ホーム > 研究活動

国問研戦略コメント

戻るトップページ印刷/モバイル ページ


国問研戦略コメント(No.9) 
INF条約後の核軍備管理−中国をいかに取り込むか


戸崎 洋史(日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター主任研究員)


米露脱退のインパクト
 2019年2月2日の米国およびロシアによる中距離核戦力(INF)条約脱退通告は、過去、現在、未来という3つの時間軸にわたり、核軍備管理を大きく揺るがしている。第一に、二国間の、しかも特定のカテゴリー(射程500〜5,500kmの地上配備中距離弾道/巡航ミサイル(以下、GBIR)に限定されるが、現地査察を含む厳格な検証措置の下で歴史上初めて核戦力の削減を義務付けたINF条約という、いわば核軍備管理条約の象徴的存在の一つが終焉することになる(過去)。第二に、米露がそうした核軍備管理条約から対立的に脱退したこと、また米国は脱退の背景に中国の動向を挙げてきたことは、悪化する米露/米中関係の深刻さを如実に表すものと言えた。また、条約脱退により想定される米露による今後のGBIRの配備が、INF条約の主眼である戦略的安定(先制攻撃や軍拡競争が抑制され、戦略戦争が勃発する可能性の低い状態)を欧州や北東アジアで脅かす可能性も指摘された(現在)。第三に、オバマ前大統領が2009年4月に「核兵器のない世界」を謳ってから10年も経たずにINF条約――核廃絶の理想を持ったレーガン大統領とゴルバチョフ書記長が、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはいけない」との共通の認識の下で締結した――が終焉を迎えることは、停滞が続く核軍備管理の行方に、さらに暗い影を投げかけた(未来)。
 条約の規定により、米露の脱退は通告から6カ月後の2019年8月2日に成立する。現状では、両国が脱退を撤回する可能性は低い。こうしたなか、核軍備管理の観点からは、「INF条約後」の新たな枠組み、なかでもこれへの中国の取り込みの必要性と可能性が重要な論点の一つとなっている。

「新INF条約」の難しさ
 トランプ政権がINF条約脱退の理由に挙げ、2017年の『国家安全保障戦略(NSS)』や2018年の『核態勢見直し(NPR)』でロシアと並び国際秩序の修正を企図する国と位置づけた中国は、米議会の米中経済安全保障調査委員会の報告書(2019年2月)によれば、保有する2,000発以上のミサイルのうち、95%がINF条約下で禁止対象のGBIR(このうち射程1000km以上のミサイルは400~600基程度)だとされる1。ほとんどは核・通常両用で、弾道ミサイルのDF-21(射程1,800km以上)は日本を、またDF-26(射程3,000km以上)はグアムを射程に収め、これらの派生型は対艦攻撃能力を持つとされる。中国のGBIRは、米国に対する接近阻止・領域拒否(A2AD)の根幹をなす兵器体系の一つであり、日本の安全保障に対する現実的な脅威でもある。
 米国は2018年10月にINF条約脱退の意図を表明した後、INF条約に替わる新たな枠組みを中露と構築すべく協議したいとの意向を示してきた。同年12月にはトランプ大統領も、ツイッターに「習近平と私がいつか、プーチンと一緒に、制御不能になっている軍拡競争を終了するための意味ある協議を開始するであろうと確信している」と書き込んだ。もちろん、軍備管理には概して積極的ではないトランプ政権が新たな枠組みの可能性をどこまで真剣に検討しているかは分からない。また、少なくとも、米国によるINF条約脱退と、これに続くであろうGBIR開発・取得が「新二重決定」2として、米中露による、あるいはグローバルなGBIRの削減・廃棄を規定する多国間条約の締結をもたらす可能性は低い。
 INF条約交渉の目的は明確で、米ソ二極構造の下、冷戦の主戦場であった欧州におけるINFの相互使用、さらにはそのエスカレーションとしての米ソ全面核戦争に至る可能性を低減・除去し、米ソ間の戦略的安定を維持することにあった。このことは、条約交渉過程で、欧州ではINFを全廃するものの、ソ連のSS-20のシベリア・極東配備を容認する可能性が浮上したことにも反映されている。日本は、これが日本の安全保障を脅かすとして懸念を強め、中曽根康弘首相がレーガン大統領に強く働きかけた結果、最終的に米ソによるINFの全廃が実現した。
 これに対して、現在のGBIRを巡る現状は複雑である。GBIR保有国が位置する地域は複数にわたり、その一部は複数の地域にまたがってGBIRの役割を重視または検討している。ロシアは、まずはNATOに対抗する能力として、INF条約に違反して9M729・地上発射巡航ミサイル(GLCM)を取得したが、将来的にはGBIRを中国、南アジアあるいは中東という自国周辺でのGBIR保有国に対応する潜在的な手段とみなしていよう。米国は、欧州および北東アジアの安全保障におけるGBIRの役割を検討している。中国は北東アジアのみならず、インドに対する抑止・対処能力としてGBIRを位置づけ、さらに国境を接するロシアとの将来の関係悪化に対するヘッジとも捉えていよう。インドのGBIRは、ライバル視する中国、ならびに領土紛争を抱えるパキスタンを射程に収めている。中東では、イスラエル、イランおよびサウジアラビアが地域の複雑なライバル関係のなかでGBIRを保有してきた。
 保有国が認識するGBIRの安全保障利益は多様で、これが保有(あるいは取得を検討)するGBIRの種類、数、あるいは射程距離の相違にも反映される。また、米露はGBIRの代替手段ともなり得る海洋/空中発射ミサイルを保有している。さらに、米国および同盟国は弾道ミサイル防衛(BMD)システムの配備を進め、中露などもこれを追走している。INF条約が定めた「射程500〜5,500kmの地上発射弾道・巡航ミサイルの禁止」は、冷戦期の米ソ戦略関係の文脈でのみ合意し得たのであり、いかなる能力を持つミサイルを制限・禁止するかという一点だけでも、関係国による受諾をもたらすのに十分な共通の目標・利益の収斂は容易には望み得ない。

中国の消極性と可能性
 核兵器不拡散条約(NPT)上の5核兵器国の中で唯一核兵器を削減していない中国は、「最大の核軍備」を保有する国々、すなわち米露が核兵器削減を先導すべきだと強調した上で、「条件が整えば」他の核兵器国は核軍縮に関する多国間の交渉に参加すべきだと主張してきた3。INF条約問題に関しても、中国外務省の耿爽・副報道局長は米露の脱退通告を受けて、「INF条約の多国間化は、政治、軍事、法律などの複雑な問題が関係し、多くの国が懸念を抱いている。中国は条約の多国間化に反対する」4と明言した。2019年2月のミュンヘン安全保障会議でも、メルケル独首相が中国にINF条約への参加を求めたのに対して、楊潔篪・国務委員は「中国はミサイル能力を厳格に防衛の必要性に従って開発しており、誰に対しても脅威を及ぼしていない。このため、INF条約の多国間化には反対する」と発言した5
 また、沈丁立(Shen Dingli)は、INF条約の多国間化に関する米国の提案に対して、中国などの中距離ミサイル開発が東アジアにおける米国にとっての挑戦であり、その強化を防止し、米国の地域覇権を維持したいという意図によるものだと批判する。そのうえで、「軍備管理の影響を受けない世界の最強国として、米国はいかなる種類の軍縮に合意するのか。中・長距離ミサイルの制限はなされるのか。米国や他国はそうした問題に関して交渉を開始する用意があるか。これらは、米国が速やかに答えるべき重要な問題である」6と主張した。「中国を新INF条約に参加させたいのであれば、中国が最も重視する兵器の放棄に見合うような、米国が取りうる変化について議論する必要があるが、米国からはそのような兆しはない」とも指摘されている7
 他方、赵通(Tong Zhao)は、米中の専門家は、安全保障認識におけるギャップからのリスクをいかに緩和するかについて、共通理解を構築する手段を見出す必要があるとし、さらに以下のように述べている。
米露二国間軍備管理に依存する時代は終わった。…中国は一線級の軍事力を持つ国となり、その急速に高まる戦力投射能力は国際的な圧力や抵抗に直面するであろう。中国は、長期的な安全保障利益の持続可能性をいかにして守るか、戦略的に考えるべき時であり、たんに軍事力を蓄積するよりも、協力的な軍備管理を追求する方がよいのではないか。国際規範・原則の形成を望む台頭国として、もはや他国の主導に追随することはできない8
 力に対する中国の自信の強まりは、より攻勢的な外交・安全保障政策の構築・実施や国際秩序の修正を企図する可能性を高め得る。他方で、かつては核戦力を含む軍事力で米国やロシアに対して劣勢を強いられ、だからこそ両国が主導し、その優劣を固定化しかねない核軍備管理への参加には極めて消極的だった中国が、軍事力の強化が進むにつれて、より自信を持って軍備管理に係る協議・交渉に臨めるという形で作用する可能性も皆無ではない。中国はGBIRの分野では、非常に優れた軍事力を持ち、INF条約後の世界で米国を凌駕するという長期的な可能性に比較的自信を持っているとも論じられており9、ここに中国による軍備管理への参加をもたらす鍵があるかもしれない。

脅威低減の軍備管理
 繰り返しになるが、現状ではGBIRに関する数的管理・削減の実現は望み難い。しかしながら、大国間/地政学的競争が強まるなか、その主たるアリーナの一つである北東アジアでは、先制使用の誘因を高めるとして危機時の安定性が懸念されるGBIRを中国、北朝鮮および韓国が保有・重視し、さらに米露がINF条約脱退後に配備を企図する可能性がある。GBIRだけでなく、海洋発射巡航ミサイル(SLCM)やBMDなども地域安全保障に密接に関係する。地域の安定性や安全保障にミサイル(やBMD)が及ぼすネガティブな影響をいかに緩和・抑制するかという問題は、中国にとっても重要な課題であろう。まずは、安全保障環境、ミサイルおよびBMDの必要性、これらが戦略的安定に及ぼし得るリスクなど、米中を中心に関係諸国が議論を開始することが考えられる。核・ミサイルに関する指揮統制システムへのサイバー攻撃への対応も、関係諸国が関心を持つ重要なテーマの一つに挙げられる。地域の戦略問題を包摂することで、中国に参加のインセンティブを与えることができる。
 そのうえで、地域の安全保障に直接的に関係するミサイルの保有数、射程距離、あるいは搭載する弾頭といった能力、それらの配備箇所、あるいは使用に係るドクトリンなどに関する透明性の向上は、相互の不信感や誤解の緩和に寄与するものとして追求されるべきである。その際に、関係諸国の能力の非対称性を踏まえ、双務的で同等だが、それぞれが必要な異なる施策を講じていく―たとえば中国はGBIR、日本はBMDに係る透明性措置をそれぞれ講じるなど―というアプローチも考えられよう10
さらには、そうしたミサイルの能力や数に関する上限設定や、配備箇所の制限といった措置を講じることが考えられよう。日本の安全保障という観点からは、中国に対して、核弾頭搭載用と通常弾頭搭載用の中距離ミサイルを明確に区分し、日本が射程に入る地域には少なくとも核弾頭搭載GBIRを配備しないよう求めることも考え得る。言うまでもなく北朝鮮非核化交渉では、長距離だけでなく中距離ミサイルの全廃が合意されるべきである。
 力の移行に伴う国際システムの変動は、NPTや米露軍備管理を含む既存の核軍備管理体制にも動揺をもたらしている。大国間/地政学的競争に関与する国々の非対称性や、保有する兵器体系の大きな相違を包摂した枠組みの構築という難題への解を見出すことが、核軍備管理体制の再構成に不可欠だが、これには相応の時間を要するであろう。その間、不安定な過渡期が続くことになる。「INF条約後」のGBIRおよび関連する兵器システムを巡る軍備管理は、核・ミサイル使用のリスクを低減するとともに、新しい主体、ならびにBMDやサイバーなど新しい技術を取り入れる必要性を考えれば、次世代の核軍備管理体制に向けたステップとなる可能性があり、だからこそ日本としても積極的に取り組むべき、重要な政策課題だと言える。
 



1 Jacob Stokes, “China’s Missile Program and U.S. Withdrawal from the Intermediate-Range Nuclear Forces (INF) Treaty,” Staff Research Report, U.S.-China Economic and Security Review Commission, February 4, 2018, p. 3, https://www.uscc.gov/sites/default/files/Research/China%20and%20INF_0.pdf.
2 北大西洋条約機構(NATO)は1979年に、SS-20・中距離弾道ミサイル(IRBM)を配備したソ連がINF条約交渉を受諾しなければ、米国も欧州にINFを配備するとの「NATOの二重決定」を行い、これに基づいて米国のパーシングII・IRBMおよび地上発射巡航ミサイル(GLCM)が欧州に配備された。これが、INF条約交渉開始をもたらす契機となった。
3 NPT/CONF.2020/PC.II/WP.32, April 19, 2018.
4 “Foreign Ministry Spokesperson Geng Shuang's Remarks on the US Suspending INF Treaty Obligations and Beginning Withdrawal Process,” Ministry of Foreign Affairs of China, February 2, 2019, https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/s2510_665401/2535_665405/t1635268.shtml.
5 Robert Emmott, “China rebuffs Germany's call for U.S. missile deal with Russia,” Reuters, February 17, 2019, https://www.reuters.com/article/us-germany-security-china/china-rebuffs-germanys-call-for-u-s-missile-deal-with-russia-idUSKCN1Q50NZ?il=0.
6 Shen Dingli, “What the post-INF Treaty world will be like,” China Daily, February 21, 2019, http://global.chinadaily.com.cn/a/201902/21/WS5c6dea76a3106c65c34ea76e.html.
7 Gregory Kulacki, “Don’t Scapegoat China for Killing the INF Treaty. Ask it to Join,” Union of Concerned Scientists, February 6, 2019, https://allthingsnuclear.org/gkulacki/dont-scapegoat-china-for-killing-the-inf-treaty-ask-it-to-join.
8 Tong Zhao, “Why China Is Worried About the End of the INF Treaty,” Carnegie Endowment for International Peace, November 7, 2018, https://carnegietsinghua.org/2018/11/07/why-china-is-worried-about-end-of-inf-treaty-pub-77669.
9 Tong Zhao, “An Inquiry into the NPT and Nuclear Disarmament,” Testimony, U.K. House of Lords, February 12, 2019, https://carnegietsinghua.org/2019/02/12/inquiry-into-npt-and-nuclear-disarmament-pub-78574.
10 Lewis A. Dunn, “Exploring the Role of U.S.-China Mutual and Cooperative Strategic Restraint,” Lewis A. Dunn, ed., Building toward a Stable and Cooperative Long-Term U.S.-China Strategic Relationship, Science Applications International Corporation, The Pacific Forum CSIS, and China Arms Control and Disarmament Association, December 2012, p. 75.

(2019-03-19)

▲ページの先頭へ
戻るトップページ