の第2章は、具体的に以下の各領域における「安全」を確保することを、国家が担う任務として定めている。それに含まれるのは、すなわち、政治体制の安定性ならびに国家の統一性(第10条)、領土および海洋・空域における主権(第17条)、経済システム(第19条)、金融(第20条)、エネルギーおよびその輸送ルート(第21条)、食糧(第22条)、文化・イデオロギー(第23条)、科学技術(第24条)、インターネット(第25条)、各民族の団結(第26条)、宗教の名を騙る違法活動(第27条)、テロリズム(第28条)、社会治安の安定(第29条)、生態環境(第30条)、原子力(第31条)、宇宙空間、国際海底ならびに北極・南極(第32条)、および国外在住の中国公民(第33条)の各領域である。
 これらの内、特に注目すべきは以下の諸点であろう。
 第一に、同法第15条は、「人民民主主義専制政権を転覆、またはそれを扇動するいかなる行為も防止・阻止し、法に基づいて処罰する」ことを定めている。ここで言う「人民民主主義政権」とは、指摘するまでもなく、「最も広範な人民の代表」であるところの中国共産党による現行政権を意味する。したがって、この規定に基づき、政権交代につながる民主主義制度を求めるあらゆる活動は、「違法行為」として処罰の対象となることが考えられる。ここで注意すべきは、同法によって正当化される執法行為の範疇には、そうした活動を(未然に)防止することも含まれていることである。つまり、実際に民主化を扇動する活動を行ってはいない国民も、同法に基づく「予防的」取り締まりの対象になる可能性があるということである3。いずれにせよ、この規定は、「国家安全法」に基づき、中国の現行の政治体制、すなわち中国共産党政権の「安全」のために、国民の安全が犠牲にされる場合が有り得ることを示している。
 第二に、国境、海洋、空域における「安全」について規定した第17条は、これについて必要な「あらゆる防衛・コントロール措置をとる」ことを定めている。この規定は、中国が現在主張している島嶼や海洋およびその空域において、それらの政策執行担当者が妥協的な行動をとった場合、それは、共産党指導部の方針に背くのみならず、国法に反する違法行為とみなされる可能性があることを意味している。これにより、現政権は、領土、領海、領空の主権において一切の妥協をする余地のないことを、国の外部と内部に対し改めて示しているものと思われる。
 第三に、インターネット上の「安全」について特に規定した第25条は、ネットワーク空間においても国家の「主権」が存在するという解釈を明らかにしている。この規定に基づき中国は、あらゆるサイバー攻撃、人権や民主主義の啓蒙、およびデモや運動の呼びかけなどの「有害情報」に対して、インターネット空間を国境のごとく閉鎖し、その「主権」内における管理を、法の支持を得てさらに強化していくものと思われる。
 第四に、同法は、民族と宗教に関わる問題について3ヵ条にわたって規定している(第27~29条)。このことは、近年とりわけ新疆ウイグル自治区を発生源として、デモやテロ活動が頻発化していることに対し、現在の政権が、国家の統一性維持に対する強い危機感を有していることを表している。特に習近平政権が警戒しているのは、国際的なウイグル人組織やイスラム過激派組織の国内への浸透であり、これにより、民族・宗教問題をめぐる国内的な矛盾が、国際的な矛盾と相互に結びつくことである。


2.「国家安全法」の「集権性」

 「国家安全法」の特徴は、その「広域性」のみによって説明し得るのではない。むしろその眼目は、極めて広範囲の「国家安全」に関する政策の決定と執行を、統一的な戦略と集権的な体制の下に行うための諸規定を設けている点にある。したがって、「国家安全法」の第二の特徴はその「集権性」にあると言える。
 この点に関し、同法総則第5条は、「中央国家安全領導機構は国家安全工作の政策決定と議事の調整に責任を負い、国家安全戦略と関連する重大な方針・政策を検討・策定、指導・実行し、国家安全の重大事項と重要工作を統一的に計画・調整し、国家安全の法治建設を推進する」と定めている。また、「国家安全」に関する政策の決定と実行に関する制度についての諸規定を記した第4章の内、第47条は、「各部門、各地区は効果的な措置を講じて、国家安全戦略を貫徹・実行しなければならない」と規定している。
 これらの規定から明らかであるのは、「中央国家安全領導機構」なる公式の機関が、極めて広義の「国家安全」に関わる戦略と政策の策定を一手に担い、その実行を国家の各部門および各地方政府が担うという集権的体制である。
 ここで注意すべきは、「中央国家安全領導機構」は、米国や日本の国家安全保障会議(NSC)とは、質的に異なるものであるということである。後者は大統領や首相の諮問機関であるのに対して、後者は極めて広義の「国家安全」に関わる政策の決定を担う絶大な権限を有するものであるからである。
 では、「中央国家安全領導機構」とは何か。これは実質的に、すでに成立している中央国家安全委員会を指すと考えて間違いはないだろう。習近平政権は、2013年11月の中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(18期3中全会)において、「国家安全戦略を制定・実施し、国家安全法治建設を推進し、国家安全工作の方針と政策を制定し、国家安全工作における重大問題を検討・解決すること」を職責とする国家安全委員会の設立を決定した4。その後、2014年1月24日に開催された中国共産党中央政治局会議において中央国家安全委員会の設置が決定され5、これにより国家安全委員会が、(少なくとも当面は)国家ではなく党の機構として機能することが明らかとなった。公式メディアの報道によれば、同委員会は習近平を主席、李克強(国務院総理)と張徳江(全国人民代表大会常務委員会委員長)を副主席としている。その下に配置される常務委員および委員の構成については公式には一切明らかにされてはいないが、おそらく軍事、外交、海洋、公安、諜報、経済、貿易、宣伝、香港、台湾、統一戦線の各部門を担当する責任者や、沿海や辺境地域を管轄する地方党・政府のトップが含まれることになると思われる。
 ただし、「国家安全法」の成立を以て中央国家安全委員会を中核とする集権的体制が完成したと見るのは早計である。第一に、少なくとも現時点において、国家安全委員会がどこまで有効に機能しているのか判然としない。国家安全委員会の会議の開催は、少なくとも公式には2014年4月15日のわずか1回に過ぎない。これでは、国家安全委員会と機能が重複する既存の非常設機関、すなわち中央国家安全領導小組よりも開催頻度が少ないことになる。とりわけ、18期3中全会において国家安全委員会と同時に成立した中央改革全面深化領導小組の会合が既に18回を数え(2015年11月9日現在)、多くの政策を審議・採択していることとは対照的である。
 第二に、むろん、「国家安全法」において規定されたのは「中央国家安全領導機構」という一般名詞であり、「中央国家安全委員会」という固有名詞ではないことに注意を払う必要はある。これはおそらく、「中央国家安全領導機構」は国法において定められている以上国家機関であるべきなのに対して、中央国家安全委員会は現時点では党の機関に過ぎないことに由来する。したがって今後の展開として考えられることの一つは、近い内に、国家の機関として同名の「中央国家安全委員会」が成立することである。この場合おそらく、(例えば「中央軍事委員会」が国家と党の「二枚看板」を掲げているのと同様に)国家機関としての中央国家安全委員会は、党機関としてのそれとまったく同じ構成のものになるだろう6。これにより、「中央国家安全領導機構」と中央国家安全委員会が完全に一致するとき、「国家安全」に係る中央国家安全委員会の権限は法に拠って保障されることになる。このとき、習近平による集権体制は、「法治」7の名の下に一つの完成を見ることになる。



1 ここで言う「安全」は「security」とほぼ同義であり、日本語で言う「安全保障」の意味も含意している。本コラムでは、原文の「国家安全」をそのまま使用することにする。

2 「国家安全法」の日本語訳にあたって以下を参考にした。むろん、訳文の誤りに係る責任はすべて著者にある。「資料:『中華人民共和国国家安全法』(全文)」『旬刊 中国内外動向』2015年第39巻第20号(No. 1260)、2015年7月20日、12-20頁。

3 この点は、高木誠一郎・日本国際問題研究所研究顧問より示唆を得た。ただし言うまでもなく、文責のすべては著者本人に帰する。

4 習近平「関於『中共中央関於全面深化改革若干重大問題的決定』的説明」『新華網』2013年11月15日、http://news.xinhuanet.com/2013-11/15/c_118164294.htm(最終閲覧:2015年7月24日)。

5 「習近平任中央国家安全委員会主席」2014年1月24日、http://news.xinhuanet.com/politics/2014-01/24/c_119122483.htm(最終閲覧:2015年7月25日)。

6 中国国内にも、国家安全委員会は、国法において国家機関として位置付けられる必要があるとする議論が存在する。例えば李佑標と李敏は、「党の中央国家安全委員会を成立させるのみでは十分というには遠く及ばず、さらに党の意志を国家の意志に変えなければならない。…国家機関としての国家安全委員会を成立させて初めて法治の軌道上において国家安全統治体系の全体計画を適切に進めることができる」と書いている。李佑標、李敏「我国国家安全法立法問題研究」『武警学院学報』第31巻第5期(2015年5月)、30頁。

7 習近平の目指す「法治」の含意については、拙稿「なぜ『法治』か?―中国政治における第18期4中全会の位相―」『東亜』2015年8月号(No.578)も併せて参照されたい。





(2015-11-27)

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