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コラム/レポート

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『Global Risk Research Report』No. 23
ジハード主義と十字軍・モンゴル軍


保坂 修司(日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究理事)


 現代のジハード主義系テロ組織・過激組織、たとえば、「イスラーム国(IS)」やアルカイダは、彼らの攻撃(テロ)を正当化するために、しばしば「十字軍」というロジックを持ち出してくる。十字軍とはもちろん、中世ヨーロッパのキリスト教諸国が、聖地エルサレムをイスラーム諸国から奪還するために派遣した遠征軍であるが、テロ組織は、その遥か昔の歴史的事実を引っ張り出して、欧米列強に蹂躙される近現代のイスラーム世界をめぐる状況を説明しようとしてきたのである。
 とくに1990年のイラク軍のクウェート侵攻(湾岸危機)とそのあとの湾岸戦争をきっかけに十字軍をめぐる言説が、ジハード主義者たちにとって重要な意味をもつようになった。もちろん、それ以前からイスラーム世界・ムスリム諸国を攻撃する欧米・イスラエルとの戦いで十字軍の語が用いられることはあったが、その語を前面に押し出し、戦いを宗教戦争へと昇華させるようになったのは湾岸危機・湾岸戦争であった。
 湾岸戦争は、本来、アラブ・イスラームの国であるイラクが同じアラブ・イスラームの国であるクウェートを占領したことからはじまっているので、十字軍戦争ではありえない。しかし、一部のイスラーム法学者が、この湾岸戦争に「キリスト教徒」主体の米軍が参入したことに注目、この戦いをムスリム対キリスト教徒の宗教戦争への読み替えてしまったのである。
 このとき米軍は、クウェート解放およびサウジアラビア防衛のためサウジアラビアの要請に応じるかたちでサウジアラビア国内に駐留をした。だが、オサーマ・ビン・ラーデンらは、この米軍がキリスト教徒であり、したがって十字軍にほかならない、そしてサウジアラビアにはマッカ・マディーナというイスラームの二大聖地が存在する、したがって、十字軍がイスラームの聖地を軍事占領しているというロジックを作りだしたのだ。実際には、米軍や多国籍軍のなかにはキリスト教徒だけでなく、ムスリムも含まれているし、米軍が駐留した東部州やイラク国境付近から聖地までは1000キロメートルも離れているのである。
 アルカイダは、この米軍=十字軍およびその同盟軍のサウジアラビア駐留を預言者の死以来、ムスリムに起きた最悪の侵略行為とみなし、ジハード主義のイデオローグであるアブダッラー・アッザームによる「防衛ジハード」の議論を持ち出し、サウジ駐留米軍に対する攻撃はジハードであり、すべてのムスリムの義務であると主張した。
 防衛ジハード論とは、異教徒がムスリムの地を攻撃・占領した場合、その異教徒と戦い、彼らを駆逐するのは全ムスリムの個人的義務(ファルド・アイン)であるとする考えかたで、1979年以降のソ連軍のアフガニスタン侵攻に際し、世界中からムスリムが義勇兵として集まったときに用いられたロジックである。
 また、2003年のイラク戦争後も、ジハード主義組織は、イラクを占領した米軍に対する攻撃は十字軍に対するジハードであると主張し、ソ連のアフガニスタン侵攻と同様、イラクで米軍と戦うことが全ムスリムの義務であると主張した。
 他方、イラク戦争後、ジハード主義組織などさまざまなスンナ派武装勢力は米軍のみならず、戦後できたシーア派主体の新政権もジハードの対象とみなした。しかし、シーア派もイスラームの少数派であり、同じムスリム同士の戦いはジハードにはならない。また、スンナ派のなかにも米軍等に協力するものも存在していた。したがって、ジハード主義組織は、こうしたシーア派やスンナ派の協力者たちを裏切りものと非難し、不信仰者認定する必要があった。そのとき利用されたロジックがモンゴル軍とのアナロジーである。
 1258年、モンゴル軍がバグダードを首都とするアッバース朝を滅亡させたとき、アッバース朝の宰相であったイブン・アルカミーがモンゴル軍を城内に入れる手引きをしたとされ、またモンゴル軍のなかにはナシーロッディーン・トゥーシーなど知識人たちが顧問としてかかわっていた。イブン・アルカミーもトゥーシーもシーア派であった。現代のジハード主義者たちは、モンゴル軍を米軍、イブン・アルカミーをイラク国内のシーア派、トゥーシーを米軍に情報提供などを行っていたシーア派亡命イラク人たちになぞらえ、彼らをスンナ派に対する裏切りものと非難した。
 中東に入ったモンゴル軍はその後、イルハン朝時代にイスラーム化するが、13世紀の有名なイスラーム法学者イブン・タイミーヤが、イルハン朝はモンゴル固有の法律を優先しており、総体的にみれば、不信仰者で、ジハードの対象となるとのファトワーを出したことを受け、ジハード主義のイデオローグたちは、自分たちの意に沿わないムスリムたちに不信仰者のレッテルを張り、彼らとの戦いは異教徒に対するジハードであると正当化しようとした。
 とくにシーア派に関しては、歴史的にはイスラームの地でキリスト教徒や多神教徒の味方であり、ユダヤ人やキリスト教徒以上に危険であるとの議論を展開、彼らを攻撃することで、宗派戦争に引き込むことができれば、眠っているスンナ派を覚醒させられると主張した。そのため、たとえば、アルカイダのイラク支部は、米軍以上にシーア派が危険であり、シーア派のもたらす被害が破壊的だとしてスンナ派のあいだの反シーア派感情を煽り立てようとした。
 このアルカイダのイラク支部を母体とするISも、同様のロジックを利用したが、同時に十字軍との戦いでたとえ現在、不利な状況にあろうと、最終的にはムスリム勝利はアッラーによって約束されているという終末論的なイメージを喚起するようになった。ISのメディアであるダービクやアァマークはいずれもイスラームの終末論で言及されたキリスト教徒の軍とイスラーム軍の決戦の場であり、ISの報道官だったアドナーニーは2014年のスピーチで「イスラーム国の兵士たちよ、十字軍の最後の戦いに備えよ。まこと、アッラーのご加護で、これが最後の戦いとなろう。アッラーのお許しにより、そのために準備するがよい。十字軍は、新たな戦いのために戻ってきている」と述べている。
(2019年3月31日脱稿)

※本稿は、平成30年度外務省外交・安全保障調査研究事業報告書『反グローバリズム再考――国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究 グローバルリスク研究』(日本国際問題研究所、2019年)の要旨となります。詳しくは、報告書の本文をご参照下さい。

(2019-06-10)

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