日本国際問題研究所 | コラム

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『Global Risk Research Report』Vol.1
対イラン封じ込め連合の後景に追いやられたパレスチナ問題


貫井万里(日本国際問題研究所研究員)


はじめに
 2016年11月の米大統領選挙の結果、イランへの関与策を主導したオバマ政権から、イラン核合意に否定的なトランプ政権が誕生した。中東地域のパワー・バランスは、再び、伝統的な親米国に有利な状況へと変換した。反イランを軸にイスラエルとサウジが急接近したことにより、1967年に占領した土地をアラブ側に返還することと引き換えにイスラエルの平和を保障するという中東和平交渉の根本的前提が不必要となり、難民、入植地、エルサレム、国境画定を含むパレスチナ国家の独立に向けたパレスチナとイスラエルの間で解決すべき問題が後景に追いやられようとしている。本稿では、中東和平交渉実現の夢を語るトランプ大統領の思惑とイスラエルの姿勢、パレスチナ内部の問題を整理する。

1.アメリカの中東和平交渉への姿勢
(1)「究極のディール(the Ultimate Deal)」に挑むトランプ大統領
 ドナルド・トランプ大統領は、大統領選挙中から、2014年以来中断している中東和平交渉に強い関心を示し、「究極のディール」に挑戦し、解決すると豪語してきた。しかし、パレスチナ問題の複雑な歴史や交渉の経緯を充分に理解せずに出されたその発言――「エルサレムにアメリカ大使館を移転する」や「二国家解決案にはこだわらない」――は物議をかもしてきた。トランプ大統領は、国内外の反発を受け、エルサレムへの大使館移転は延期し、「イスラエルとパレスチナの人々が望む形で解決をする」と述べて軌道修正し、最側近の娘婿ジャレッド・クシュナーを中東和平問題特使に任命し、長年つきあいのある弁護士のジェイソン・グリーンブラットをその補佐官にした。
 前任者たちが果しえなかったディールに挑むトランプ氏の夢に立ちはだかるいくつかの障害がある。第1に国務省の高官人事が滞り、地域の情勢に精通した優秀な交渉チームが結成できないでいることにある。ジョージ・W・ブッシュ元米大統領の次席補佐官を務めたエリオット・エイブラムスは「少なくとも安全保障、法律、地理面で中東和平問題に精通している専門スタッフを交渉チームに加えないことにはプランが描けない」と語っている1。米政権に中東和平のゴールについての明確な青写真がなく、それを形成し、実行するスタッフに欠いていることが米政権の本気度を疑わせる結果になっている。
 第2に、入植地拡大を推進する政党を連立政権内に抱えるイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相にとって、中東和平を推進するモチベーションが低いという点も看過できない。2017年9月の国連総会期間中に、トランプ大統領はパレスチナ自治政府のマフムード・アッバース大統領とネタニヤフ首相と相次いで会談したが、「アッバースよりもネタニヤフが和平交渉で大きな障害」とグテーレス国連事務総長に漏らした発言がリークされている。
 第3にアメリカとイスラエルの優先度の相違が足並みを乱している。イスラエルはイランの脅威を中東和平より深刻視し、他方、アメリカは、イスラーム過激派のテロを正当化する根拠の一つになっているパレスチナ問題を解決に導くことで、スンナ派アラブ諸国からの対テロ戦への協力を引き出そうとしている。加えて、パレスチナとイスラエルの相互不信、和平への期待の減退、パレスチナの内部分裂が中東和平実現を阻害している。

(2)外側(Outside-in)から実現する中東和平案
 ここで俄かに浮上しているのが、チャールズ・クラウトハマーに代表されるネオコン系知識人によって主張されている「アウトサイド・インの中東和平案」である。それは、イスラエルとパレスチナの間の直接交渉が10年以上暗礁に乗り上げている事実を踏まえ、イスラエル・パレスチナの対立を解消してから、イスラエルとアラブ諸国の関係改善を図るインサイド・アウト(inside-out)アプローチよりも、まず、イスラエルとアラブ諸国の関係を改善させるアウトサイド・イン・アプローチの方が現実的という見解である2
 イスラエルのネタニヤフ首相に近いとされるクシュナーは、8月にもエジプト、ヨルダン、UAE、イスラエル、パレスチナ自治政府、カタール、サウジアラビアを訪問し、サウジアラビアの皇太子ムハンマド・ビン・サルマン(MBS)を含む各国首脳と中東和平やカタール断交問題について協議を重ねた。クシュナーとMBSは、中東和平促進を名目に、湾岸諸国におけるイスラエルの小規模ビジネスの許可やエル・アール航空のサウジへの直行便の就航など、イスラエルと湾岸諸国の通商樹立に関心を持っているとされる。
 アウトサイド・イン・アプローチの最大の問題点は、アラブ諸国との関係の正常化と引き換えにイスラエルに「アブドッラー・イニシアティブ」を受け入れさせるというアラブ側の思惑に対し、既にアラブ諸国との関係を大幅に改善しつつあるイスラエルが本気で入植活動を中止し、占領地を引渡し、パレスチナ国家の独立を支援するつもりがあるのか不明であるという点である。そのため、パレスチナ人の間では、アラブ諸国とイスラエルの関係が先に解決することよってパレスチナ問題が置き去りにされるとの焦燥感がある。

(3)中東諸国における対イスラエル及び対イラン認識世論調査
 アラブのリーダーたちにとって、民衆のる強い嫌悪感をコントロールしつつ、イスラエルと関係改善できるかという点も大きな課題である。2016年にゾグビー・リサーチ・サービスが実施した世論調査によれば、イラン以外の中東諸国では、全回答者がイスラエルへの嫌悪感を示している(100%「好ましくない」)3。他方、イランに対しては、サウジアラビアでは91%、エジプトで94%、トルコで90%、ヨルダンで82%、UAEで71%が「好ましくない」と回答しているのに対し、レバノンでは49%、イラクでは39%が「好ましい」と回答している。同報告書の興味深い点は、2006年時点では、エジプトで89%、サウジで85%、ヨルダンで75%、UAEで68%がイランを「好ましい」と回答していたが、年々、好感度が悪化し、2009年頃からその割合が逆転する現象が起きている。その背景には、アフマディーネジャード政権の強硬な外交政策に因るところが大きいと考えられるが、現実派のロウハーニー大統領が登場した2013年以降も対イラン好感度に改善が見られない。アラブ各国でのイランへの好感度落下の要因として、地域のパワー・バランスの変化や各国のメディア戦略など多角的に分析する必要があるだろう。

2. パレスチナの内政とアラブ各国の思惑
(1)エジプト仲介によるファタハとハマースの和解 
 2017年10月12日に、エジプトの仲介により、パレスチナの自治政府を掌握し、ヨルダン川西岸を統治するファタハと、ガザを実効支配してきたハマースの和解が10年ぶりに成立した。アッバース大統領が要求する条件の一つである軍事部門解除は、ハマース側には受け入れ難く、和解は長くは続かないとの見方もある。しかし、ハマースが行政委員会を解体し、境界検問所の管理を含む治安と行政の権限をパレスチナ自治政府に委譲し、公務員への給料の支払いが再開されたことにより、電気や医薬品などの物資不足に悩んできたガザの人道危機が一息つく見通しである。
 今回の仲介交渉になぜエジプトが名乗り出たのであろうか。スィースィー大統領は、シナイ半島で多発するテロ事件と「イスラーム国」の跳梁を抑えるために、アメリカの軍事援助を必要としている。しかし、2017年5月に発布されたエジプトのNGO取締法が人権侵害の恐れがあることを理由に、米国務省は約2億ドルの対エジプト軍事及び経済援助を凍結し、1億ドルを他国に振り替えることを発表した。加えて、2017年6月にカタールがサウジ等11か国と断交し、孤立したことにより、ハマースは最大の支援者を失い、さらには、経済封鎖の上に真夏の電力不足でガザの人々の不満が頂点に達していた。ハマースがファタハやイスラエル側に譲歩せざる得ない状況に追い込まれたタイミングを好機ととらえたエジプトは、存在意義をアメリカや国際社会にアピールすべく仲介交渉に乗り出した。エジプトはガザに新たに連立行政委員会を設置し、代表にファタハの元ガザ地区治安責任者であるムハンマド・ダハラーンを据えることを目指している。ガザにおけるカタールとイランの影響力の削減という点で、エジプトとサウジ、UAEの思惑は一致した形である。

(2)アッバース大統領の後継者レース
 2006年にハマースがパレスチナ立法評議会選挙で圧勝し、翌年6月にファタハとの武力衝突の末、ガザを実効支配した際、ダハラーンを含むファタハ関係者は、同地区から追い出されたが、2017年6月にエジプトの仲介でハマースとダハラーンの間で和解が成立した。1961年にガザの難民キャンプで生まれたダハラーンは、海外でパレスチナ闘争を展開した古参の活動家と異なり、地元に密着した第2世代の活動家の代表である。彼は2007年以降、議会を解散し、大統領任期終了後も留任し続けているアッバースへ痛烈な批判で知られ、湾岸諸国からの潤沢な資金や、ハマースを利用しつつ、民衆の間に浸透しようとしている。
 パレスチナで最も人気のある政治家は、現在、イスラエルで服役中のファタハの軍事部門アル・アクサー殉教者旅団を率いるマルワーン・バルグーティーである。しかし、終身刑を宣告されているバルグーティーの大統領就任は、イスラエル側が難色を示す可能性が高い。イスラエルは、パレスチナ自治政府の情報機関トップのマジード・ファラジュ将軍をアッバースの後継者として推しているとされるが、政治経験と支持基盤が脆弱である。実務家で、ファタハとPLO双方から受けの良い現首相のラミー・ハムダッラーの名前も候補の一人として名前が挙がっている。最有力候補のサーエブ・エラカートが肺の手術のために国外に出たため、アッバースの後継者レースは混戦の模様である。

(3)パレスチナの世論調査結果と自治政府内の硬直化
 中東和平交渉が進まない背景には、パレスチナ自治政府自体の汚職体質、ファタハとPLOの既得権益による政治の独占、アッバース大統領の権威主義化にも問題があると言われている。2017年9月にパレスチナ政策調査研究所(Palestinian Center for Policy and Survey Research :PSR)によってヨルダン川西岸とガザ地区で実施された世論調査によれば、64%のパレスチナ人がアッバースの退陣を希望し、77%が自治政府を腐敗しているとみなし、当局による言論弾圧を懸念する人が80%に上るという結果が出ている4。52%が和平交渉と二国家解決案を支持しているものの、57%の人が二国家解決案はもはや実現不可能と考え、トランプ主導の中東和平イニシアティブには、74%が悲観的な見方である。そして、イスラエルが占領地を返還する意志を持たず、将来的にはヨルダン川西岸まで併合するつもりであると考える人が58%であった。78%のパレスチナ人がイスラエルによって土地の接収や家屋の破壊、武力攻撃などの危害を加えられるかもしれないという不安を抱いていると回答した。77%がもはやアラブ諸国はパレスチナ問題よりも、それぞれの内政や対イラン封じ込め、テロ対策を優先していると考え、64%がイスラエルの占領が続いている現状でも、アラブ諸国は対イラン封じ込めのためにイスラエルと協力関係を築くと考えている。

おわりに―—草の根の民主主義を通した中東和平の実現
 対イラン封じ込め包囲網とセットの中東和平交渉案の問題点は、各国のプライオリティーとイランへの脅威認識の違い、民衆の間でのイスラエルへの嫌悪感が強いことがある。アメリカと中東の親米国は、中東全体が不安定化した現在の状況の原因をイランに帰し、同国を封じ込める中東新地域秩序を構築しようとしている。しかし、当然のことながら、混迷の全てがイランに起因する訳ではなく、直接の原因はアメリカのイラク侵攻にあり、また、アラブ諸国の汚職、統治機構の機能不全、雇用・経済・政治の機会の不平等を改善しないことには、再びアラブ諸国内部から不満が爆発する可能性がある。
日本は、互いに対立するサウジアラビア、イラン、イスラエル、トルコ、エジプトという中東の主要国いずれとも良好な関係を維持してきた。先鋭化する中東諸国間の覇権争いに直接関与することなく、中東和平や、イエメン、リビア、シリアでの内戦に対し、これまでと同様に人道支援や経済支援を通した紛争解決を支援していくべきである。さらには、地域の主要国が互いに話し合いで地域の問題を解決できるようなプラットフォーム形成に貢献できたら、日本の中東外交の新たな一頁を開くことになるだろう。
 中東和平に関しては、日本がパレスチナで長年実施してきた技術協力、廃棄物処理・管理事業、難民支援事業等を途切れることなく継続させることが肝要である。パレスチナ市民の間では、公共サービスに料金を支払うという意識が低く、国際協力機構(JICA)の支援を受けてジェリコでサービスを開始させた10年前には、ゴミ処理料金の支払いがわずか13%であった。しかし、現在は95%の回収率を誇り、事業の回転資金を海外からの支援に頼ることなく、自立して運営していけるほど成長したという。パレスチナ自治区では公共サービスに対価を支払い、自らの生活の質や自然環境の向上のために参加するという当事者意識が形成されてきているようである。こうした草の根の民主主義こそが、権威主義体制化しているとされるパレスチナ自治政府の風穴を開け、より良い未来のために市民が参加する政治につながっていくのではないかと期待する。



1 Gray, Rosie, “Trump Goes After 'the Ultimate Deal',” The Atlantic, 22 May 2017,
https://www.theatlantic.com/international/archive/2017/05/trump-israeli-palestinian-peace-process/527649/, accessed 3 October 2017.
2 Krauthammer, Charles, “Israel and Palestine are a sideshow to the real Middle East peace process,” Telegraph, 26 May 2017, http://www.telegraph.co.uk/news/2017/05/26/israel-palestine-sideshow-real-middle-east-peace-process/, accessed 3 October 2017.
3 Zogby Research Services, “Middle East 2016: Current Conditions & the Road Ahead (November 2016),” https://d3n8a8pro7vhmx.cloudfront.net/aai/pages/12021/attachments/original/1481751962/SBY2016_FINAL.pdf?1481751962, accessed 17 October 2017. ウリエル・ライヒマンによって設立されたイスラエルのヘルツェリア学際研究所(Interdisciplinary Center Herzliya)が2015年に行った世論調査では、サウジアラビア世論の脅威認識において、イラン(53%)がイスラエル(18%)を越えたという結果も報告されている。
4 Palestinian Center for Policy and Survey, “Public Opinion Poll No (65),” 19 September 2017, http://www.pcpsr.org/sites/default/files/Poll-65-English%20-Full%20Text%20desgine.pdf, accessed 17 October 2017.

(2017-11-14)

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