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コラム

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『Global Risk Research Report』No. 13
グローバル・シフトとアメリカの中東外交


小野沢 透(京都大学教授)


1.「グローバル・リスク」から「グローバル・シフト」へ?
「グローバル・リスク」とは、グローバルな秩序・制度・システムを包含する「現状(status quo)」を脅かす危険ということになろう。しかし、茫漠たる「現状」を如何に把握するのか。これに対する解答は、視点や切り口によって大きく変わってくる。筆者は、ひとつの作業仮説として、「現状」を、「グローバリゼーション」という下部構造と、「新自由主義(neoliberalism)」と「新左翼」の結合として理解しうる上部構造よりなる、ひとつのシステムとして捉えることが出来ると考えている。ここでは、「グローバリゼーション」を、非人格的なグローバル市場経済および超国家・非国家主体のパワーや影響力の拡大と、その裏面としての主権国家および国民経済の自律性の低下と捉える。「新自由主義」は、ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)の経済理論やフリードリヒ・ハイエク(Friedrich von Hayek)の自由主義思想を背景としつつ、二十世紀中葉に先進資本主義諸国で一般化していた混合経済体制における国家や公権力の役割を縮小させ、市場経済や民間のイニシアティヴの領域を拡大することを指向する思想および政治的立場である。「新左翼」については、論者や文脈によってその内実やイメージに大きな幅があるが、ここでは、国家権力よりも、既存の階層的な社会的権力――その代表は、人種とジェンダーである――を批判および攻撃の対象として、それを修正あるいは解体することを追求する政治的立場と理解する。
このように「現状」を整理するならば、1990年代以降、主要先進国の左右の主要政党が基本的に「現状」維持勢力となっていることを把握できるようになる。ビル・クリントン(William J. Clinton)以降の米民主党、トニー・ブレア(Tony Blair)以降の英労働党、ゲルハルト・シュレーダー(Gerhard F. K. Schröder)以降の独社会民主党など、主要国の中道左派の主要政党は、グローバリゼーションと新自由主義を受け入れている。一方、新自由主義的改革を主導した米共和党や英保守党など中道右派の主要政党で、人種やジェンダー等による差別の撤廃という、かつて新左翼が主要な課題と位置づけていた問題の解決に(少なくとも公式の立場として)反対する政党はもはや存在しない。
このような視点に立つならば、英国の欧州連合離脱決定、米大統領選挙でのドナルド・トランプ(Donald J. Trump)の勝利、大陸欧州諸国における極右勢力の台頭など、2016年に欧米諸国で連続的に発生した政治現象は、「現状」維持の立場に立つ主要政党が汲み上げることに失敗した、「現状」への批判や変革要求を核とする新たな政治勢力の出現、あるいは「現状」の是非という新たな政治的対立軸の生成の萌芽として捉えることが出来るであろう。これらの「現状」批判――ウォーラーステイン(Immanuel Wallerstein)流に言えば「反システム」運動――が、今後どのように展開していくか、現時点では予想できないものの、かりに「現状」批判勢力が持続性を有する有力な政治勢力として存続する、あるいは「現状」の是非が主要な政治的対立軸として浮上するならば、それは「グローバル・シフト」とも呼びうるような政治的変動をもたらすことになるかもしれない。
トランプ政権の1年目の国内・対外政策は、必ずしも「現状」の変革や破壊に突き進んでいるとは言い難いものの、トランプが「現状」への構造的批判を背景とする大統領であることは、同政権について考察していく出発点として確認しておくべきであろう。

2.外交・安全保障の専門家たちの近年の議論
就任後1年間のトランプ政権の対外政策への評価は大きく分かれている。民主党系およびリベラル国際関係論者は、トランプ大統領が、戦後米国が主導して構築してきた国際秩序を破壊しようとしているとして、これを危険視する。それに対して、共和党系およびリアリスト国際関係論者は、オバマ(Barack H. Obama)政権の対外政策の結果、米国を取り巻く国際環境が悪化したという前提に立ち、トランプ政権の対外政策は、その潮流を逆転させつつあるとして、これを肯定的に評価する傾向にある。
このような対極的な評価が出てくる背景には、いうまでもなく、各論者の党派的な立場があるが、それに加えて、オバマ政権およびトランプ政権の対外政策上のレトリックと実際の対外的行動の間のギャップという要因が存在していると考えられる。「アメリカ・ファースト」を標榜するトランプ政権が、米国の国益を狭く捉えて単独行動主義的にそれを追求する政策――ここでは「単独行動主義的リアリズム」と呼ぶこととする――への傾斜を有することは間違いなかろう。しかし、政権1年目に関して言えば、トランプ政権の実際の対外的行動は、大統領の過激なレトリックにもかかわらず、いくつかの事例(環太平洋パートナーシップ協定および気候変動パリ協定からの離脱、駐イスラエル米大使館のエルサレムへの移転等)を除けば、米国の既存の対外政策を継承するものであった。一方、オバマ政権の対外的行動は、大統領の理想主義的なレトリックにもかかわらず、米国自身の国益を最優先して、新たな関与に自制的な姿勢を持し、しばしば対外的関与を一方的に縮小した点で、単独行動主義的リアリズムへの傾斜を強く有するものであった。つまり、オバマ政権とトランプ政権は、ともに単独行動主義的リアリズムへの傾斜を有し、またレトリックと行動の間に大きなギャップを有する政権であると見ることが出来る。党派的な専門家たちは、かかるねじれを内包する両政権の言動の一部分のみをクローズアップすることによって、対極的な評価を下すばかりでなく、結果的に両政権の共通性や継続性を見えにくくしていると言えよう。
しかし、党派的なバイアスを取り払ってみるならば、外交・安全保障の専門家たちは、第二次世界大戦後に米国が主導して構築してきた国際秩序を維持・発展させることが米国の国益に適うという前提と、かかる国際秩序を維持・発展させていくために米国は積極的に行動していく必要があるとの認識を共有している。(その上で、民主党系・リベラル国際関係論者は、米国は可能な限り多国間の国際協力や国際機構等を通じて行動すべきであるとの論点を、共和党系・リアリスト国際関係論者は、米国が必要とあらば多国間の枠組みにとらわれずに行動すべきであるとの論点を、それぞれ強調する。)換言すれば、専門家たちは、米国自身の国益を増進させる既存の国際秩序を損なうような、偏狭な単独行動主義的リアリズムに反対する点では、見解が一致しているのである。
一方で、外交・安全保障の専門家たちの間でも、グローバリゼーションのあり方をはじめ、「現状」の秩序に一定の修正や改革が必要であるとの認識が強まりつつある。外交・安全保障問題の専門誌である『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』誌が、「現状」批判勢力の強まりを問題視するだけではなく、「現状」そのものがはらむ様々な問題点を論じる論考を掲載するようになっていることは、「現状」への問題意識の高まりを示唆している。しかし現時点では、「現状」の修正や改革に向けた有力な具体的方策が出現するには至っていない。
もう一点、外交・安全保障の専門家たちの近年の議論で注目すべきは、自由主義や民主主義などの「理念」を米国の対外政策の基本原則として重視すべきとの主張が強まる傾向にあることである。このような傾向は、実際の対外的行動において理念を等閑視する傾向が強かったオバマ政権、そしてレトリックのレヴェルで理念を軽視する姿勢をしばしば示しているトランプ政権に対する批判や反動として現れていると考えられる。じつのところ、専門家たちは、権威主義諸国との連携を全面的に否定しているわけではなく、また、「理念」を実現するという結果よりも、米国がそのような姿勢を示すこと自体に意味を見出す傾向が強い。しかし、リベラルとリアリストを横断する形で、「理念」の重要性を強調する論調が広がりつつあることには、やはり注目しておくべきであろう。
以上を俯瞰するならば、外交・安全保障の専門家たちは、米国の全般的な対外政策について、自由主義・民主主義などの「理念」の強調も含め、米国自身が主導して構築してきた国際秩序を適宜修正しながら、これを維持・発展させるべく積極的に行動すべきである、との見方を最大公約数的に共有していると理解することが出来るであろう。

3.中東政策を巡る議論
このような中、中東は例外的な地域として位置づけられつつある。2016年頃を境に、中東政策を巡る外交・安全保障の専門家たちの議論においては、中東における米国の関与を縮小あるいは解消することを主張する撤退論が圧倒的に優勢になっている。中東撤退論は、さきに見た米国の対外政策全般に関する専門家の議論とは著しく対照的な内容を有する。中東撤退論には、国際秩序を維持するために米国が関与を継続あるいは積極的に拡大すべきであるとの議論が見当たらない。その背後には、中東にはもはや米国が守るべき秩序が存在しないという前提が存在している。さらに中東撤退論は、実質的には単独行動主義的リアリズムに沿う内容を有している。いわば中東は、米国が自らの国益を最優先しつつ、可能な限り秩序構築の責任から逃れるべき、例外的な地域と位置づけられつつあるのである。
そして皮肉にも、対外政策全般に関する議論に見られる「理念」を重視すべきであるとの主張は、中東の文脈においては、単独行動主義的リアリズムを補強する役割を果たしている。米国が関与に慎重であるべき専制国家として専門家たちが挙げるリストの中には、エジプト、トルコ、サウジアラビアなど、多くの中東諸国が含まれている。そして専門家たちは、自由主義的民主主義に無関心な「ムスリム若年層」や、米国とはインタレスト認識が乖離しつつある中東の「伝統的な親西側勢力」などを列挙することにより、中東の指導者と一般国民をともに米国の「理念」を共有せぬ存在として描き出し、それゆえに中東はもはや米国が関与する価値のない地域であると論じているのである。
このような専門家たちの議論がトランプ政権の実際の中東政策にどのような形で反映されていくかは分からないものの、単独行動主義的リアリズムの色彩を強く帯びる中東撤退論は、トランプの掲げる「アメリカ・ファースト」のスタンスと親和的である。そして、衝撃的な大事件でもない限り、米国民の間で中東への関与の拡大への支持が増大するとも考えにくい。
中東は、米国が守るべき国際秩序の枠外にある、米国がその「理念」に照らして同盟者と見做すべきではない「権威主義的」支配者が跋扈し、その国民の多くも米国の「理念」を支持していない地域、すなわち米国と価値もインタレストも共有し得ぬ地域として、米国に打ち捨てられようとしているように見える。

<付記>
本報告の後、2年目に突入したトランプ政権の行動は、同政権に一定の肯定的評価を与えていた共和党系・リアリスト国際関係論者たちの期待に反する方向に向かいつつあるように見える。彼らのトランプ政権に対する肯定的評価の理由のひとつは、対外政策の要に穏健派リアリストを配した人事にあったが、ティラーソン(Rex Tillerson)国務長官とマクマスター(Herbert R. McMaster)国家安全保障担当大統領補佐官が相次いで更迭され、何れの後任にも安定性が疑問視される強硬派が就任する。また、トランプ政権が、北米自由貿易協定の再交渉などを通じて米国の通商上の地位の改善を目指す姿勢を示しつつも、実質的に自由貿易の枠組みを受け入れていたことも、肯定的評価の理由であったが、トランプ政権は鉄鋼・アルミニウムを対象に保護関税を発動する姿勢を示すなど、にわかに「貿易戦争」への傾斜を強めつつある。トランプが「現状」への構造的批判を背景とする大統領であるとの視点は、トランプ政権を考察する上で、やはり無意味ではなかろう。



※本稿は、「第8章 トランプ大統領の登場とアメリカの中東政策」平成29年度外務省外交・安全保障調査研究事業報告書『反グローバリズム再考――国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究 グローバルリスク研究』(日本国際問題研究所、2018年)の要旨となります。詳しくは、報告書の本文をご参照下さい。

(2018-07-20)

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