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『Global Risk Research Report』No.5
サウジアラビアの現体制の安定性に関する考察


近藤 重人(日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究員)



 2015年1月にサルマーン・ビン・アブドゥルアジーズ(Salman bin Abdulaziz)が国王に即位して以来、サウジアラビアの内政は急激な変化の中にある。変化の中心は彼の若い息子のムハンマド・ビン・サルマーン(Mohammed bin Salman)であり、2015年4月に副皇太子、2017年6月には皇太子に就任し、権力の階段を駆け上がった。
 ムハンマド・ビン・サルマーンが副皇太子に就任した時の彼の年齢は29歳であり、年長者が優遇されてきたサウジアラビアにおいては異例の人事であった。ムハンマド・ビン・サルマーンの副皇太子への任命について、アブドゥルアジーズ・ビン・アブドゥッラフマーン(Abdulaziz bin Abdulrahman)初代国王の子孫が委員を務める忠誠の誓い委員会は、34人中28人が賛成したが、水面下ではもっと多くの王子が反発していた可能性もある。また、2015年9月には英ガーディアン紙が、サウジアラビアの現体制を交代させるべきとする書簡がサウード家内で広まったと報道したが、その書簡の内容は実現可能性に乏しく、結局サウジ王政に影響を与えることはなかった。
 2017年6月にサルマーンは突然ムハンマド・ビン・サルマーンを皇太子に昇格させた。ムハンマド・ビン・サルマーンは経済・社会改革の面で国民の支持を獲得し、2017年5月のドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領のサウジアラビア訪問を経て米国の新政権と関係を構築した。そのため、サルマーンはムハンマド・ビン・サルマーンを皇太子に昇格させる環境が整ったと判断したのだろう。この皇太子任命について、忠誠の誓い委員会は34人中31人が支持を表明したが、依然として3人が反対した点にも留意する必要がある。
 サルマーンはムハンマド・ビン・サルマーンの皇太子就任が、王族内で事を荒立てることがないよう腐心した。たとえば、憲法に相当する統治基本法の第5条を改正し、ムハンマド・ビン・サルマーンが国王になっても、彼の兄弟や子を皇太子に任命できないようにした。ただし、これは再改正される可能性もある。また、ファイサル家、バンダル家といったいくつかの鍵となるサウード家内の家系の若い王子に新たな役職を与えた。
 サウジアラビアでは強制力をもった実力組織として、国軍、国家警備隊、警察が並立しており、それぞれを管轄する国防相、国家警備隊相、内相に大きな権力が集まっていた。サルマーンはもともとこのいずれにも関与していなかったが、兄のスルターンが死去した2011年に国防相を引き継ぎ、国防省を徐々に権力基盤にしていった。2015年1月にサルマーンが王位に就いてからはムハンマド・ビン・サルマーンが国防相を務めている。
 サルマーンは国軍以外の実力組織にも影響力を伸張し始め、2017年4月には王宮府の下に国家安全保障センターを設置し、治安問題に対する国王の関与を強化した。同年7月にサルマーンは、国王直轄の国家安全保障庁を設立し、それまで内務省が管轄していた特別治安部隊、特別緊急展開部隊、国家情報センターなどを管理下に置いた。ムハンマド・ビン・サルマーンは2017年11月に汚職の取り締まりを名目にムトイブ国家警備隊相を逮捕・解任し、サルマーン親子は国家警備隊も掌握することになった。他方、ムハンマド・ビン・サルマーン自身も、ヨット、絵画、邸宅の購入など、場合によっては他の王族から批判されかねないような金銭の使用が、一部外国メディアで報道されている。
 サルマーンが生前退位するという噂に関する報道はいくつも出てきたが、より重要なのはいつまでサルマーンが存命かということだろう。ムハンマド・ビン・サルマーンの権力の第一の源は父サルマーン国王の威光であり、それが消失した瞬間、サウード家内の政治が一時的に流動化する可能性も排除できないからである。ムハンマド・ビン・サルマーンが国王に即位した暁には、誰が皇太子になるかという問題も生じる。たとえば、弟のハーリド・ビン・サルマーン(Khalid bin Salman)駐米大使、そして将来的にはムハンマド・ビン・サルマーンの2人の息子などは有力な皇太子候補と言えるだろう。
 ムハンマド・ビン・サルマーンは現在サウジアラビアが進めている外交政策や経済・社会改革の責任者であり、それらの政策の成否が彼の今後の統治の安定性に直結する。たとえば、サウジアラビアは2015年3月から隣国イエメンの内戦に介入しているが、これが国防相であるムハンマド・ビン・サルマーンの名声にマイナスに働く可能性もある。介入から3年経過して軍事費もかさむ中、ムハンマド・ビン・サルマーンとしては「勝利宣言」を出してイエメンから撤退したいと考えているはずだが、イエメン情勢はまだそれが許されるほどサウジアラビアに有利には進展していない。
 2017年6月のカタルに対する断交では、国内でカタルとの関係修復を期待する声も見られた。たとえば、宗教指導者のサルマーン・オウダ(Salman al-Ouda)は、サウジアラビアとカタルの接近を歓迎するようなツイッターのツイートをしたが、彼はそのツイートのために逮捕されたとされている。このように、政府の外交政策に関して許される発言の範囲が狭まってきており、他の政策についても同様のことが言えるだろう。
 ムハンマド・ビン・サルマーンは経済・社会改革構想「ビジョン2030」を掲げ、概ね国民の支持を得ているが、課題も多い。2018年には国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)が予定され、その成否に注目が集まっている。ムハンマド・ビン・サルマーンはかねてよりサウジアラムコが上場した暁には、その企業価値が約2兆ドルと評価され得ると豪語しているが、実際に彼の期待する水準で評価されるかは未知数である。
 財政改革についても困難が予想される。サウジアラビアは「ビジョン2030」の下にある「国家変容計画(NTP)2020」において、公的部門の給与を2016年の4,800億サウジ・リヤル(約1,279億ドル)から2020年には4,560億サウジ・リヤル(約1,215億ドル)に圧縮することなどを目標に挙げた。しかし、たとえば2018年1月には付加価値税(VAT)の導入やガソリン料金・電気料金の上昇を実施した際、公務員に対して毎月1,000サウジ・リヤル(約267ドル)の給付を行う決定を下し、財政改革の効果を大きく減じてしまっている。
 社会改革について、女性の自動車運転の解禁や映画館の解禁といった政策が国民から広く支持を集めている。こうした動きはいずれもサウジアラビアの宗教層がかつて反対を表明したことのあった措置であったが、彼らは現在の政策に反対せず、むしろ概ね承認を与えている。それは多くの国民がこの社会改革を強く支持していること、そして宗教指導者たち自身がサウジ政府に雇われていることと深く関係しているだろう。
 ムハンマド・ビン・サルマーンのいまの立場はサルマーンの威光、実力組織の掌握、国民の支持によって支えられており、そのために彼に対する他の王族の強力な挑戦は今のところ顕在化していない。しかし、サルマーンの統治はいつか終焉するため、ムハンマド・ビン・サルマーンがそれまでにどれほど王族内でパワーベースを築くことができるかという点が重要である。また、ムハンマド・ビン・サルマーンは、女性の自動車運転解禁や、エンターテインメントの振興といった、国民から大きな支持を得られるカードを、あまりにも早いペースで切ってしまっているという気がしなくもない。彼が切れるカードにも限りがあり、今後は一過性のカードを切るというよりは、地道で着実な経済政策などの成果が求められるだろう。財政についても中長期的には不安が残り、ムハンマド・ビン・サルマーンは財政改革の必要性を、国民に納得させていく必要があるだろう。こうした諸点が、今後の彼の統治の安定性を測る上で鍵となってくる。



※本稿は、「第1章 サウジアラビアの現体制の安定性に関する考察」平成29年度外務省外交・安全保障調査研究事業報告書『反グローバリズム再考――国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究 グローバルリスク研究』(日本国際問題研究所、2018年)の要旨となります。詳しくは、報告書の本文をご参照下さい。

(2018-05-30)

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