国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(No.5) 
「米国離脱後のイラン核合意の行方——激しさを増す「二次的制裁」に対する各国の対応」


貫井万里(日本国際問題研究所研究員)



 2018年12月1日、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)社副会長の孟晩舟氏が、「2009~14年に香港の関連会社スカイコムを通じて米国製コンピューターをイランの携帯電話の会社に販売し、米政府に虚偽の説明をした」ことを理由にカナダで逮捕された。この事件の背景には、「米中貿易摩擦の根幹にあるハイテク産業の覇権を巡る争い」と、「イランとの商取引を継続する全世界の企業へのトランプ政権からの警告」という二つの側面がある。本稿では、イラン制裁を盾に、中国のみならず、友好国や同盟国にまで圧力を強めるトランプ政権に対し、イランの主要貿易国がどのように対応しているのかを整理する。

1.アメリカのイラン核合意離脱
 2015年7月に成立したP5+1(国連安保理常任理事国およびドイツ)とイランの間の包括的共同作業計画(JCPOA)は、イランの核開発活動を国際原子力機関(IAEA)の厳格な監視下に置く代わりに制裁解除を約束した国際協定である。JCPOAは、12年にわたる国際紛争を平和裏に解決し、核不拡散体制に寄与した多国間外交の勝利として高く評価された。しかし、ドナルド・トランプ氏は、アメリカ大統領選挙戦中からこの合意を「最悪の取引」と酷評し、「欠陥が修正されない限り、破棄する」と公約してきた。
 2018年1月にトランプ大統領は、「5月12日までにJCPOAにイランによるミサイル計画やテロ活動の禁止、一定期間後に核開発の制限を解除する『サンセット条項』の廃止、軍事施設へのIAEAの無制限の査察許可などが盛り込まれない限り、核合意から撤退する」と宣言した。当然のごとく、イラン政府はそれを「国家の安全保障の根幹を揺さぶる一方的な要求」として強く反発した。
 2018年5月8日に、米国はJCPOAからの離脱を宣言し、イランと取引を継続する第三国の企業と個人に対して「二次的制裁」を課すと警告した。制裁第一弾(8月7日)には、イランの自動車産業に対する制裁、イラン政府による米ドル入手禁止、航空機及びスペアパーツの輸出の禁止、金取引の禁止等が含まれた。制裁第二弾(11月5日)は、イランの基幹産業を標的に「最大限の圧力」をかけて最大限の譲歩を引き出す狙いで発動された。イラン政府歳入の6割を占める原油・石油製品の輸出や、港湾操業・海運・造船部門が制裁対象とされ、イラン中央銀行を始め主要銀行のSWIFTシステムから排除と取引禁止、対イラン貿易の保険付保に対する制裁等が実行された。ただし、中国、インド、イタリア、ギリシャ、日本、韓国、台湾、トルコの8か国は、イラン産原油の全面禁輸から180日間適用除外を認められた。それは、原油価格上昇を防ぎたいアメリカの意図に加え、イランからの原油輸入量削減と引き換えに適用除外を求めた日本を含む8カ国の外交努力の成果ともいえよう。

2. 再制裁のイラン経済への影響
 イランでは7月末にリヤル価格が年始比で三分の一に暴落し、それに伴ってインフレ率も20%を越えると、市民による抗議活動が頻発するようになった。加えて、核合意を推進したロウハーニー政権に対するイラン国内の強硬保守派の攻撃も激化し、一時期、国会で大統領の罷免要求提出の動きまで出た。これに対し、イラン政府は、複数為替レート制度の導入、公定レートの切り下げ、贅沢品輸入の禁止、外貨割当制を実施し、生活必需品の価格統制に踏み切った。同時に、ハサン・ロウハーニー大統領は、世論の批判の矢面となった中央銀行総裁や経済関連閣僚の更迭で国民の不満のガス抜きを図った。リヤル価格の暴落は、9月末の1ドル19万リヤルをピークに下げ止まり、インフレ率も落ち着き、イラン経済の混乱は小康状態になっている。ハーメネイー最高指導者による「抵抗経済」の旗印の下で、国民の一致団結を促す指示もあり、9月以降、政争も一旦沈静化した。少なくともトランプ政権の残りの任期2年間は、国内で一致団結して「アメリカのいじめ」に耐えていこうという方向で、国内がまとまりつつある。
 1980年にアメリカと国交を断絶して以来、イランは約40年にわたって制裁下を生き抜き、巧妙な制裁迂回・サバイバル策を構築してきた。特に、今回のアメリカの対イラン制裁には、イスラエルやサウジアラビア、UAEなどイランを敵視する国を除いて、多くの国は同調していない。そのため、トランプ政権の期待とは裏腹に、イラン国民の間でも経済難への不満を唱えつつも、すぐに体制転換を求めるまでの機運は高まっていない。今回は、国民多数の反対を押して切って核開発に踏み切って制裁を受けたアフマディーネジャード政権期と事情が異なる。ロウハーニー政権への期待は縮小したものの、現状では、消極的に支援し、一定の理解を示す国民の方が依然として多数を占めていると思われる。
 外交面では、ロウハーニー大統領やイスラーム革命防衛隊司令官は7月頃には、トランプ政権のJCPOA離脱に対抗して、合意からの離脱、核活動再開やホルムズ海峡閉鎖などの強硬手段を示唆していた。しかし、現時点ではイラン政府はJCPOA離脱によるイスラエルやアメリカからの軍事攻撃、国際的な孤立を回避するために、JCPOAを維持する方針を進めている。11月に発表されたIAEAの最新の報告でも、イランのJCPOA履行が確認されている。そして、イランは残りのJCPOA加盟国(独仏英のEU三カ国と中露)と主な石油輸出先の中国、インド、トルコ等との連携強化を目指して外交攻勢をかけている。8月に、イランがカスピ海沿岸4カ国と「カスピ海の法的地位協定」を締結したのもその一環とみられる。

3.EUの対応
 イランは、EUに対してJCPOA維持の見返りとして、経済関係の維持、アメリカによる再制裁の被害を補填するシステムの構築を求めてきた。EUはJCPOAの堅持を明言し、8月にイランと取引を行うEU企業を米国の二次制裁から守るための「ブロッキング規制」の発動と800万ユーロのイラン支援政策パッケージの提供を相次いで発表した。9月に、イランと取引を行う事業者に合法的な決済手段を提供するための「特別目的事業体(Special Purpose Vehicle: SPV)」の設立構想が、EUのフェデリカ・モゲリーニ外務安全政策上級代表によって公表された。SPVは、アメリカの制裁対象外の人道物資を中心にイランとの輸出入の決済を可能にし、EU企業のイランとの取引継続を支援することを目的とする。さらに、EUは、SPVをEU域外の第三国にも利用できるようにする意向とされる。しかし、既に主要なEU企業がイランからの撤退を表明したため、SPVを利用するのは、アメリカとの取引のない中小企業が想定される。その政治的意義は評価できるが、この人道物資を主としたSPVに対しても、今後、アメリカが追加制裁の対象とする懸念が残る。

4.ロシアと中国の対応
 JCPOA締約国のロシアと中国は、アメリカの離脱後もJCPOA維持を表明することで、多国間外交及び国際ルールを擁護する姿勢をアピールしている。ただし、ロシアは産油国であり、イランから石油を輸入する必要がない。そのため、ロシアは2014年に締結した「オイル・フォー・グッズ協定」——イランから輸入した石油を代わりに販売し、代金をロシア製品で支払う仕組み——をEUに拡大することを検討しているとされる。また、ロシアは旧ソ連圏とイランの間での「地域統合決済ネットワーク(regional integrated payment network)」の設置を構想しているとの報道もある。イランにとって、ロシアはシリア内戦においてアサド政権支持で一致し、共同作戦を遂行するなど安全保障上の重要なパートナーであり、2013年以降の核交渉においてもイランの立場を強力に支援するなど頼りになる味方である。
 経済面では、中国は輸出で第一位、輸入で第三位を占めるイランの最大の貿易相手国の一つであり、その動向はイラン経済の命運を左右する重要性を持つ。イラン原油の最大の輸入国である中国は、輸入継続のためにいくつかの取り組みを行っている。今年3月に、中国は上海貿易特区の上海国際エネルギー取引センターで中国初の中国人民元建ての原油の先物取引市場を立ち上げた。それは、イランとの石油取引を維持するのみならず、人民元の国際化を図る目的と見られる。
 8月に、中国国営石油トレーダーの珠海振戎公司 (Zhuhai Zhenrong Corp)と中国石油化工集団公司(Sinopec)は、イラン国営タンカー会社所有のタンカーを使った、ディスカウント価格での原油購入の契約を国営イラン石油公社との間で締結した。また、12月12日に国営中国石油・ガス集団(CNPC)がサウスパルス・ガス田への投資を停止する一方で、マスジェデ・ソレイマーン油田とアーザーデガーン油田の開発事業への投資とイランからの原油輸入は継続する意向であるとロイター通信によって報道された。
 中国政府と企業は、核合意前と同じく、制裁によってヨーロッパや日本の企業が撤退した後のイラン市場により有利な条件で参入することを画策しているものとみられる。しかし、前回の対イラン制裁時と大きく異なるのが、中国の企業が以前以上にグローバル化し、アメリカとの取引も増加したことで大企業はアメリカの二次制裁に晒されやすくなっている点である。2018年4月に中国第二位の通信機器メーカーの中興通訊(ZTE)は、対イラン制裁法違反により、米商務省より約9億ドルの罰金と7年間の米国製品禁輸の措置を受けて、会社の存続を危ぶまれている。 
 米中の貿易摩擦がエスカレートする中、中国政府はイラン制裁が交渉の足枷になることを恐れ、大企業に代わって制裁対象となりにくい中小企業にイランでの活動を誘導する方針を取り始めた。中国は、時に対イラン関係をアメリカからより多くの譲歩を引き出すための「レバレッジ」として利用してきたが、「イラン・カード」は双刃の刃となることを、今回のファーウェイ事件は示している。

5.日本の対応策に対する提言
 今後、日本がとるべき方策は、政府のレベルでは、第一に石油禁輸免除措置を6ヶ月後も延長されるようアメリカ政府と交渉することにある。1929年の国交樹立以来、一貫して良好な関係を続けてきたイランと日本の二国関係の維持は、日本の外交、石油の安定的確保のみならず、アメリカとイランをつなげ、情報を双方に伝達する希少なチャネルの一つであるという点を強調して、アメリカ政府から可能な限りの譲歩を引き出すことが望ましい。第二に、日本政府があくまでJCPOAを支持し、その履行を監視・検証をしているIAEAへの技術的・精神的な支援を継続することを明言することで、アメリカにJCPOAを含む国際的な取り決めへの尊重を呼びかけることである。第三に、JCPOA維持のために、SPVや「オイル・フォー・グッズ協定」など多国間の枠組みに日本がどのように関与していくことができるか、EUや主要なイラン産石油輸入国と協議や情報交換をしていく必要があるだろう。
 民間レベルでは、石油禁輸免除措置を利用して、イラン原油を輸入し、その代金で人道物資(医療関連資機材や環境関連機器等)を輸出することで、イランとの貿易関係維持をすることが期待される。その中で、日本企業はや将来アメリカの対イラン制裁が停止される時を念頭に、日本政府とも連携しつつ、情報収集を図ることができるだろう。そうした日本企業の活動を支える上で、日本外務省や経済産業省は勿論、JETROやJICA、JBICの役割は一層に重要になるものと考えられる。

(2018-12-19)

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