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『Global Risk Research Report』No.9
「エルサレム問題とトランプ米政権」


立山 良司(防衛大学校名誉教授)



 トランプ(Donald Trump)米大統領は2017年12月、エルサレムをイスラエルの首都と認め、在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると演説した。さらに米国務省は2018年2月、イスラエル独立70周年に合わせ、大使館を同年5月にエルサレムに移転すると発表した。トランプ大統領がエルサレムの地位に関する米国の従来の政策を変更した背景には、白人福音派(エバンジェリカル)の支持を確実にするという国内向けの思惑があったと考えられる。

1.エルサレムの地位の変化と国連諸決議
 1947年11月、国連総会は決議181(Ⅱ)を採択した。「パレスチナ分割決議」として知られている同決議は、エルサレムとベツレヘムを含む周辺地域を「特別な国際レジームの下で、他の地域と切り離された地位(corpus separatum)」とすることを規定していた。しかし、1948年5月のイスラエル独立宣言に続く第1次中東戦争の結果、旧市街地を含む東側はヨルダンが、西側はイスラエルが支配する分断状況が出現し、国際管理構想の実現は不可能になった。さらにイスラエルは1949年12月、エルサレムを自国の首都と宣言し、ヨルダンは1950年に東エルサレムをヨルダン川西岸とともに自国領に併合した。
 エルサレムをめぐる状況は1967年6月の第三次中東戦争で再び大きく変わった。イスラエルは東エルサレム全域を占領下に置き、直後に東エルサレムに自国の法律や行政を適用した。これに対し国連総会は、エルサレムの地位を変更するイスラエルの措置を無効とする決議を採択した。
 しかし、イスラエルはエルサレム全域の統合を着々と進め、1980年7月には「統一されたエルサレム全域はイスラエルの首都である」と定めた「基本法:エルサレム、イスラエルの首都(Basic Law: Jerusalem, Capital of Israel)」 を制定・公布した。これに対し安保理は同年8月、決議478を採択した。同決議はエルサレムの性格や地位を一方的に変更するイスラエルの措置は、同基本法を含めすべて無効であることを確認するとともに、国連加盟国に対しエルサレムからの外交使節撤去を求めている。この結果、当時エルサレムに大使館を開設していた13か国すべてが同市から大使館を撤去した。

2.米国のエルサレム政策と国内政治
 米国は国連総会決議181 (Ⅱ)に賛成したように、当初はエルサレムの国際管理構想を支持した。さらにその後も「エルサレムの地位は一方的ではなく、すべての当事者の協議によって決定されなければならない」という立場を堅持し続けた。1993年に始まったイスラエル・パレスチナ和平交渉の仲介役を果たす上でも、この政策は米国にとって必要不可欠だった。
 その一方で1960年代後半以降、米国は対ソ戦略という冷戦の観点からイスラエル支持に急速に傾いていった。その結果、エルサレム問題に関する国連決議案採択で、米国の棄権か反対が増えた。また1970年代に入ると、米国内のユダヤ票の動向を重視する民主党が、選挙公約に「首都公認」と「大使館移転」を掲げるようになった。それでも「一方的地位変更は認めない」という政策は踏襲され、外交問題に発展することはなかった。
 しかし1990年代に入り、宗教的な信条に基づいてイスラエル支持を重視する白人福音派が共和党の重要な支持基盤になると、むしろ共和党の方がエルサレム問題を積極的に取り上げ始めた。1995年には同党議員の提案で「エルサレム大使館法(Jerusalem Embassy Act of 1995)」が成立した。同法はエルサレムをイスラエルの首都と認め、1999年5月31日までに米国大使館をエルサレムに開設するよう求めている。ただ同法は大使館移転を6か月間停止できるウェーバー権限を大統領に与えており、歴代政権は首都公認と大使館移転を実行してこなかった。また共和党は1996年以来、2012年を除き首都公認と大使館移転を選挙公約に掲げてきたが、選挙公約の実行はしなかった。

3.トランプ政権の狙い
 こうした経緯にも拘らずトランプ大統領は従来の政策を変更し、エルサレム問題に関する選挙公約を実行した。その最大の理由は、国内の政治動向が関係していたと思われる。イスラエルやエルサレム問題に関しては、米国内のユダヤ票の動向が注目されてきた。しかし、共和党は長年にわたり、ユダヤ票の支持をそれほど受けていない。トランプ大統領も2016年選挙で24パーセントのユダヤ票しか獲得していない。しかも全有権者に占めるユダヤ人有権者数は2~3パーセントに過ぎない。
 他方、白人福音派の共和党支持傾向は強く、2016年選挙でトランプ大統領は白人福音派の81パーセントの票を得ている。さらに白人福音派の全有権者に占める割合は2016年で26パーセントと推計されており、トランプ氏にとって非常に重要な票田である。加えて白人福音派は保守的で、不法入国者や中国からの安い輸入品が自分たちの仕事を奪い、有色移民が米国文化を破壊するとの危機意識を持っているといわれる。トランプ大統領はこうした白人福音派の支持をつなぎとめるために、エルサレム問題に関する選挙公約を実行することで「強い指導者」のイメージをアピールしたのであろう。
 
4.パレスチナ問題への影響
 トランプ大統領の決定に対し、パレスチナ側は激しく反発している。パレスチナ解放機構(Palestine Liberation Organization: PLO)のアッバース(Mahmoud Abbas)議長(パレスチナ自治政府大統領)は、「交渉を含む政治プロセスに関する米国のリーダーシップを認めない」と演説し、米国の仲介を拒否した。イスラエル独立70周年に合わせて大使館を移転するとの決定も、パレスチナ側の対米不信感をいっそう強めた。イスラエル独立記念日はパレスチナ側にとっては、難民になるなど自分たちの苦難が始まった日であり、彼らはこの日を「ナクバ(大破局)」と呼んでいるからだ。この結果、すでに頓挫状態にあるイスラエル・パレスチナ和平交渉が、近い将来に再開されて進展する可能性はほとんどなくなった。
 それ以上に、イスラエルとパレスチナ国家を共存させるという二国家解決案の基盤そのものが失われつつある。ユダヤ人入植者は現在、西岸で約40万人、東エルサレムで20万人を超えている。右傾化が続く中で、イスラエルのどの政権も入植者を撤去させるような決定はできない。また、双方の社会で和平への期待が薄らいでいる。2017年12月に行われた調査では、二国家解決案の実現を「もはや不可能」と見ている回答者の割合が、西岸とガザ地区のパレスチナ人では60パーセントもあり、イスラエルのユダヤ人の場合も46パーセントだった。
 アラブ世界でもパレスチナ問題への関心は減っており、サウジアラビアなどは水面下でイスラエルとの関係拡大に動いているようだ。しかし、アラブ諸国はパレスチナ問題で目に見える進展がない限り、イスラエルと公式の関係は持てない。中東和平問題の仲介者という役割は、中東における米国の影響力を担保する重要な要素の一つだった。だがトランプ政権は自らこの役割を放棄した。中・長期的に見れば中東における米国の影響力はさらに減退し、米国の中東からの退潮は加速されるだろう。


※本稿は、「第9章 エルサレム問題とトランプ米政権」平成29年度外務省外交・安全保障調査研究事業報告書『反グローバリズム再考――国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究 グローバルリスク研究』(日本国際問題研究所、2018年)の要旨となります。詳しくは、報告書の本文をご参照下さい。

(2018-06-15)

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