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コラム

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米中緊張の狭間を生き抜いていくために


津上 俊哉(津上工作室代表 日本国際問題研究所客員研究員)



 10月下旬東京で開催された日米交流事業「富士山会合」(日本経済研究センター・日本国際問題研究所共催)に参加させてもらった。

 例年来場する安倍総理の挨拶が今年はビデオメッセージだった。日本の総理として7年ぶりに中国を公式訪問していたためだが、会合に参加した米国の政治関係者、有識者たちは、米中貿易戦争が深刻化した折も折の総理訪中をどんな思いで受け止めたか・・・。

 10月初めに米国ペンス副大統領がした演説は中国政府を厳しく糾弾する内容で衝撃的だった。中国人からは「チャーチルの『鉄の壁』演説を思い起こした」という感想が漏れ、米紙にも「米中冷戦」の見出しが踊るようになった。

 いまの中国は冷戦時代のソ連とは異なり、西側と深い経済的相互依存関係にあるが、米国ではまさにそれが問題だとして「深くなりすぎた米中の経済関係を切り離すべし」と唱える「デカップリング」論まで唱えられるようになった。

 中国の行動に問題が多いことは言うまでもない。「米国に追いつけ追い越せ」願望が強いせいで、貿易歪曲的な産業政策や技術移転の強要といった異質な政策を採ることに疑問を抱かない。貧しかった時代の中国なら許されても、世界第二位になり米国の地位を窺うほどになった今日の中国には許されないことがいろいろあるのに。

 しかし、WTO規則に違反する関税の一方的な引き上げ措置を始めとして、今のトランプ政権のやり方はときに極端だ。「技術の盗取・流出を防ぐ」ために、中国籍の研究者や学生の雇用や留学を制限する措置まで検討中と聞くと、「行き過ぎ」の感を免れないように思う。米国のいちばんの強みは世界中から人材を惹きつける吸引力だったはずだ。

 安倍総理は日中関係の改善で成果を挙げたが、そこにもトランプ政権が横槍を入れてくる恐れはある。
 
「中国とRCEP協定を結ぶな」?

 トランプ政権がカナダ・メキシコと最近妥結した「USMCA(改訂NAFTA)」には、交渉の土壇場で以下のような「毒薬条項」が盛り込まれたことが明らかになった。

 「毒薬条項」とは、カナダやメキシコが「非市場経済国(中国)」とFTA交渉を始めようとするときは、他の加盟国(米国)に通報して協定案全文のチェックを受けることを義務づけ、その結果によっては米国がUSMCAを脱退して残る1ヶ国との2国間FTAに移行する、換言すれば「カナダまたはメキシコが中国とFTAを締結しようとしたら、改訂NAFTA協定から追い出す」ことを認める条項(USMCA第32条10項)だ。他の同盟国にも中国との経済関係をこれ以上深めさせず、縮小させる狙いだろう。

 いま日本は中国を含む15ヶ国とRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership:東アジア地域包括的経済連携協定)を交渉中だが、来年から始まる「日米TGA(物品協定)交渉」でも、トランプ政権が毒薬条項のように「RCEPで中国とFTAを結ぶな」と圧力をかけてくる可能性は否定できない。これをどのように考えれば良いのだろうか。

 (1)強国の「コエルション(強要行為)」は大問題
 カナダやメキシコがこの条項に同意したことは驚きだ。米国との間の交渉事項でもない、メキシコやカナダと中国のFTAについて、トランプ政権が「締結すれば改訂NAFTAから出ていってもらう」という脅しをかけることは、国際法上違法とされる「コエルション(強要)」に当たる恐れがあるのではないか。これからFTAを締結する交渉ならともかく、NAFTAは過去30年近い時間をかけて北米全域にサプライチェーンを構築してきた。「そのサプライチェーンが壊れてもよいのか?」という式の態度はいかがなものか(一度米国が合意したイラン核合意(JCPoA)を脱退し、イランだけでなくイラン産原油を輸入した国も制裁するとしていることにも同様の問題を感じる)。

 こんなやり方は、中国が己の意に反することをした(例:中華民族の誇りを傷つけた)」相手国を屈服させようとして、フィリピンのバナナやノルウェーのサーモン、韓国の流通企業ロッテをボイコットしたこととたいして違わないのではないか。

 世界の二大大国が力の劣る他国に対して、経済的な力を以て「何事かをしろ・するな」と強要することが習い性になり、その習いが他の国にも拡散したら、国際社会はルールのない弱肉強食社会になってしまう。

 日本外交が「日米基軸」を大前提にしてきたのは、「米国がいちばん強い」だけでなく「ルールに基づく国際秩序の擁護者」だったからなのに、その米国がルールを無視して力を振り回すことを心配しなくてはならないのは残念だ。

 このような事態を防ぐことは日本の死活的利益に関わるが、何をどう反論すれば良いのだろうか。政府対政府の場で「コエルションは受け入れない」と言えば喧嘩になる。これを米国に言うのは政府以外の外野(国会、メディア等)の役割にして、政府対政府の場では以下の二つを主張してはどうだろうか。

 (2)日本は中国に有する経済権益を傷つける訳にいかない
 日本が中国との間で築いたサプライチェーンや販路などの経済権益を維持・発展させることは、日本にとって安全保障と同様に大切な課題だ。これは独り日本だけの事情ではなく東アジア諸国が等しく抱える共通の事情だ。米国が中国に抱く懸念は共有するし、共に是正を求めていきたいが、あまりに極端な措置にはついて行けない。

 (3)広域FTAで保護主義の世界拡散を防止する
 トランプの保護主義については、1930年代に米国が成立させた保護主義立法「スムート・ホーリー法」が参照されることが多いが、同法が招いた世界貿易の大幅な収縮がいま直ちに引き起こされそうな訳ではない。

 怖いのは、このさき保護主義が新興国や第三世界にまで拡散する事態だ。「リーダーの米国だってやっているのだから」とばかり、関税引き上げや輸入制限措置が世界中に蔓延したら、ほんとうに「スムート・ホーリー・モーメント」がやって来る。だから米国にこう言えばどうか。

 日本がCPTPPや日EU・EPAさらにRCEPなど広域FTAを推進しているのは、さらなる貿易自由化を目指す運動を続けることが新興国や第三世界に保護貿易主義が拡散するのを防止する意味があると考えるからだ。中国、韓国、ASEAN10ヶ国を包含するRCEPは、その意義がとくに高い。

 「一帯一路」と「第三国協力」

 日本がいわゆる「第三国協力」を進めていることに対しても、トランプ政権から「地政学的野望に基づく略奪的な一帯一路に賛同・協力するのか」といった批判が寄せられる可能性がある。これに対しては何と応えるべきだろうか。

 政府は「第三国協力は開放性、透明性、経済性、財政健全性の4条件で進める」という言い方をしているようだが、” Don’t jump on the middle!(いきなり核心の論点から話を始めるな)”という言葉があるように、相手を説得するためには、まず総論から始めるべきだと思う。具体的には;

 いまの中国の「一帯一路」には略奪的な債権保全行動や(金利・償還期など)経済的に不適切な融資条件などの問題があり、現状をそのまま肯定する考えはない。

 しかし、個別の案件を吟味していくと、(上述の)4条件を満たすものもある。アジア地域にはまだ満たされないインフラ整備需要が数多いので、日本は一方でいまの一帯一路の問題点の是正を求め、他方で条件を満たす事業を選び取って協力を進めていく。

 口で言っているだけでは説得力を欠く。「第三国協力」に米側の理解を求めるためには、今の「一帯一路」が抱える問題の解消を中国に促す実際の行動も必要だ。

 この観点から、筆者は微力ながらセミナーなどの機会ある毎に中国側に以下を提案している。

 中国の口から『OECDに加盟させてくれ、そうして一帯一路を国際ルール・慣行に従って、他の加盟国と共に進めていきたい』と言うべきだ。

 一帯一路をそういう風に運用すれば、対象国が借款を約定どおり償還することができなくても、パリクラブなどの場で他の援助国と一緒に対策、支援策を練ることができる。仮にそこで債務の減免や償還時期の繰り延べが決まれば、国内世論がそれで生ずる損失を非難しても『国際合意だ』と申し開きできるではないか。

◇◇◇◇◇

 以上、中国に絡んで日米間で問題になりそうな経済論点を取り上げてみたが、今後米中関係悪化が長期化すれば、問題はもっと増えるだろう(他に安全保障に関わる問題もあるが、今のところ経済貿易分野ほど奇矯な動きが生まれていないことが救いである)。

 米中関係については、半世紀近く「良くなりすぎることもないが、悪くなりすぎることもない(好也好不了、壊也壊不了)」と言われてきた。東アジア地域はそんな米中関係を大前提にして政治外交や経済を組み立ててきたのに、この前提が崩れるとなると、その全面的な見直しを迫られることにもなりかねない。のっぴきならない事態になったものだ。

 ただ、富士山会合に参加して確認できたことが二つある。米国では「いまの中国には厳しく当たる」ことに超党派の支持がある一方で、自由貿易を否定したり「中国人」を敵視するトランプ政権のやり方に反対する人々も大勢いることだ。今後極端すぎるやり方が弊害を生めば、一定の復元力が働くことは期待できそうだ。

 また、富士山会合に参加したトランプ政権高官は、安倍政権の対中外交についてコメントを求められて、「中国との関係をリバランスするのに役立つエンゲージメントは歓迎だ」と答えていた。今後トランプ政権と対中外交について協議する場面でも、こういう視点から予め考え抜いて説明していく準備が必要だ。そうすれば、米国内でも理解し支持してくれる人々はたくさんいるはずだ。

(2018-11-16)

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