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国問研戦略コメント

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国問研戦略コメント(No.8) 
「非核化」の構造的要因から読む米朝首脳会談の決裂と今後


はじめに:「想定内」だった決裂
 
 2月末の第2回米朝首脳会談が決裂に終わったことは、日米を含む国際社会から少なからぬ驚きをもって受け止められた。今回の米朝首脳会談が決裂に終わった交渉の顛末については、すでにアメリカ側、北朝鮮側、そして韓国側から交渉の経緯がメディアを通じて伝わってきているが、今回の結果は、実は「非核化」というイシューの構造を冷静に分析していれば、少なくとも想定されるシナリオの一つには上がっていたはずである。それが多くの人にとってサプライズだったのは、事前の報道やトランプ大統領のツイートに煽られ期待値を上げすぎたことがその原因だと言えよう。実際のところ、両国の間には「非核化」プロセスを通じて目指すゴールの認識、そして制裁の解除の規模に関して埋めがたいギャップがあった。それにも関わらず多くの人が驚いたのは、事前の報道ではあたかも合意が可能であるかのような情報が流され、またトランプ大統領も極めて強気であったこと、そして金委員長が何日も国を留守にし、ベトナムまで足を運ぶからには、何らかの成果を持って帰ってくる自信があったからに違いないという憶測によるところが大きかった。
 本稿では、交渉の経緯ややり取りではなく、「非核化」のための「ディール」の構造的な原理を、とりわけ「非核化」の持つ技術的、政治的構造から理解し、今後非核化を進めるためには何が必要かを論じてみたい。

「非核化」の解釈をめぐるギャップとディールのバランス

 事前の報道を見ている限りでは、アメリカは、完全な非核化と制裁の解除や戦争終結宣言など主要な取引の材料をすべてパッケージにしたワンショット・ディールではなく、最終ゴールとしての完全な非核化を維持しつつも、段階的非核化の取引を容認するとの見方や分析が大勢を占めていた。ところが、実際の交渉においては、トランプ大統領は完全な非核化と経済制裁解除を取引する「ビッグ・ディール(big-for-big)」を提案し、北朝鮮がこれを拒否したという(ボルトン大統領補佐官の発言、https://www.washingtonpost.com/politics/john-bolton-north-korea-summit-was-not-a-failure/2019/03/03/eacd108a-3dc0-11e9-a0d3-1210e58a94cf_story.html?utm_term=.389f8ef98f54)。
 北朝鮮が「ビッグ・ディール」受け入れなかったのは、北朝鮮としては当面現存する核兵器能力を温存し、現段階においてはそれらの廃棄に応じる準備がなかったと理解するのが妥当であろう。それを裏付けるように、2019年3月4日の国際原子力機関(IAEA)理事会における天野事務局長の報告によれば、寧辺の黒鉛炉はこの数か月運転を停止している一方で、軽水炉は運転を継続している兆候があるという(https://news.un.org/en/story/2019/03/1034041)。このことは、「寧辺の核施設の閉鎖」といっても、北朝鮮の意図したところは、寧辺地域にあるすべての施設を閉鎖するのではなく、選択的に閉鎖する施設と残す施設(例えば、濃縮施設は平和目的と主張し残す可能性もある)を区別する予定だったのではないかとの疑念がわいてくる。
 また、最近の報道(中央日報、https://japanese.joins.com/article/858/250858.html)によれば、アメリカは、北朝鮮に対し、寧辺北西部の「分江」にある地下に隠された濃縮施設を示し、これを「寧辺の核施設の閉鎖」の対象に含めることを要求したという。北朝鮮はアメリカがこの施設に言及することを想定していなかったようである。この点は、インテリジェンスの事案としても興味深いが、同時に北朝鮮の意図を推し量るという点でも重要である。トランプ大統領が「分江」の濃縮施設を含むとの言及した際に、金委員長には交渉を継続するに十分な対処案がなかったということ(あるいは、最後の段階で、完全な非核化を飲むのではなく、全面的な制裁緩和を取り下げるという提案をしたこと)は、基本的にはその施設を秘匿すること、すなわち一定程度の核兵器製造能力を温存しようとしていたことを示唆する。従来より北朝鮮は「非核化」の意欲があると伝えられていながら、核弾頭、備蓄された核物質(濃縮ウラン、プルトニウム、トリチウム)、寧辺以外の核物質生産施設、ミサイル計画に関しては明確に言及してこなかったことと併せて考えれば、北朝鮮が目指していたのは、「完全な非核化」ではなく、寧辺地区にある既知の施設の閉鎖をもって「非核化」をしたとする、いわば象徴的な部分的非核化であったことを意味する。
 この「象徴的非核化」は、アメリカや韓国、国際社会に対し、核計画の全容を明らかにせず、一部の能力を廃棄する象徴的な措置をとることによって敵対的な意図がないことを示し、相手の脅威「認識」の低減に努めつつも、少なくとも当面は核能力の温存を図ることを意味する。それは、米朝両国の核保有を前提とした、冷戦期を通じて米ソ(ロ)が追求してきた核軍備管理体制と同様の関係性をアメリカとの間で確立し、それを通じて自らの安全保障と体制の保証を担保することを目指す。もし、このようなアメリカとの関係性が、北朝鮮が「非核化」を追求するうえでの最終的な目的だとすれば、それは少なくとも、日米にとっては受け入れ可能なものではない。北朝鮮の方針がこのようなものである傍証としては、寧辺の廃棄を「アメリカの」検証のものとで行う、と述べていた点を挙げてもよいであろう。IAEAによる検証(査察)ではなく、アメリカによる検証に言及したということは、米ロ核軍備管理体制下の「信頼はするが検証する(trust but verify)」という原則に倣った、核保有国同士の信頼醸成をまねた手法を北朝鮮が望んだということでもある。
 米朝の間で考え方に大きな隔たりがあったのは、経済制裁の解除も同様であった。会談後の記者会見でトランプ大統領が、合意に至らなかった理由として北朝鮮がすべての制裁を解除することを求めたからだと述べたのに対し、北朝鮮側は李容浩外相が、北朝鮮が求めたのは2016年以降の国連安保理決議5つだけだと述べた。確かに、決議の数からいえば、これは全部ではなく部分的な制裁解除と言えよう。しかし、2016年以降の安保理決議に基づく制裁の解除は、石炭や石油精製品の禁輸解除をはじめ、北朝鮮経済を維持していくうえで極めて重要な意味を持つ。とりわけ、安保理の制裁が解除されれば、中国企業やロシア企業といった、アメリカ独自の制裁にはかからない主体が北朝鮮との取引を公に再開するであろう。それは、おそらく、制裁が全面的に解除にならなくても、政権を維持していくには十分なレベルの解除だと考えられる。
 アメリカ側からすれば、それは実質的に北朝鮮を制裁の軛から解き放つものであり、寧辺の廃棄にとどまらず完全な非核化を目標とする今後のプロセスを考えれば、寧辺の廃棄に対する「相応の措置」としては大きすぎる見返りであった。
 「ビッグ・ディール」をトランプが提案したのが先か、北朝鮮の制裁解除の提案が先か、また決裂後に北朝鮮が再度追加的な非核化措置を提案してきたとの報道もあり、交渉の詳細な過程は明らかではないが、北朝鮮が実施すべき「非核化」の措置とアメリカ側がとるべき制裁解除の規模に関する両者の期待値と相手が求めていた結果に関する計算が異なっていたということは、いずれにしても今回の会合での合意は困難であったということであろう。

交渉進展の3条件
 
 それでは、今後交渉を前に進めるためには何が必要だろうか。大まかに言って3つの条件が整うことが必要であろう。第一に、「非核化」の定義について両者が合意することである。第二に、ディールが政治的に持続可能であるということである。そして第三に、非核化の措置の進捗と北朝鮮に与えるインセンティブの適切な均衡点が見いだせるか、である。
 今回の会合の決裂は、「非核化」の定義を詰めずに交渉を進めてきたツケが回ってきたともいえるが、一方で「非核化」の定義を交渉の入り口にしていたら、米朝の首脳が再度会談をするところまでこぎ着けることができたかさえも怪しい。しかし、今回の決裂により北朝鮮は、「象徴的非核化」で事実上の核保有国としての立場を確立し、アメリカとの間で核軍備管理体制を通じて自国の安全保障を確保するという方針を今後も追及することは困難であると理解し、今後の交渉戦略の練り直しを迫られることになるであろう。そもそも、北朝鮮にとって核兵器の放棄につながる「完全な非核化」を受け入れることができるのか、という問題が存在する。
 この点は、アメリカ側の「非核化」定義問題へのアプローチのあり方にも関わってくる。北朝鮮は、明らかに(少なくとも現段階において)「完全な非核化」は自らの安全保障にとって極めてリスクが高いと考えている。であれば、ワンショットの「ビッグ・ディール」は、「完全な非核化」という原則に照らせば望ましいものかもしれないが、北朝鮮が「完全な非核化」を一気に進めた場合の安全保障上のリスクを強く警戒する中では、実際問題として、事態を進展させるための現実的な交渉戦略とはいえない。したがって、北朝鮮の非核化を諦め、核保有国としてわが方も軍事的な対応によって北朝鮮の核の脅威に対処し続けることを決心するのであれば別だが、非核化を引き続き目標として掲げるのであれば、何らかの形の段階的アプローチを採用せざるを得ないであろう。
 段階的アプローチを採用するのであれば、核弾頭の不在、核兵器用の核分裂性物質の不在を含む最終的なゴールとしての「完全な非核化」の概念を共有すること、プロセスの進展をベンチマークと期限を設けて管理すること、などが含まれていなければならない。当然その中には、核物質、核活動、核施設をすべて申告することなども含まれるべきだ。なお、平和利用と軍事利用の境界があいまいになりがちな、再処理と濃縮に関しては、再処理施設の廃棄は含まれることになるであろうが、濃縮に関しては完全な廃棄を迫ることには困難が予想される。例えば、カザフスタンはウラン鉱山を持ちながら、濃縮はロシアなど他国に委託しているが、このようなモデルを北朝鮮が容認するかどうかは微妙である。なお、イランの場合、包括的共同行動計画(JCPOA)のもと、規模は縮小してはいるが、濃縮能力および遠心分離機製造能力を維持することは認められている。イランに認められるのであれば、自分たちにも、と北朝鮮が考えても不思議ではない。また、アメリカの北朝鮮とイランとに対する姿勢の違いを見れば、そのような要求をアメリカが容認する可能性も全くないわけではない。
 また、「完全な非核化」には、ミサイルも含まれることが想定される(あるいは「非核化」のカテゴリーには入らなくとも、全体のディールのパッケージの中には盛り込まれることが必要である)が、こちらは、ICBMにとどまるのか、中距離戦力も対象に含まれるのかによって、日米間で考え方の違いが生まれる可能性があり、日米の緊密な連携が求められよう。
 言うまでもなく、段階的アプローチを採用するということは、核を保有した北朝鮮と当面の間共存する、ということを示唆するが、これは、第二の条件にも密接に関連してくる。それは、次の段階でのディールそしてその先のプロセスの「政治的持続可能性」である。政治的持続可能性は、アメリカ内政、北朝鮮内政、そして同盟政治という三つの政治の文脈において、いずれも中長期的に支持を得るものでなければならないということを意味する。
 今回、中途半端なディールで手を打たなかったことは、北朝鮮の完全な非核化を追求するうえではむしろ良かったとの評価が、アメリカ国内や日本の安全保障関係者の間では多く聞かれる。北朝鮮とディールをする以上、それがアメリカの国益(核不拡散を含む)、そして日本を筆頭とするアジア太平洋の同盟国の安全保障上の利益を損なわないようなものでなければならない。また、明確な見通しがないままに中途半端なディールをすることは、(北朝鮮問題は内政上それほど大きなイシューとはならないとはいえ)選挙を控えたトランプ大統領にとっては失点につながり、政敵に攻撃材料を与えることになるであろう。
 加えて、JCPOA、あるいは合意枠組み(Agreed Framework)をはじめとする一連の北朝鮮とのディールが辿ってきた運命を振り返れば、今やアメリカが結ぶ国際的な約束の最大のリスクともなってしまった政権交代にも耐えうるようなディールでなければならない。北朝鮮にしても、アメリカの政権交代後に反故にされるようなディールであれば、それを結ぶインセンティブには乏しいであろう。とりわけ、今回金正恩委員長が自ら出かけて行って何ら成果がないまま平壌に戻らざるを得なかったことで、金委員長本人も、対米交渉を手掛け、金委員長に助言する立場の人たちも、次の首脳会談にはかなり慎重になっているはずだ。
 一方で北朝鮮は、実務レベルでの詰めをせずに首脳会談に臨むなど首脳同士の合意に大きな期待を持っていたようだが、それが裏切られた格好になった。かつてクリントン大統領の訪朝を画策した際に、事前に首脳同士の合意内容を詰めることにこだわったアメリカと、首脳同士の話し合いに賭け、実務レベルでの事前交渉での詰めを拒否した北朝鮮とのギャップが、訪朝実現につながらなかったということがあったが、今回はいかに事前の交渉が重要か、大きな教訓となったことであろう。
 日本にとっては、中途半端なディールは、北朝鮮の核の脅威の除去の見通しがないまま、核を保有した北朝鮮と共存する安全保障環境の当面の固定化を意味する。それは能力ベースで考えれば大きな変化ではないものの、ディールがまとまってしまえばそれが悪いディールであったとしても、アメリカ(とりわけ政治的成果を誇張するトランプ大統領)がさらなる交渉への意欲を失い、また東アジアの安全保障にかけるべきコストや兵力の削減につながるような方向性を打ち出す可能性も否定できない。あるいは、ミサイルに関し、ICBMで手を打ち、中距離ミサイルについては合意外としつつ北朝鮮が核弾頭を温存するといった状況が、悪いディールによってもたらされた場合、安全保障上の懸念を抱えたまま経済制裁解除に加え、経済支援が打ち出されるようなことになれば、当然のことながら資金提供が期待される日本政府は、対米関係と国内への説明責任との間で板挟みになるであろう。また、ここでは詳細に立ち入らないが、拉致問題という懸案事項の解決の模索も日米間の同盟政治の文脈における持続可能性の重要な変数である。
 この段階的アプローチと政治的持続可能性の成否は、違った角度から見れば、北朝鮮の求める安全の保証と経済的利益(制裁解除や経済協力)という見返りを、非核化の進捗に従って段階的かつ適切に与える、非核化とインセンティブ(報酬)のスキームをどうデザインするかにかかっているとも言える。つまり、非核化措置の履行とそれに対する報酬の適切な均衡点と実施のタイミングを米朝および関係国が見出せるか、が第三の条件となる。北朝鮮からすれば、何の見返りもなく非核化のための措置を講じることにはメリットがない。自国の核兵器能力を差し出すということは安全保障上の脆弱性を高めることになるが、それに対してはアメリカから安全保障上の見返りを受けることと、国内向けとして具体的な経済的メリットが示される必要があろう。しかし、過剰な報酬も過小な報酬もプロセスの継続にとってはマイナスの要素となる。北朝鮮が、1)「完全な非核化」を目指さざるを得ないと思えるほどのアメリカ側の決意を理解し、2)プロセスを継続することを決心するのに十分な経済的報酬と安全の保証で、3)プロセスに関与し続ける必要を感じないほど過剰な一時的報酬でもない、という要件を満たすようなインセンティブ・スキームを構築しなければならない。この作業は、今回の交渉で明らかになった、両国の間に存在する交渉の最終的なゴール(「非核化」)に関する認識の埋めがたいギャップと、そのギャップを埋める(大きな合意をすること)ためにリーダーシップが負うべきリスクの大きさを考えると、そう簡単なものではない。

おわりに:同盟内対話の重要性

 今後、アメリカにおいては大統領選挙が近づくにつれてトランプ大統領にとっては、(普通であれば)リスクを取りに行くような大胆な取引には慎重になるであろう。また、北朝鮮の金委員長としても、アメリカ側の提示する「完全な非核化」を前提とした「ビッグ・ディール」にそう簡単に乗るわけにもいかない一方で、本人が乗り出した交渉がうまくいかないという困惑する事態の繰り返しは回避したいというジレンマを抱える。とりわけ、交渉の失敗によってアメリカよりも失うものの大きい北朝鮮には、より困難なプロセスが待ち受けていると言わざるを得ない。このような政治的な背景に加え、両国のディールが適切な均衡点を見出すこと自体、本質的な困難を抱えていることを考えると、両国はより念入りに準備をし、下交渉をして次の段階に進まざるを得ないであろう。
 最後に、今回の首脳会談までの一連の過程では、日米韓という同盟国の持つ脅威認識(=課題の優先順位付け)が異なるという、地政学的条件の異なる主権国家であれば当然ではあるが、これまで「同盟」という枠組みによって糊塗されてきた厳然たる事実を、白日の下にさらすことになった。韓国にとっては南北融和が、日本にとっては北朝鮮の核兵器能力(ミサイル含む)の無力化が、そしてアメリカ大統領にとっては、これまで誰も成し遂げていなかった交渉の妥結こそが、最重要であった。このような優先順位の違いにもかかわらず、米韓、日韓で十分な調整が事前になされていたとは言い難い。北朝鮮との交渉戦術としても、また、今後非核化が進んだ場合、あるいはそうでなくても、東アジアの安全保障秩序を形成していくうえで、同盟のあり方、アメリカの関与のあり方、将来の地域秩序のビジョンを共有するための緊密な意思疎通は欠かせない。

(2019-03-12)

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