ホーム > 研究活動

コラム/レポート

戻るトップページ印刷/モバイル ページ

『China Report』Vol. 30
諸外国の対中認識の動向と国際秩序の趨勢⑨:
南シナ海と「一帯一路」の間で――ベトナムの対中認識と対応


 本報告は、日本国際問題研究所中国研究プロジェクト「諸外国の対中認識の動向と国際秩序の趨勢」の一環として、ベトナムの対中認識と対応を明らかにすることを目的としている。今回の報告では、ベトナムが対中関係において安全保障と経済のバランスをとる動きに注目し、特に2018年の動向を中心に考察する。その際、安全保障では南シナ海問題、経済では「一帯一路」構想をとりあげる。

安全保障課題への対応――南シナ海問題
 南シナ海問題に関して、2018年の特徴の1つは、東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国の間の緊張緩和であった。中ASEANの緊張緩和の背景には、南シナ海をめぐる米中対立の先鋭化がある。中国は、ASEANに対する融和姿勢、すなわち南シナ海問題の平和的解決というASEANの望む対応に寄り添う姿勢を見せることにより、ASEANからの反発を抑えようとした。中国は同時に、米国やその他同問題に関心を寄せる域外国に対し、南シナ海問題は係争国間のみで解決すべき、かつ解決可能な問題であり、米国をはじめとする域外国の関与は不要であるとの立場を強調するため、ASEANとの協調姿勢を深めた。
 中ASEANの緊張緩和は、行動規範(COC)の協議に大きく反映された。2017年8月の中ASEAN外相会議で、COCの枠組み合意が承認されたのに続き、翌2018年8月の中ASEAN外相会議では、COCの「ファースト・ドラフト」が承認された。また緊張緩和の一側面として、ASEANと中国による初めての共同演習も実施された。2018年8月、ASEANと中国は海難事故に関する机上演習をシンガポールで実施し、続いて10月には、机上演習の実践として、中ASEANの海軍による初の海洋共同演習が広東省湛江で実施された1
 ベトナムは近年、南シナ海問題への対処に際してASEAN全体の動きへの同調を重視している。その背景には、ロドリゴ・ドゥテルテ(Rodrigo Duterte)政権のフィリピンが南シナ海政策を大きく転換したことがある。前ベニグノ・アキノ(Benigno Aquino)政権の対中対立政策を180度転換し、ドゥテルテ大統領は中国との対話姿勢を明確にし、南シナ海問題を棚上げして経済協力を強化しようとしている。その結果ASEANのなかで、ベトナムが図らずも唯一の南シナ海「積極派」(対中批判派)として残ることとなった。よってベトナムはASEANのなかで「悪目立ち」しないよう、より慎重な態度をとるようになった。ベトナムは、中ASEAN海洋共同演習にゲパルト型フリゲート艦「チャン・フン・ダオ」を派遣し、演習に積極的な姿勢を示した2。ただCOC協議についてベトナムは、自らに不利益をもたらしかねない条項が、特に中国の提案によって入ることのないよう大きな注意を払っている3
 域外各国との2国間安全保障協力についてベトナムは、2018年も全方位型のアプローチを継続し、新たなパートナーの開拓にも積極的であった。米国との安全保障協力では、新段階の協力として空母「カール・ビンソン」のダナン寄港(2018年3月)があった。従来、米空母はダナンやホーチミンの沖合に停泊し、そこにベトナムの軍関係者が訪問し、交流行事を行う方式を続けてきた。そのため、今回空母がダナンに「寄港」したことは、ベトナムがより深く米国の軍事プレゼンスを受け入れることを示す象徴的な事例であり、両国の安全保障協力がもう一歩進んだことを示した。
 日本との海洋安全保障協力に関しては、2018年にはゴ・スアン・リック(Ngo Xuan Lich)国防相やチャン・ダイ・クアン(Tran Dai Quang)国家主席が訪日し、両国は協力のさらなる推進を確認した。また同年9月、「くろしお」が海自の潜水艦として初めてカムラン湾に寄港した。長年の友好国であるインドとの関係では、クアン国家主席の訪印やニルマラ・シタラマン(Nirmala Sitharaman)国防相の訪越など、活発な要人往来があった。ベトナムにとってのもう1つの伝統的友好国であるロシアとは、2018年1月にセルゲイ・ショイグ(Sergei Shoigu)国防相が訪越し、4月にはリック国防相が訪ロするなど、高官交流が活発に行われた。また5月には、ロシアの国営石油企業ロスネフチが、南シナ海で石油の採掘に着手したと報じられた4
 ベトナムは新たなパートナー開拓にも余念がない。2018年、ベトナムとオーストラリアの関係は新段階に入った。同年3月、グエン・スアン・フック(Nguyen Xuan Phuc)首相が豪ASEAN特別首脳会議に出席のためキャンベラを訪問した際、ベトナムとオーストラリアの両首脳は、両国が互いの関係を「高次の包括的パートナーシップ」から「戦略的パートナーシップ」にレベルアップすることで合意した5

経済協力への対応――「一帯一路」構想への慎重な関与
 ベトナムも他のASEAN諸国同様、インフラ建設の推進のため多額の資金を必要としている。2015年12月に中国主導でアジアインフラ投資銀行(AIIB)が設立された際、ベトナムは設立当初より加盟国となった。「一帯一路」構想に対するベトナムの対応を明言したものは、2017年11月、習近平国家主席とグエン・フー・チョン(Nguyen Phu Trong)共産党書記長の会談の際に発表された共同宣言であった。同宣言でベトナムは、「一帯一路」構想を明確に支持し、同時に「一帯一路」と、2国間の連結性強化構想である「2つの回廊と一帯」を連結させることで中国と合意した6
 中国の巨大な経済とつながることは、一般論として、ベトナムの経済発展に資するであろう。しかし、ここにはベトナムにとって深刻なジレンマがある。中国南部の都市とベトナムの首都ハノイを結ぶ交通インフラを整備することは、経済面では両国間の協力、特に貿易を推進し、地域一帯の経済活動が活発化する大いなる可能性を秘めている。しかし安全保障の観点からは、中国との関係がもし悪化した場合、首都の安全保障面での脆弱性が高まることにつながる。よしんば中国と深刻な安全保障の対立を回避できても、中国南部の都市からベトナムの首都へのアクセスが容易になることは、対中抑止面でベトナムのレバレッジを低下させるおそれがある。ベトナムは歴史の教訓もあり、中国と全面的に対立する事態を全力で回避しようとするだろうが、南シナ海問題の深刻化の可能性と、それによる両国関係の悪化の可能性は完全には払しょくできない。
 また中国への過度の依存を回避することは、ベトナムにとって経済的にも重要な意味を持つ。2国間貿易に関し、現在ベトナムは中国に対し圧倒的に入超であり、貿易赤字は深刻な問題である。この意味で両国間の貿易の活発化は、必ずしもベトナムの経済発展にとって歓迎すべき事態になるとは限らない。
 南シナ海に代表される安全保障課題と、経済協力のバランスをどうとるかは、ベトナムを含むASEAN諸国にとって積年の課題である。ベトナムは、インフラ整備に関する旺盛な資金需要に関し、中国への依存度を高めることを回避し、日本その他の国々からの支援とのバランスをとろうとしている。ここには、中国との間に南シナ海の領有権問題をはじめとする安全保障課題があるため、中国に対する政治的・外交的レバレッジを確保しようとする目的がある7
 またベトナムには特有のナショナリズム(反中感情)の管理という難題がある。この問題は、経済特区をめぐる混乱として2018年に表面化した。2018年6月、国会で審議中だった経済特区法案をめぐり、問題が発生した。同法案には、特区の土地を最長99年貸出可能とする条文があり、これが「中国(企業)にベトナムの土地を乗っ取られる」との憶測を呼び、国会内で激しい反対に直面したほか、ベトナム各地で反経済特区法・反中デモを引き起こした。国会内外での激しい反発に直面した政府は、法案を当座取り下げ、国会も法案審議の停止を決議した。フック首相は、今後再度法案を提出する場合でも、99年という超長期の貸出に関する条文を削除すると述べ、事態の沈静化を図ろうとした8
 法案には、中国に対する特段の言及はなかった。しかし「99年の貸出」は、スリランカのハンバントタ港をめぐる問題を想起させることからも、南シナ海で中国の海洋進出に直面するベトナムの人々の反中感情と領土主権をめぐるナショナリズムを刺激したと考えられる。経済特区法案をめぐる問題により、経済と安全保障のバランスをめぐる対中関係の管理に関し、ベトナム政治指導部は中国との国家間関係のみならず、「内側からの」人々の反中を中軸とするナショナリズムの管理という難題を抱えていることが明らかとなった。

 ベトナムは他のASEAN諸国同様、対中関係において安全保障と経済のバランスをとろうとしているが、安全保障(南シナ海問題)を他の国々より重視している。2018年の動きとしては、南シナ海問題に関して中国が、ASEANとの協調姿勢を前より明確にしたことにより、ベトナムも同問題をASEANの枠組みで取り組むことに集中した。その一方でベトナムは、米国や日本をはじめとする主要域外国との安全保障協力を、慎重ながらも着実に深めた。またベトナムは「一帯一路」構想を支持しているものの、中国のインフラ建設支援の受け入れについては、他のASEAN諸国より慎重姿勢を見せた。

(本稿の見解は筆者個人のものであり、所属組織の公式見解ではない)




1 MINDEF, “ASEAN and China Successfully Conclude ASEAN-China Maritime Exercise,” October 27, 2018
<https://www.mindef.gov.sg/web/portal/mindef/news-and-events/latest-releases/article-detail/2018/october/27oct18_nr>, accessed on January 14, 2018.
2Việt Nam muốn ‘nâng cao năng lực’ khi diễn tập chung với Trung Quốc và ASEAN,” Vnexpress, ngày 25-10-2018
<https://vnexpress.net/the-gioi/viet-nam-muon-nang-cao-nang-luc-khi-dien-tap-chung-voi-trung-quoc-va-asean-3829371.html>, accessed on January 14, 2018.
3 Le Hong Hiep, “How to Read Hanoi’s Position on the South China Sea COC?” Commentaries of ISEAS Yusof Ishak Institute, January 3, 2019
<https://www.iseas.edu.sg/medias/commentaries/item/8797-how-to-read-hanois-position-on-the-south-china-sea-coc-by-le-hong-hiep>, accessed on January 14, 2018.
4 James Pearson, “Exclusive: As Rosneft’s Vietnam unit drills in disputed area of South China Sea, Beijing issues warning,” Reuters, May 17, 2018.
5 Department of Foreign Affairs and Trade, Australian Government, “Joint Statement on the Establishment of a Strategic Partnership between Australia and Viet Nam,” March 15, 2018
<https://dfat.gov.au/geo/vietnam/Pages/joint-statement-on-the-establishment-of-a-strategic-partnership-between-australia-and-viet-nam.aspx>, accessed on January 14, 2018.
6Tuyên bố chung Việt Nam – Trung Quốc,” Nhân dân, ngày 14-11-2017.
7 Le Hong Hiep, “The Belt and Road Initiative in Vietnam: Challenges and Prospects,” Perspective (Singapore: ISEAS Yusof Ishak Institute, Singapore) March 29, 2018, pp. 4-5.
8 8-6-2018
<https://www.voatiengviet.com/a/luat-dac-khu-99-nam-van-don/4430208.html>, accessed on January 17, 2018.

(2019-03-20)

▲ページの先頭へ
戻るトップページ