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コラム

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『Global Risk Research Report』No. 8
フランスにおける宗教的多元主義と過激化
――エスニックブラインドな共和国モデルから治安の多文化主義へ――


浪岡 新太郎 (明治学院大学准教授)


 フランスにおいてムスリムはどのようにして市民になれるのだろうか。フランスのシティズンシップモデルは共和国モデルと呼ばれる。このモデルによれば、法政策の領域とされる国家(公的領域)と市民社会や市場など国家以外の領域(私的領域)とは明確に区別され、公的領域において市民は誰もが宗教を含む出自と結びついた属性とは無関係に扱われる(市民のエスニックな属性の非承認:以下、非エスニック性)。その具体例として「国籍法」における出生地主義や、出自と無関係に社会的上昇を可能にする公教育制度などが挙げられる。したがって、フランスでは非エスニック性ゆえに特定の集団向けの法政策をつくることができない。そして、非エスニック性を特に宗教的属性について強調するのが、国家の基本原則である<ライシテ(laïcité):政教分離原則>である1。この点において、英国やオランダなどの特定の宗教宗派に対して政策的対応を行う多文化主義と区別されてきた。
 しかし、実際には旧植民地マグレブ諸国からの移民出身者を中心としたマイノリティ(以下、ムスリム系マイノリティ)は、その信仰の有無とは無関係に「ムスリム」とみなされ、フランスの市民が基本的価値とする人権、特に<思想・表現の自由>や<男女平等原則>、そして<政教分離原則>を受け入れないのではないかと警戒されることが多かった。具体的には、1990年代、そして2000年代には、ムスリム系マイノリティの女性のヒジャブやブルカ、ニカブなどの宗教的標章の着用が基本的価値と衝突するのではないかと警戒された。その結果、「2004年3月15日法」は、ムスリムの女子生徒が公立学校でヒジャブを着用することを禁じ、「2010年9月14日法」は、公道でムスリムが顔全体を覆うような宗教的標章(ブルカやニカブ)の着用を禁じることになった。これらの法律は、ムスリム系マイノリティという特定の出自のフランス市民を対象としている点で、共和国モデルと矛盾するように見えるが、前者は「公立学校においてこれ見よがしな宗教的標章着用を禁止する法」とすることで、後者は「公の場において顔を隠すことを禁止する法」とすることで、法律の文言の上ではムスリム系マイノリティを特に指定していないことで成立している。
 現在ではシリア危機を背景に、これまでとは異なり<治安維持>を目的として、「過激化」との闘いの観点から、ムスリム系マイノリティの男性が特に警戒されるようになっている2。「過激化」とは、「政治・社会・宗教上の過激なイデオロギー」と「暴力行動」の結びつく「プロセス全体」である(Khosrokavar 2014)。したがって、この言葉自体は極右や極左、さらにはナショナリスト運動なども対象とする言葉である。しかし、近年の実際の使用では、イスラームの名の下でのテロリズムなど暴力行為への人々の参加が具体的に想定されている。イラクとシリアの紛争地域に出発する欧州の若者たちは5,000人とも言われ(700人以上が女性)、そのうち最多数の2,000人以上がフランスから出発していると言われる3。その中にはイスラーム国(ISIS)の戦闘員として戦っている者もいる。また、フランスをはじめ欧州国内においてもアル・カーイダやイスラーム国を支持し、その名前の下でテロ行為を行う事件も頻発している。
 こうした「過激化」との闘いが、フランスで法政策として本格的に具体化されるのは、2012年3月19日のアルジェリアに出自を持つフランス人モハメド・メラ(Mohamed Merah)による国内テロ事件がきっかけであった。メラはホームグロウン・テロリストとして注目され、そのためにフランスで社会化されたムスリム系マイノリティがどのようにテロリストになっていくのか、その社会化の過程が注目された4。そこで、社会化の装置としての家族、学校、公民館、スポーツクラブや会社、さらにはモスクなどに個々人の信仰のあり方を監視させ、警察や検察、軍隊に情報を提供させることで、個々人を管理する方法が採用されるようになった。こうしたテロ対策の特徴は、これまでのテロ対策が具体的な準備状況やテロ行為自体を対象とするのに対し、「人がテロ行為に参加するようになる際の<過激な>イスラーム解釈を身につける過程」に働きかけることで未然にテロ行為を防ぐこと、「予防」することにある。たとえば、テロを賞賛(apologie)するような発言は「予防」の対象となるのだ5
 しかしこのアプローチは、実質的にムスリム系マイノリティという特定の出自のフランス市民を対象としており、その意味で<市民の非エスニック性>、特に<思想・表現の自由の原則>を侵しており、さらに何よりも<政教分離原則>に反する。つまり、これまでのフランスの共和国モデルのシティズンシップモデルと矛盾する。かつてムスリム系マイノリティ女性の宗教的標章の着用を禁じた法律は、文言上、対象をムスリムに限定しないことで共和国モデルとの矛盾を乗り越えた。「過激化」との闘いは、法律によって規制するというよりは、新たな立法と非常事態宣言によって行政裁量の幅を広げ、また市民社会の自発的な協力(情報提供)を募ることで、法律的には矛盾する行為をそもそも法律的にその可否を問わないで済むようにすることで可能にしている。
 現在生じているのは、「過激化との闘い」の下での、ムスリム系マイノリティ男性を主として念頭に置いて、そのあらゆる行動や発言に介入する法政策的対応をとるという意味でのフランスの多文化主義化(Ragazzi 2014)である。

引用文献
Khosrokavar, Farhad, Radicalisation, Maison des Sciences de l’homme, 2014.
Ragazzi, Francesco, « Vers un multiculturalisme policier ? » Les études du Ceri, CERI, 2014.




1 ライシテという言葉は世俗化、政教分離や非宗教性などさまざまに訳されうるが、ここでは公的に国家が宗教的属性に関与しないという意味で政教分離という言葉を使う。
2 もちろん、現在でも人権、特に<思想・表現の自由>や<男女平等原則>、そして<政教分離原則>を受け入れないのではないかという警戒は、特に、ムスリム系マイノリティの女性に対して存在する。
3 フランスでは多数派はマグレブ(アルジェリア、チュニジア、モロッコ)系移民第二世代男性であり庶民層が多いと言われる。
4 2012年3月11日から22日にかけてメラ事件が生じる。この事件は、フランス南西部のトゥールーズ、モントーバンで一週間のうちに兵士、民間人を含む8人が殺害され、5人が負傷した事件である。犯人のメラはアルジェリア出身第二世代であり、アル・カーイダのメンバーであると主張して、特に、ユダヤ系学校ラビ(ユダヤ教の宗教的指導者)、フランス軍兵士を殺害した。この事件をきっかけに、それまで英国をはじめ他の欧州諸国に比べてテロ対策において遅れていたフランス政府は、次々とテロ対策関連法案を成立させていく。この流れは2015年1月7日からのシャルリー・エブド事件で決定的になる。7日、クアシ(Kouachi)兄弟がイスラームについての風刺画を掲載してムスリムからの批判を浴びていた、パリのシャルリー・エブド紙編集部を襲撃し、執筆者など12名を殺害し、翌8、9日には彼らとの連帯を表明したアメディ・クリバリ(Ahmedy Coulibaly)が同じパリでユダヤ食品店事件を起こし4人を殺害した事件である。この事件はフランス全体にイスラーム国を念頭に過激化が、フランス人の参加やシリアやイラクの紛争地帯をめぐる問題だけではなく、すでに国内の問題になっていることを意識させた。2015年11月13日にはパリおよび郊外において第二世代を含む複数のイスラーム国支持者によって130人以上が殺害された。この事件はその規模の大きさと支持者がベルギーなど複数の欧州諸国出身者であったために、治安の観点からのより緊密な国境を超えた情報共有の重要性を意識させた。
5 2015年1月28日、シャルリー・エブド事件後のフランスでは8歳の少年が小学校の教室内での犠牲者への追悼を拒否し、犯人への連帯を示したことを理由に校長が警察に通報し、警察は少年を事情聴取している。


※本稿は、「第10章 フランスにおける宗教的多元主義と過激化――エスニックブラインドな共和国モデルから治安の多文化主義へ」平成29年度外務省外交・安全保障調査研究事業報告書『反グローバリズム再考――国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究 グローバルリスク研究』(日本国際問題研究所、2018年)の要旨となります。詳しくは、報告書の本文をご参照下さい。

(2018-06-12)

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