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コラム

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『US Report』vol. 9
文化戦争によるアメリカの分裂:同性婚/福音派/大統領選挙


藤本龍児(帝京大学准教授)




 アメリカでは、あらためて「分裂」の危機が深まっている。その分裂は、政治的、経済的次元だけでなく、文化的そして宗教的次元から生じていることに注意しなければならない。それを示すのが「文化戦争」である。例えば、少なくともここ二十年間、いわゆる「ゴッド・ギャップ(God Gap)」が生じている。教会の礼拝によく出席する人は、共和党に投票する傾向があり、あまり出席しない人は、民主党に投票する傾向があるのである。
 オバマ大統領は「We」を強調して連帯を目指し、「文化戦争」の回避を大きな課題としていた。しかし2012年、それに挫折してしまった。同性婚への賛成を表明し、反対勢力の中心である「福音派」を切捨てたのである。2015年には、連邦最高裁で同性婚が合憲とされた。しかし後で見るように、反対勢力は根強く残っている。
 オバマ大統領の挫折以後、「文化戦争による分裂」については、いかなることに注目し、どのように理解したらよいのだろうか1

1、文化戦争と同性婚
 一般に「文化戦争(Culture War)」とは、妊娠中絶、同性愛、公立学校における祈り、進化論、移民、銃規制などをめぐって、保守派とリベラル派が対立することをいう。現代の文化戦争は、1960年頃から、人種に加え移民文化、セクシュアリティなどの多様性が増したことにより生じてきた。思想的には、リベラリズムの進展や、ヒッピー、ドラッグ、フリーセックスなどの「対抗文化(Counter Culture)」の興隆が大きく作用している2。こうした思想・文化的な潮流が、アメリカの伝統文化を攻撃し、1970年代に現在の対立構造を形成したのである。そして、そうした対立は、1980年代から1990年代にかけて盛んになっていく3
 1992年には、P・ブキャナンが共和党の全国大会基調演説で、「文化戦争」という言葉を使って中絶や同性婚、ポルノに激しく反対し、キリスト教的価値観の重要性を訴えた。これ以降「文化戦争」は、立場を問わず取り上げられ、論じられるようになる4
 同性愛者の権利をめぐる運動も、以上のような経緯のなかで、1970年代から展開されるようになっていった。1993年、クリントン大統領は、軍における「訊くな、言うな(Don’t Ask, Don’t Tell:DADT)」規定をさだめた。これによって、公にならなければ、軍においても同性愛者が容認されるようになったのである。ただし他方でクリントン大統領は、1996年、「結婚防衛法(Defense of Marriage Act:DOMA)」に署名した。これは、結婚を「一人の男性と一人の女性の法的な結合」と定めた連邦法である。
 ところが2004年には、マサチューセッツ州が、全米で初めて「同性婚」を認めた。そうした動向を受けてブッシュ大統領は、同性婚を防ぐための憲法修正を目指すようになる。それに対して2008年の大統領選挙では、オバマがDADTの撤廃を公約として掲げた。DADTは当初、同性愛者に配慮してつくられたものであったが、自分を偽ることを強い、常にセクシュアリティを監視することになり、差別の温床になっていたのである。
 こうして2011年、オバマ大統領は「DADT」を完全撤廃し、先にみたように2012年には「同性婚」の支持を表明したのであった。また2013年には、DOMAを違憲とする判決が出され、2015年の同性婚の合憲判決につながっていく。ただし、いずれも、判事が「5対4」に分かれる僅差の判決であったことに留意しなければならない。2015年のPew Research Centerの調査でも、同性婚には、国民の55%が賛成で、39%が反対となっている。
 文化戦争の他の問題の経緯からすると、同性婚をめぐっても、しばらく綱引きが続くと考えられる5。そこで根強い反対派の中心になるのが「福音派」にほかならない。ゆえに文化戦争を理解し、今後のアメリカ社会を展望するためには、福音派についての理解が欠かせないのである。

2、福音派と大統領選挙
 もともと「福音派(evangelical)」は、カトリックに対するプロテスタントを意味していた。しかし現代の福音派は、「保守的な信仰理解を共有する教派横断的集団」のことを指す。福音派に確固とした条件はない6。ただ、宗教的な体験に基づいて精神的な生まれ変わりをする経験、すなわち「ボーン・アゲイン(born again)」の経験をもつことが特徴として挙げられる。現在では、カトリック信者のなかにも福音派を自称するものが出てきた。これらのことを踏まえると、長老派やバプティストといった所属教派によって福音派を理解することは難しい、ということが分かるだろう。
 福音派は、1970年代に勢力を伸ばしていった。この背景には、1960年代のリベラリズムの進展や対抗文化にたいする反感がある。また、1976年の大統領選では、予想を覆してカーターが当選した。これは、カーターが「ボーン・アゲイン」を表明し、福音派を自称したことが影響している。ゆえに、この年は「福音派の年」と呼ばれた。そして1980年の大統領選挙の頃には、レーガンの支援のために福音派の一部が政治化し、宗教右派や原理主義者と呼ばれるようになる。この頃から福音派は、大統領選を大きく左右する勢力となっていくのである7
 さきに見たように、1980年代以降に文化戦争が盛んになり、1992年に共和党の全国大会でキリスト教的価値観が強調されたのも、福音派の影響にほかならない。また、2004年の大統領選挙では、同性婚の動向を受けて(イラク戦争の最中にもかかわらず)宗教的な判断基準が最も重視された。ゆえに、ブッシュの再選は「福音派の勝利」と言われた。このことをオバマは重く受けとめ、2008年の大統領選挙では中絶や同性婚に中立の立場をとって、福音派を取込むことを狙ったのである。
 実際この時は、若者を中心とした福音派の一部がオバマ支援にまわり、その点が注目されて「福音派のリベラル化」や「宗教左派」が期待を集めた。しかしその後、ゴッド・ギャップが解消されることはなかった。ゆえにオバマは、リベラル票を固めるために、福音派を切捨てることに踏み切ったのである。ヒラリーも、基本的にこの方針を引き継いでいると見ていい8。これは、宗教による分裂が、社会だけでなく政党対立においても深まった、ということである9
 注意しなければならないのは、こうした対立を「世俗派vs.福音派」という図式で理解してしまうことである。アメリカでは、いまだに神を信じる国民が90%近くおり、それに基づく社会的影響も日本人が思うより遥かに大きい10。アメリカの公共領域には、現在でも宗教が、広く深く浸透しているのである。こうした「公共宗教」の存在をふまえると、文化戦争は「宗教リベラルvs.宗教保守」というように理解するのが適切だと言えよう。




1 ここでは近年、宗教(社会)学や社会哲学で議論されている公共宗教論やポスト世俗化論の視覚を重視する。それら議論では、近代化が進んでもなお、宗教は公私いずれの領域でも影響力を持ち続ける、ということが明らかにされている。詳しくは、藤本龍児「二つの世俗主義:公共宗教論の更新」島薗進・磯前順一編『宗教と公共空間:見直される宗教の役割』(東京大学出版会、2014年)、51-90頁を参照。

2 ひろく社会や政治、司法までを巻き込んでいく原因を遡れば、ニューディールと、それによって成立した「ルーズベルト・コート」にたどり着くと考えられる。とくに、1947年のEverson判決の影響が大きい。この判決では、アメリカで初めて「政教分離(separation of church and state)」の理念が憲法解釈として謳われた。これが、「公立学校における宗教」の問題を始め、宗教にまつわる文化戦争を引き起こしていく。詳しくは、藤本龍児「アメリカにおける国家と宗教:リベラル・デモクラシーと政教分離」『宗教研究』日本宗教学会、第89巻、第2集(2015年9月)、323-350頁を参照。

3 この頃「多文化主義(multiculturalism)」という新たな思想が登場する。多様性を尊重するそれまでの思想は「文化多元主義(cultural pluralism)」と呼ばれていた。この二つは混同されることも多いが、それらの異同には重要な転換と課題が示されている。詳しくは、藤本龍児『アメリカの公共宗教:多元社会における精神性』(NTT出版、2009年)、第五章を参照。

4 最初は1991年、宗教社会学者であるジェームズ・ハンターによって提唱された。James D. Hunter, Culture Wars: The Struggle to Define America (Basic Books, 1991)を参照。

5 例えば「中絶」は、1973年のRoe判決で合憲とされた。しかし、それ以降、「中絶」規制をめぐる運動が展開されて一定の成果をあげている。近年では2003年に、ブッシュ大統領が「部分出産中絶禁止法」に署名した。これは、2007年のGonzales判決で合憲とされている。

6 福音派の定義は統一されていないが、代表的なものとしては、David W. Bebbington, Evangelicalism in Modern Britain: A History from the 1730s to the 1980s (Unwin Hyman, 1989), pp.1-19を参照。また、福音派の多様性については、Mark A. Noll, American Evangelical Christianity: An Introduction (Blackwell, 2001) や、青木保憲『アメリカ福音派の歴史:聖書信仰にみるアメリカ人のアイデンティティ』(明石書店、2012年)を参照。

7 福音派の規模については、その規定の仕方で諸説あるが、政治学や社会学の分析においては、およそ30%が適当とされる。例えば、Robert D. Putnam and David E. Campbell, American Grace: How Religion Divides and Unites Us (Simon & Schuster, 2010)を参照。

8 ヒラリーは、2016年の大統領選挙をにらんで、着々と手を打ってきている。まず2013年、DOMAに違憲判決が出る直前に、ビル・クリントンが自己批判をおこなって立場を変えた。そして、その後すぐに、ヒラリーもDOMAにたいする反対を表明した。Bill Clinton, “It’s time to overturn DOMA,”The Washington Post, March 7, 2013を参照。

9 共和党では、いかに福音派の支持を取りまとめるか、ということが課題になる。例えば、テッド・クルーズは、大統領選への出馬表明(2015年3月)の舞台として、南部バージニア州のリバティ大学を選んだ。この大学は、テレビ伝道師ジェリー・ファルウェルが1971年に設立してから、福音派の重要拠点となっている。その場でクルーズは、父親のボーン・アゲイン体験を紹介し、福音派から支持を得ることに成功した。また、ドナルド・トランプは2016年1月、同大学で講演し「私は、キリスト教を守る。私たちはキリスト教のもとに団結すべきだ」と訴え、福音派から一定の支持を得た。

10 例えば、2014年のGallupの調査によると、神が人間を造ったとする「創造説」を信じる国民は42%いた。しかも、進化論を信じているが、その過程は神によって導かれた、と考える国民も31%にのぼっていた。日本人のように、神の存在なしで人間は進化してきた、と考えるアメリカ国民は19%に過ぎないのである。


(2016-01-29)

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