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『China Report』Vol. 27
中国新指導部の“プロファイリング”⑥:
丁薛祥 習近平の側近中の側近


李昊 (日本国際問題研究所 若手客員研究員)



 2017年10月、中国共産党第19回全国代表大会(通称:党大会)と第一回中央委員会全体会議(通称:一中全会)が開かれ、今後5年間の中国を治める新しい指導部が発足した。本シリーズでは、新しい指導部の注目すべき人物について、①経歴、②人脈、③政策、思想的傾向、④今後の展望の四つの視点からプロファイリングを行い、紹介している。
 前回までは新任の政治局常務委員5人を取り上げた。今後は政治局委員のうち注目人物を数人選んで紹介する1。今回は丁薛祥(ていせつしょう)を取り上げる。

経歴2
 丁薛祥はキャリアの大部分を上海で過ごした。その経歴は典型的なテクノクラートのそれである。1982年に黒龍江省チチハル市にあった東北重型機械学院を卒業した後、上海材料研究所に就職した3。1980年代、大学卒業生の就職先は「分配」と呼ばれる制度で国家によって決定されていた。東北重型機械学院と上海材料研究所はいずれも機械工業部の管轄下にあったため4、丁薛祥は機械工業部門で学び、同部門内の仕事に「分配」されたことになる。その後上海材料研究所で出世を重ね、1996年には所長(党委員会副書記兼任)となり、1999年まで同研究所に勤めた5
 丁薛祥は研究所でのキャリアを発展させて、1999年に上海市の科学技術委員会副主任に任じられ、晴れて上海市政府の幹部となった。2001年まで同職を務めた後は政治の道をさらに進み、閘北区の党委員会副書記、区長代理、区長を経て6、2004年に上海市党委員会の組織部副部長に昇進し、組織部門関連役職を複数兼任した7。その後秘書畑に移り8、2007年5月に上海市党委員会秘書長となり、同時に同市党委員会常務委員入りを果たした。直前の3月に習近平が市党委員会書記として着任しており、秋の党大会後に習近平が政治局常務委員として党中央に移るまで、丁薛祥は秘書長の任にあって側近として習近平を支えた。後任党委員会書記である兪正声に2012年5月まで仕え、市政法委員会書記を一年ほど務めた後9、丁薛祥は2013年5月に党中央弁公庁に移った10。なお、丁薛祥は2012年秋の第18回党大会において中央候補委員になっている。
 中央弁公庁において、丁薛祥は副主任の役職にあった。しかし、より注目すべきは、同じ時期、彼が習近平弁公室の主任の任に就いたことである。公式経歴には国家主席弁公室と記載されているが、実際には総書記弁公室主任を兼任していたことが中国国内のメディアからも明らかになっている11。丁薛祥は習近平の国内視察や外遊に必ず同行し、秘書としてその活動を支える側近中の側近である。2015年の馬英九との台湾海峡両岸首脳会談にも出席している12。ただ、新華社の公式報道には中央委員ですらない丁薛祥の名前は記載されないため、その存在はさほど目立たなかった。2015年に中央弁公庁の常務副主任(筆頭副主任)になり、2017年の党大会後の一中全会において、中央候補委員から中央委員を飛び越えて、政治局委員及び中央書記処書記に選出され、直後に中央弁公庁主任に就任した13。習近平弁公室主任の役職は、少なくとも2018年3月までは兼任しており、その役職を退任したという情報もない。習近平の国内視察や外遊への同行は変わりなく続いているが、政治局委員となったことで、公式報道での言及が飛躍的に増加し、存在感が増大した。総書記弁公室が正式に作られた江沢民政権以後、その主任が中央弁公庁主任を兼任したことはなく、ましてや政治局委員となったこともない14。その意味で、丁薛祥の役職分担は異例である。それは即ち、中央弁公庁および総書記弁公室の地位が高まっていることを表しており、政治局における習近平の影響力の拡大に繋がるものである。なお、中央弁公庁主任の前任者である栗戦書は中央国家安全委員会の弁公室主任を務めていたが、現在のところこの役職が丁薛祥に引き継がれたという公式発表はまだない15
 丁薛祥は上海材料研究所時代に上海市党校の中青年幹部養成課程に参加し(1993)、復旦大学管理学院行政管理専攻の社会人大学院学生(1989-1994)として学び、理学修士学位を取得している。このように在職のまま社会人コースで学位を取るのは、今日の多くの共産党幹部に共通するパターンである。

人脈
 丁薛祥が上海において習近平に仕えた期間は8ヶ月程度でしかないが、その際に習近平の信頼を勝ち取ったと思われる。今や習近平の側近中の側近であることは周知の事実であり、習近平人脈の中核的な人物の一人と言えよう。
 丁薛祥以外にも、習近平が上海市党委員会書記を務めていた時期の部下の多くがその後昇進しており、この上海人脈は習近平の勢力の重要な一部となっている16。特に鐘紹軍は、中央軍事委員会弁公室主任を務めており、丁薛祥と並ぶ習近平の側近中の側近である17
 丁薛祥自身は、江沢民に連なる上海人脈ともつながりを持っていることが、その経歴から示唆される。まず、丁薛祥は東北重型機械学院と上海材料研究所という機械工業部の管轄組織でキャリアを積んでいるが、その前身たる第一機械工業部は江沢民の出身母体である。また、上海は江沢民の権力基盤であり、丁薛祥が市党委員会常務委員に昇進した時の党委員会書記陳良宇は江沢民と関係が深いことで知られている。習近平の後任書記である兪正声も江沢民に近いが、丁薛祥は兪正声にも長く仕えた。現政治局常務委員の韓正とも市政府及び党委員会常務委員会で長い期間にわたって仕事を共にした。以上のように、丁薛祥は江沢民やその仲間と繋がりが深いことがわかる。
 なお、丁薛祥は1984年から1988年まで上海材料研究所の共産主義青年団(共青団)委員会書記を務めたが、それ以外に共青団関係の経歴はない。この経歴を以って丁薛祥を胡錦濤に近い「共青団派」とするのは適切ではないだろう。

政策、思想的傾向
 丁薛祥は地方中堅幹部の時代が長く、政策選好について語る機会が殆どなかった。そのため、彼の政策選好を知ることができる資料は少ない18。政治的な発言の殆どは2017年に政治局委員に昇進し、中央弁公庁主任に就任して以降のものである。それらの発言は、習近平という「核心」を擁護せよという一言に集約できる。
 中央弁公庁主任就任後の丁薛祥の発言をいくつか紹介する。2017年の11月に開かれた中央弁公庁の内部会議で、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を「第19回党大会の精神の『要』であり、『魂』である」と讃えた19。更に2018年1月の会議では、党の高級幹部の中には、党の権力を簒奪しようとした者たちがいると指摘し、政治建設を強化しなければならないと述べた20。2018年5月に中央弁公庁が開いた座談会では、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」の重要性を繰り返した上で、それを学ぶには行間にある総書記の「使命に対する思い」を感じるべきだと強調し21、具体的に「我が党の強盛」、「民族の復興」、「人民の幸福」、「万物の和諧」、「世界の大同」を図るという5点の「使命に対する思い」を列挙した。習近平に対する称賛は更に高まり、6月の会議では「習近平総書記の模範的な行動は、我々のために新時代共産党人の輝かしいモデルを樹立した」と讃え、その人となりを「甘入苦海」(困難に進んで身を投じる)、「夙夜在公」(常に公の為に尽くす)、「以身許党」(党のために身を捧げる)という三つのキーワードで整理した22。7月に開かれた中央と国家機関の党の政治建設推進会という会議において、丁薛祥は習近平の「中央と国家機関はまず政治機関であり、旗幟を鮮明にして政治にこだわらなければならない」という指示を伝達し、党中央とその核心たる習近平への支持を各部門に要求した23
 2018年7月は米中貿易摩擦が深刻化し、習近平の個人崇拝キャンペーンに対する反発が高まり、習近平の権威に動揺が生じているという噂が流れていた時期であった24。その中にあって、丁薛祥は栗戦書と歩調を合わせて、習近平の権威強化に努めた25。これらの事柄から、丁薛祥は習近平を全面的に支持し、その権力集中と権威の強化を推進していると言える。もちろん、総書記の側近である中央弁公庁主任という職務上の立場としてもそのように行動することが要求されるが、丁薛祥と習近平の個人的な関係の近さも重要な一因であることは言うまでもない。

今後の展望
 中央弁公庁主任の役職にあって、今後5年間は前任者の栗戦書と同様に、習近平の側近として日常の党運営を担い、国内視察や外遊に同行することが丁薛祥の主要任務となる。栗戦書との大きな違いは、総書記弁公室主任を兼任していると思われる点であるが、この役職を今後も保持するかは不明である。
 丁薛祥は1962年生まれで比較的若い。今期政治局委員のうち、1960年代生まれは25名中、丁薛祥、陳敏爾、胡春華の3名である。年齢で言えば、丁薛祥はいわゆる第六世代に属し、陳と胡と並んで次期政治局常務委員の有力候補である。現在の共産党の定年に関する不文律に従っても、次期党大会から2期10年間政治局常務委員を務めることができる。しかし、丁薛祥は地方トップの経験を持っておらず、中央でも中央弁公庁以外の党重要部門トップや国務院の重要役職についたことがない。近年の中央弁公庁主任経験者で政治局常務委員まで昇進した温家宝、曽慶紅、栗戦書はいずれも複数の重要ポストを経験した後に常務委員会入りを果たしている26。この点において、丁薛祥は同世代の陳敏爾、胡春華と比べても、明らかに経験不足である27。丁薛祥の昇進において、とりわけ習近平との個人的な近さが主たる要因となっていることは明らかである。とすれば、今後のキャリアも、習近平の意向やその影響力の強弱に大きく規定されると思われる。習近平の力によって更なる昇進が実現する可能性は十分にあるが、2022年の第20回党大会では政治局委員に留任して、中央組織部長や国務院副総理などの別の重要ポストで経験を積み、第21回党大会まで常務委員会入りを待たされる可能性もある。
 



1 筆者は2018年3月の全国人民代表大会に際して、国家機関の新指導者を紹介する短文を書いた。その中で、政治局委員のうち楊暁渡、孫春蘭、胡春華、劉鶴、楊潔篪を取り上げており、参考にされたい。李昊「全人代の注目人事 中国国家機関の新指導者たち」『外交』第48号、2018年、32-37頁。
2 丁薛祥の公式経歴については、新華社のウェブページを参照(URL: http://www.xinhuanet.com/politics/19cpcnc/2017-10/25/c_1121856359.htm 2018年9月20日閲覧)。
3 東北重型機械学院は丁薛祥卒業後に山東省秦皇島市に移転し、今は燕山大学と改称している。上海材料研究所は、機械部品に用いる金属材料などの研究開発を行う機関である。
4 「【校史鈎沈】光栄的東北重型機械学院(三)」『捜狐』2017年5月15日(URL: http://www.sohu.com/a/140742285_661672 2018年9月20日閲覧)、「歴史沿革」『上海材料研究所』(URL: http://www.srim.com.cn/about.asp?an=25 2018年9月20日閲覧)。機械工業部は1982年5月に第一機械工業部、農業機械部を中心とするいくつかの部局が合併して成立した組織である。それまで、東北重型機械学院と上海材料研究所を管轄していたのは、民用機械、電信、船舶工業などを扱う第一機械工業部であった。第一機械工業部は江沢民の出身部門であることが知られている。1980年代以後も組織改編が繰り返され、今日、第一機械工業部の後継組織と言えるのは、工業情報化部である。
5 所長になるまでに、弁公室副主任や主任、共産主義青年団委員会書記、宣伝部主任、副所長などを歴任している。
6 閘北区は2015年に隣接する静安区に併合された。鉄道の上海駅はかつての閘北区の域内にある。
7 丁薛祥の公式経歴に掲載されている同時期の兼任役職は上海市党委員組織部副部長の他、市人事局長兼党組書記、市機構編成委員会弁公室主任、市党校副校長兼校務委員会副主任、市行政学院副院長などである。なお、上海市の党校と行政学院は事実上同一組織である。
8 2006年から2007年に、上海市党委員会副秘書長、弁公庁主任、市機関工作党委員会書記などを務めた。
9 2012年5月に上海市党委員会が第9期から第10期へと代替わりした際、丁薛祥は序列12位から8位に変わっており、秘書長から政法委員会書記への役職変更は一応の昇進であったと言える。「上海市第九届委員会書記、副書記、常委名単」『中国共産党新聞網』2007年5月28日(URL: http://cpc.people.com.cn/GB/64093/64096/5790577.html 2018年9月20日閲覧)、「中共上海市第十届委員会常務委員会委員名単」『中国共産党新聞網』2012年5月22日(URL: http://cpc.people.com.cn/GB/164113/17956549.html 2018年9月20日閲覧)。
10 中央弁公庁は、中国共産党中央委員会の事務機構である。その位置付けや機能については、蔡文軒らの研究が参考になる。Wen-Hsuan Tsai and Nicola Dean “Lifting the Veil of the CCP’s Mishu System: Unrestricted Informal Politics within an Authoritarian Regime,” The China Journal, No. 73 (2015) pp. 158-185, Wen-Hsuan Tsai and Xingmiu Liao “The Authority, Functions, and Political Intrigues of the General Office of the Chinese Communist Party,” The China Journal, No. 80 (2018) pp. 46-67.
11 この役職が最初に明かされたのは、2013年7月の習近平の湖北省視察において、丁薛祥が同行した際である。李斌・黄俊華「習近平:堅定不移深化改革 脚踏実地推動発展」『中国新聞網』2013年7月24日(URL: http://www.chinanews.com/gn/2013/07-24/5078567.shtml 2018年9月20日閲覧、『湖北日報』より転載)。島田学「習近平氏の最側近に丁薛祥氏」『日本経済新聞』2013年7月25日。
12 柯仲甲・黄天夷「習先生和馬先生都帯了誰参与会面?」『人民網』2015年11月7日(URL: http://politics.people.com.cn/n/2015/1107/c1001-27789492.html 2018年9月20日閲覧)。
13 中央弁公庁主任が政治局委員を兼任するのは実は珍しく、前任者の栗戦書以前は、1965年から1978年まで主任を務めた汪東興まで遡る。ここ数代、中央弁公庁主任を務めた温家宝、曽慶紅、王剛などは弁公庁主任在任時政治局候補委員であり、令計画は中央委員であった。ただし、失脚した令計画以外は、中央弁公庁主任の退任後に昇進し、政治局委員、あるいは政治局常務委員になっている。なお、中央弁公庁主任は中央書記処書記、中央直属機関工作委員会書記、最近では加えて中央保密委員会主任を兼任するのが恒例となっており、丁薛祥もそれを踏襲している。中央直属機関工作委員会は、2018年春の党と国家機構の改革を経て、中央・国家機関工作委員会に改組されたが、丁薛祥は引き続きその書記の役職にある。中央保密委員会主任に就任したことは公式経歴に記載されていないが、以下の記事で確認できる。「親切的関懐 殷切的期望 ― 丁薛祥同志到中央保密弁、国家保密局視察調研工作」『保密工作』2017年第12期、4頁。
14 江沢民の秘書賈廷安は1980年代に江沢民が電子工業部副部長だった時から江に仕えている。総書記弁公室と中央軍事委員会主席弁公室の双方の主任を務めたが、その間はヒラの党員であった。江沢民引退後に軍人として第17期中央候補委員、第18期中央委員を務めた。2011年には軍人最高階級である上将が授与された。第19回党大会では中央委員に留任せず、現在は中央軍事委員会政治工作部副主任である。この経歴は、鄧小平の秘書であった王瑞林と相似している。胡錦濤の秘書陳世炬は貴州省出身であり、胡錦濤が貴州省党委員会書記だった1986年から仕えている。習近平の総書記就任以後は、部長級待遇で中央弁公庁副主任兼中央精神文明建設指導委員会弁公室副主任になったと報じられている。陳世炬は中央委員にならなかった。「江沢民秘書昇上将」『明報』2011年7月24日、「原胡錦濤弁公室主任兼任文明弁副主任」『香港文匯網』2015年1月8日(URL: http://news.wenweipo.com/2015/01/08/IN1501080060.htm 2018年9月21日閲覧)、蒋子文「原総政治部副主任賈廷安任軍委政治工作部副主任」『澎湃新聞』2016年1月29日(URL: https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_1427119 2018年9月21日閲覧)。
15 ただし、栗戦書の最新公式経歴によると、2018年に中央国家安全委員会弁公室主任の記載はなくなっており、退任した可能性が高い。同委員会副主席に転任したと推測される。とすれば、丁薛祥が後任に就く可能性は高い。「第十三届全国人民代表大会常務委員会委員長簡歴」『新華網』2018年3月17日(URL: http://www.xinhuanet.com/politics/2018lh/2018-03/17/c_1122551751.htm 2018年9月22日閲覧)。
16 習近平の上海人脈についてここで簡単に紹介する。習近平書記在任中の上海市党委員会常務委員のうち、韓正は政治局常務委員、楊暁渡(中央規律検査委員会副書記、国家監察委員会主任)、丁薛祥は政治局委員、沈徳咏(政治協商会議全国委員会社会と法制委員会主任)、杜家毫(湖南省党委員会書記)、徐麟(中央宣伝部副部長、国務院新聞弁公室主任)は中央委員である。それ以外にも、2007年当時上海市人民代表大会常務委員会副主任、市総工会主席であった陳豪(雲南省党委員会書記、中央委員)、当時新華社上海支社副社長であった慎海雄(中央宣伝部副部長、中央広播電視総台長、中央候補委員)、当時上海市金融服務弁公室副主任であった方星海(中国証券監督管理委員会副主席)、当時上海市党委員会弁公庁副主任であった鐘紹軍(中央軍事委員会弁公室主任)なども習近平の上海人脈として名前が挙がる。もちろん、韓正の例からも明らかなように、彼らが必然的に習近平と緊密な関係にあるとは断言できないが、少なくとも楊暁渡、丁薛祥、徐麟、慎海雄、鐘紹軍は習近平の信頼が篤いことで知られている。この習近平の上海人脈は「浦江旧部」と呼ばれることがある。Cheng Li “Xi Jinping’s Inner Circle (Part 3: Political Protégés from the Provinces),” China Leadership Monitor, No. 45, 21 October 2014 (URL: https://www.hoover.org/sites/default/files/research/docs/clm45cl-xi_jinpings_inner_circlepart_3-_political_proteges_from_the_provinces.pdf 2018年9月21日閲覧), 「習班子成形 重用自己人 旧部旧識占多数 章立凡:易偏聴偏信」『明報』2015年10月3日、Jun Mai “The Xi-era Shanghai talent leaping up the Chinese Communist Party’s job ladder,” South China Morning Post, 27 October 2016 (URL: https://www.scmp.com/news/china/policies-politics/article/2040412/xi-era-shanghai-talent-leaping-chinese-communist-partys 2018年9月21日閲覧).
17 鐘紹軍は謎の多い人物である。中国における主流の検索エンジン百度で鐘紹軍を検索すると、一切検索結果が表示されない。習近平が浙江省にいた時から重用していたと言われ、浙江人脈でもある。習近平が上海、中央と異動する度に同行している。2013年に中央軍事委員会弁公室副主任兼中央軍事委員会主席弁公室主任に就任したと言われるが、公式的な情報は皆無であった。2018年9月に国防部は初めて公式に中央軍事委員会弁公室主任が鐘紹軍であることを認めた。蘇米「鐘紹軍悄然晋昇 系習近平最神秘大秘」『多維新聞』2017年12月28日(URL: http://news.dwnews.com/china/news/2017-12-28/60032309.html 2018年9月21日閲覧)、欧陽浩「張又侠会見巴基斯坦陸軍参謀長巴傑瓦」『中華人民共和国国防部』2018年9月18日(URL: http://www.mod.gov.cn/topnews/2018-09/18/content_4825292.htm 2018年9月20日閲覧)。
18 上海時代の丁薛祥による署名記事は、材料研究所時代の開発関係研究所の発展の経緯と将来について整理したものや、科学技術委員会副主任時代に科学技術イノベーションについて論じたもの、上海市党委員会秘書長時代に、市の党史研究や行政サービスについて論じたものなどがある。丁薛祥・呉軍営・張文琴・孔国潮「上海開発類研究所在改革中発展」『華東科技管理』1994年第11期、4-6,41頁、丁薛祥「改革奨励制度 推動科技創新」『中国科技奨励』2001年第4期、7-9頁、丁薛祥「鋭意進取 開拓創新 努力提高服務能力和水平」『秘書工作』2008年第6期、4-6頁、丁薛祥「努力推動上海党史事業不断取得新成就」『上海党史與党建』2011年7月号、4-5頁。
19 「要」は中国語の原文において「綱」という言葉が用いられている。丁薛祥「深入学習領会習近平新時代中国特色社会主義思想 在中弁局級領導幹部専題研討班上的動員講話(節選)(2017年11月27日)」『秘書工作』2018年第1期、4-9頁。
20 丁薛祥「在中央直属機関党的工作会議暨紀検工作会議上的講話(2018年1月26日)」『中直党建網』2018年2月11日(URL: http://www.zzdjw.org.cn/n1/2018/0211/c153945-29818949.html 2018年9月25日閲覧)。「政治建設」は日本語では用いられることが殆どない言葉だが、中国政治においては頻繁に登場する概念である。具体的には、イデオロギーの共有、組織や規律の強化、ガバナンスの向上などを図ることであり、それによって党の政治的「先進性」を維持し、高めることを目的とする。
21 丁薛祥「在習近平総書記“5・8”重要講話発表四周年暨中央弁公庁青年学習小組交流座談会上的講話(2018年5月9日)」『秘書工作』2018年第5期、4-11頁。
22 丁薛祥「大力弘揚新時代共産党人的奉献精神 中弁機関“七一”党課上的報告(2018年6月28日)」『秘書工作』2018年第7期、4-14頁。
23 「習近平対推進中央和国家機関党的政治建設作出重要指示強調 帯頭維護党中央権威和集中統一領導 建設譲党中央放心、譲人民群衆満意的模範機関」『人民日報』2018年7月13日、「帯頭維護党中央権威和集中統一領導 建設譲党中央放心、譲人民群衆満意的模範機関」『人民日報』2018年7月23日。「政治にこだわる(講政治)」とは、政治的に正しくあらねばならないという意味である。ここでいう政治的な正しさは、党中央とその核心たる習近平を擁護し、その下で団結することである。
24 この時期の政治的な噂については、以下の記事に詳しい。安徳烈「北京為何謡言満天飛 専家認為局勢厳峻」『RFI』2018年7月16日(URL: http://cn.rfi.fr/中国/20180716-北京为何谣言满天飞-专家认为局势严峻 2018年9月25日閲覧)、「政変伝言満京城 習近平出訪被低調」『自由亜洲電台』2018年7月18日(URL: https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/zhengzhi/ql2-07182018100216.html 2018年9月25日閲覧)、蘇米「北戴河会議前“三大”政治謡言 中共釈放“辟謡”信号」『多維新聞』2018年7月31日(URL: http://news.dwnews.com/china/news/2018-07-30/60074129_all.html 2018年9月25日閲覧)。
25 栗戦書は全国人民代表大会常務委員会党グループの会議において、「一錘定音」(鶴の一声と同様の意味)、「定於一尊」(全ての基準となる最高権威という意味)という強い言葉を用いて習近平が最高権威であることを強調した。「全国人大常委会党組囲繞“歴史使命、歴史責任和我們的歴史担当”進行集体学習 栗戦書主持並講話」『新華網』2018年7月17日(URL: http://www.xinhuanet.com/politics/2018-07/17/c_1123140114.htm 2018年9月25日閲覧)。ただし、これらはもともと7月4日の全国組織工作会議の際に習近平が自ら用いた言葉である。「習近平:切実貫徹落実新時代党的組織路線 全党努力把党建設得更加堅強有力」『新華網』2018年7月4日(URL: http://www.xinhuanet.com//2018-07/04/c_1123080079.htm 2018年10月9日閲覧)。
26 温家宝は国務院副総理、曽慶紅は中央組織部長、栗戦書は黒龍江省長や貴州省党委員会書記という地方トップを務めた経験を持つ。
27 陳敏爾は貴州省長や同省党委員会書記を経て、現在重慶市党委員会書記を務めている。胡春華は河北省長、内モンゴル自治区党委員会書記、広東省党委員会書記を歴任し、現在国務院副総理を務めている。

(2018-10-23)

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