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コラム

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『China Report』Vol. 32
中国新指導部の“プロファイリング”⑦:
張又侠 紅二代将軍


李昊 (日本国際問題研究所 若手客員研究員)


 2017年10月、中国共産党第19回全国代表大会(通称:党大会)と第一回中央委員会全体会議(通称:一中全会)が開かれ、今後5年間の中国を治める新しい指導部が発足した。本シリーズでは、新しい指導部の注目すべき人物について、①経歴、②人脈、③政策、思想的傾向、④今後の展望の四つの視点からプロファイリングを行い、紹介している。今回は新政治局委員の張又侠(ちょうようきょう)を取り上げる。

経歴1
 張又侠は1968年、18歳の時に軍に入隊し、それ以来一貫して軍人として活動してきた。入隊から1994年まで、雲南省の昆明市に拠点を置く陸軍第14軍(1985年に第14集団軍に改編)40師に所属し、1990年から1994年までは師長を務めている2
 この間の張又侠の経歴として特筆すべきは、1979年及び1984年のベトナムとの軍事衝突において実戦経験を持つということである3。特に団長として前線での戦闘を指揮した功績によって、張又侠は33歳の若さで副師長に抜擢された4。張又侠は、許其亮(中央軍事委員会副主席)、李作成(中央軍事委員会聯合参謀部参謀長)と並んで、今期の中央軍事委員の中で実戦経験を持つ高級幹部として知られる5
 張又侠は1994年に昆明を離れて、重慶に拠点を置く第13集団軍の副軍長(1994〜2000)、軍長(2000〜2005)を経て、北京軍区副司令員(2005〜2007)、瀋陽軍区司令員(2007〜2012)と昇進を重ねた6。2011年7月に現在の制度での最高位にあたる上将階級に昇進した。2012年の党大会直前に総装備部長に就任し7、習近平が総書記に選出された党大会後の一中全会で中央軍事委員となった8。習近平が進めた一連の軍改革の中で、総装備部は中央軍事委員会装備発展部に改組され、張又侠は引き続き部長を務めた。そして、2017年の党大会後の一中全会で党中央軍事委員会副主席及び政治局委員に昇格した9
 張又侠の経歴について、他に言及すべき点としては、有人宇宙飛行計画の総指揮を務めたことがある。この役職は、慣例として総装備部長が務めることになっており、張又侠は2012年秋に総装備部長に就任した後、神舟10号(2013年)と神舟11号(2016年)の打ち上げを指揮している10。張又侠の中央軍事委員会副主席就任後、現在誰がこの役職を務めているかは明らかにされていない。
 学歴について、張又侠は18歳で軍に入隊したため、正規の大学教育を受けていない。1984年から1986年に軍事学院基本系11、1996年から1997年に国防大学合同戦役指揮班で軍事の専門教育を受けている。

人脈
 張又侠の人脈について特筆すべきは、張宗遜を父親に持つという点である12。張宗遜は人民共和国建国以前より軍で活躍した人物であり、1955年の建国後初の軍階級授与の際、元帥、大将に次ぐ上将階級を与えられた13。張宗遜は1973年から1978年まで総後勤部長を務めていたが、当時総装備部はまだ設立されておらず、軍の装備部門は総後勤部の業務に含まれていた。張親子は二代揃って上将となり14、同じ業務に携わったことになる15。張又侠は典型的な「紅二代」である16
 さらに、注目に値するのは、習近平の父親である習仲勲と張又侠の父親である張宗遜が親密な関係にあったということである。習仲勲と張宗遜は共に陝西省出身の同郷であり、また、抗日戦争後の第二次国共内戦期に彭徳懐が指揮する西北野戦軍(後の第一野戦軍)でそれぞれ副政治委員、副司令員を務め、戦友でもあった17。この親同士の友情が息子たちに受け継がれている可能性は高い。中国エリート政治の専門家である李成は、このような背景から張又侠を習近平の「陝西閥」の一員に分類している18。習近平と張又侠の個人的親密さを直接示す材料は今の所あまり見当たらないが19、軍の高級幹部として張又侠は習近平に忠誠を誓う発言を繰り返しており、協力的な関係にあることは明らかである20。主要メディアも、張又侠は習近平と親しいという見方で一致している21
 なお、張又侠は胡錦濤政権期の2011年に上将に昇進しているが、近年、軍の各部門や大軍区(現在は戦区)の責任者は就任後数年のうちに上将になるのが慣例となっており、このことを以って胡錦濤に抜擢されたとは言えない。張又侠は概ね順調に軍内で昇進を続けてきたが、それは「紅二代」として存在感があったからなのか、それとも誰かが後ろ盾となったのかはわからない。他の幹部との関係については、判断材料が乏しく、論じることは困難である22

政策、思想的傾向
 二度にわたるベトナムとの紛争での実戦経験は、将軍としての張又侠に大きな影響を与えたと言える。2009年、『人民日報』のインタビューに対して、瀋陽軍区司令員だった張又侠は「我が軍は長年平和な時代を過ごし、実戦を経験していないが、世界では戦争が止むことなく起きている。この点において、我が軍と他軍の差は毎日拡大している」、「訓練を指導する者は、半世紀前に中国の運命を変えた大規模な戦争を経験しておらず、現代のハイテク局地戦争や非対称的対テロ戦争も経験していない」などと危機感を表明し、実戦的な訓練を行う必要があると力説した23。このような姿勢は、軍の近代化を進め、「戦争に勝てる」軍の建設を目指す習近平と一致し、新指導部における軍の指導者としては習近平の意に適う人選である。
 他の問題についての張又侠の考え方を知ることができる材料は多くない。党機関誌の『求是』に署名記事が幾つか掲載されているものの、殆どが瀋陽軍区司令員時代に政治委員と連名で瀋陽軍区の活動を紹介する記事であり、重要ではない24

今後の展望
 2017年の党大会後に中央軍事委員会副主席に就任して以来、張又侠はさほど目立った活動をしていない。『人民日報』での言及は、外国の軍高官との会談や、軍の会議への出席を報じるものが多い。会議における発言は多くが「習近平強軍思想」、「反腐敗闘争」、「厳格な党ガバナンス」を強調し、習近平への忠誠を表明している。
 一点言及に値するのは、張又侠が軍内の巡視業務をもう一人の中央軍事委員会副主席の許其亮より引き継いだことである。かつて王岐山が巡視業務を通じて反腐敗闘争を進めたことが知られているが、巡視業務は腐敗摘発に限らず、組織内の規律維持のための広汎な監視業務を含む25。張又侠の指揮の下、軍の巡視業務では「中央軍事委員会主席責任制」の貫徹がテーマとなり、2018年の3月末に6つの巡視組を送り出した26。このように、今期の指導部において、張又侠は習近平を支え、軍内におけるその指導力を高めていくことに努めるだろう。
 張又侠は1950年生まれであり、年齢的に2022年に開催される予定の次回の党大会で引退するものと思われる。
 


 
1 張又侠の公式経歴については、新華社のウェブページを参照(URL: http://www.xinhuanet.com/politics/2018lh/2018-03/18/c_1122555141.htm 2019年2月8日閲覧)。
2 中国人民解放軍の陸軍の組織編成は、長らく大軍区、軍、師、旅、団、営、連、排、班という序列となっていた。1980年台半ばの鄧小平による軍事改革で、軍は集団軍に改組され、2015年以後の習近平による軍改革で大軍区は廃止され、五つの戦区に再編されている。なお、張又侠入隊時に第14軍が属するのは昆明軍区だったが、1985年の軍改革で昆明軍区が撤廃され、成都軍区に属するようになった。
3 中越国境紛争で活躍した若い指揮官として紹介された記事で、張又侠の名前が初めて『人民日報』に登場した。劉南昌「老山者陰山戦闘英雄模範和全軍基層幹部標兵代表到京参加“八一”紀念活動」『人民日報』1984年7月30日。
4 「経過老山者陰山戦闘考験一批中青年幹部被提抜重用」『人民日報』1984年10月17日。副師長の官位は「庁局級副職」のレベルにあたり、行政機関で言えば、例えば省の公安局副局長、国務院の外交部アジア司の副司長と同等である。
5 「小資料:当年前線参戦 今掌軍中要職」『明報』2014年2月18日。于沢遠「十九大前後解放軍高層将有人事変動」『聯合早報』2017年8月29日(https://www.zaobao.com.sg/realtime/china/story20170829-791091 2019年2月8日閲覧)、西村大輔「中国軍中枢3人失脚か 当局取り調べ 軍が反発も」『朝日新聞』2017年9月2日。許其亮と李作成の実戦経験もベトナムとの軍事衝突においてである。
6 軍長は行政機構の「省部級正職」にあたり、官位上は各地方の指導者(党委員会書記及び省長)、中央部門の責任者(部長及び主任)と同級である。ただし、軍長レベルでは中央委員に選出されず、事実上の地位にはかなり差がある。大軍区の司令員も官位としては「省部級正職」であるが、原則として中央委員となる。張又侠も瀋陽軍区司令員となった2007年に中央委員に選出されている。
7 前任者の常万全は国務委員兼国防部長に転任した。
8 2004年に胡錦濤が中央軍事委員会主席に就任して以降、第一期習近平政権まで、中央軍事委員会は概ね11名ないし12名で構成された。主席1名、副主席(制服組)2名、国務院国防部長1名(2004年から2007年は副主席兼任)、四総部のトップ(総参謀部総参謀長、総政治部主任、総後勤部長、総装備部長)計4名、陸軍を除く各軍種司令員(空軍、海軍、第二砲兵)計3名が基本的な構成であった。そこに加え、2010年から2012年までの間、習近平が文民の副主席として12人目の委員となっていた。通常、中央軍事委員会は党大会後の一中全会で代替わりするが、2012年11月8日に開幕する第18回党大会の直前、11月1日から4日に開催された第17期七中全会において、范長龍と許其亮が前倒しで中央軍事委員会副主席に選出され、この七中全会から党大会を挟んで次の一中全会までの間は、郭伯雄、徐才厚、習近平、范長龍、許其亮と5人の副主席が居並ぶ例外的な状況が発生した。このようなプロセスとなった理由は明らかになっていない。
9 第19期中央軍事委員会は現在、主席1名、副主席(制服組)2名、国務院国防部長、中央軍事委員会聯合参謀部参謀長、中央軍事委員会政治工作部主任、中央軍事委員会規律検査委員会書記の7名から構成されている。旧四総部のうち兵站を司る後勤部門と装備部門及び各軍種司令員は委員から外され、代わりに規律検査部門トップが委員に昇格した。
10 霍小光、呉晶晶「神舟十号載人飛船発射成功」『人民日報』2013年6月12日、「神舟十一号載人飛船発射成功」『人民日報』2016年10月18日。
11 軍事学院は現在の国防大学の前身組織の一つである。「系」は日本語では学部にあたる。基本系では、部隊の指揮や参謀などを学ぶ。
12 張宗遜については、「張宗遜」人民網党史百科(http://dangshi.people.com.cn/GB/165617/165618/166491/167907/9974939.html 2019年2月12日閲覧)参照。
13 この時、元帥と大将の階級はそれぞれ十人に授与された。その後、軍階級は1965年に一度廃止されたが、1988年に再度導入された際、元帥と大将は廃止された。
14 親子二代で上将となったのは、他に張震(元中央軍事委員会副主席)、張海陽(元第二砲兵政治委員)親子がある。
15 戴光「四総部新首長、来自野戦部隊」『環球人物』2012年第29期、28頁。
16 「紅二代」は共産党政権を樹立した革命家たちの子弟らのことを指す言葉である。一般的に「太子党」という似た意味を持つ言葉も用いられるが、当人たちは特権階級的な語感を持つ「太子党」よりも革命家の血を受け継ぐ者という意味合いの強い「紅二代」を好むとされる。
17 袁武振、梁月蘭「習仲勲対解放戦争的重要貢献」『党的文献』2016年第5期、79-86頁。張宗遜と習仲勲は抗日戦争末期の1945年7月から8月にかけて国民党との間で発生した軍事衝突の際に組織された部隊で、それぞれ司令員と政治委員を務めている。湯家玉「習仲勲與爺台山反撃戦」『党史博覧』2018年第1期、20-24頁。
18 Cheng Li, Chinese Politics in the Xi Jinping Era: Reassessing Collective Leadership, Washington, D. C.: Brookings Institute Press, 2016, p. 317.
19 ロイターの記事によると、習近平は2012年に張又侠を中央軍事委員会副主席に抜擢しようとしたが、江沢民と胡錦濤に拒否されたという。Benjamin Kang Lim, Ben Blanchard, “Failure to end China's labor camps shows limits of Xi's power,” Reuters, 7 November 2013 (https://www.reuters.com/article/us-china-politics-xi-insight/insight-failure-to-end-chinas-labor-camps-shows-limits-of-xis-power-idUSBRE9A514U20131106 2019年2月12日閲覧). 『明報』は2014年の記事で、ウェブ上の噂として、2017年で張又侠が定年となることに悩んでいた習近平に対して、姉の斉橋橋が張又侠を昇進させて定年を5年伸ばせば良いとアドバイスしたというエピソードを紹介している。「張又侠料昇軍委副主席 紅二代獲習賞識 劉源機会微」『明報』2014年10月20日。二つのエピソードはいずれも習近平の張又侠に対する親密さを示しているが、信憑性は不明である。
20 例えば、2014年に党機関誌の『求是』に寄せた文章において、張又侠は約30回も「習主席」に言及し、習近平を讚え、習近平の執政理念と指示に従うべきだと論じた。張又侠「践行宗旨勇於担当 深入学習領会習近平同志的執政理念」中国共産党新聞網、2014年5月1日(http://theory.people.com.cn/n/2014/0501/c83846-24964519.html 『求是』第9期より転載、2019年2月13日閲覧)。竹内誠一郎「習氏 基盤固め着々」『読売新聞』2014年5月15日。なお、「習主席」という呼称は、中央軍事委員会主席の役職を反映したものであり、国内では軍関係者によって用いられる。
21 日本経済新聞社編『習近平の支配』東京、日本経済新聞出版社、2017、9、158-160頁、西村大輔「習氏、軍中枢権力固め 旧南京軍区関係、4人」『朝日新聞』2017年10月8日、「習氏『1強』君臨 新指導部発足 自派固め『圧倒的』決定権」『読売新聞』2017年10月26日、Minnie Chan, “General Zhang Youxia: Xi Jinping’s ‘Sworn Brother’ Now His Deputy on China’s Top Military Body,” South China Morning Post, 25 October 2017 (https://www.scmp.com/news/china/diplomacy-defence/article/2116936/general-zhang-youxia-xi-jinpings-sworn-brother-now-his 2019年2月12日閲覧)、「軍委班子誕生 魏鳳和料掌国防部」『明報』2018年3月19日。
22 ある記事は、薄熙来(元重慶市党委員会書記)が失脚直前に、父親の薄一波が創設に携わった第14集団軍を視察したことに言及して、第14集団軍に長年所属していた張又侠の党指導部への忠誠を疑う者がいると指摘したが、それは論理の飛躍と言わざるを得ない。薄一波の影響力がいつまで第14集団軍に残存していたかは不明であるし、薄熙来が雲南に近い重慶に赴任したのは2007年であり、その時、張又侠はすでに北京軍区に異動している(ただし、2000年から2005年まで、張又侠は重慶に拠点を置く第13集団軍の軍長であったことには留意すべきである)。張又侠と薄熙来の個人的な関係についての判断材料はないが、仮に「紅二代」同士ある程度交流があったとしても、それが政治的な紐帯として顕在化する前に薄熙来が失脚したため、今やさほど意味のない論点となった。Kathrin Hille, “China’s ‘Princeling’ Generals Hit by Bo Purge,” Financial Times, 8 May 2012 (https://www.ft.com/content/4a932e72-9298-11e1-9e0a-00144feab49a 2019年2月12日閲覧).
23 朱思維「新時代軍事訓練的新革命」『人民日報』2009年11月20日。
24 張又侠、黄献中「做学習実践科学発展観的好戦士好青年 向新一代青年士兵楷模向南林学習」『求是』2008年第11期、47-49頁、張又侠、褚益民「用生命践行当代革命軍人核心価値観的時代楷模 学習邰忠利同志先進事跡」『求是』2011年第6期、19-21頁、張又侠、褚益民「譲雷鋒精神永遠煥発時代光彩 学習雷鋒生前所在団先進事跡」『求是』2012年第6期、16-18頁。
25 巡視工作については、「中国共産党巡視工作条例」人民網、2017年7月17日(http://dangjian.people.com.cn/n1/2017/0717/c117092-29408671.html 2019年3月1日閲覧)、「中央軍委巡視工作条例」中華人民共和国国防部、2018年1月17日(http://www.mod.gov.cn/regulatory/2018-01/17/content_4802587.htm 2019年3月1日閲覧)を参照。
26 「張又侠:堅決貫徹中央軍委決策部署 扎実開展全面深入貫徹軍委主席負責制専項巡視」新華網、2018年3月29日(http://www.xinhuanet.com/politics/leaders/2018-03/29/c_1122610532.htm 2019年2月13日閲覧)、「張又侠:堅定不移把巡視工作向縦深推進 為強軍興軍提供堅強政治保証和有力紀律支撐」新華網、2018年5月25日(http://www.xinhuanet.com/politics/leaders/2018-05/25/c_1122889759.htm 2019年2月13日閲覧)、褚文「張又侠取代許其亮主導 中共軍隊巡視内容有変」多維新聞網、2018年4月2日(http://news.dwnews.com/china/news/2018-04-02/60049409.html 2019年2月13日閲覧)。軍の巡視業務関連会議には、張又侠のほか、政治工作部主任の苗華、規律検査委員会書記張昇民が出席している。新華社記事の記述及び前期指導部の構成から、おそらく今期の軍の巡視業務を司る中央軍事委員会巡視工作領導小組は、張又侠組長、苗華第一副組長、張昇民常務副組長の構成となっていると推測されるが、現時点で正式発表はない。前期指導部の同小組の構成については、「中央軍委巡視組完成第二次巡視」『解放軍報』2014年7月16日を参照。

(2019-03-20)

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