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東アジアサミット


坊野成寛(研究員)


2005年12月14日マレーシアにおいて、第1回東アジアサミットがASEAN+3会合に続いて開催される。参加国は、ASEAN10カ国、北東アジア3カ国(日本、韓国、中国)のASEAN+3に、オセアニア2カ国(ニュージーランド、オーストラリア)、インドを加えた計16カ国である。

東アジアサミット構想は、韓国・金大中大統領(当時)のイニシアティブで発足した東アジア・ビジョン・グループ(East Asia Vision Group;EAVG)が、2001年11月に、ASEAN+3首脳会議に提出した報告書の中で提案された。その後、東アジア・スタディ・グループ(East Asia Study Group;EASG)がその提言書の検討を行なったが、EASGの結論は、サミットの開催は長期的目標であり、当面はASEAN+3の枠組みが、東アジアに最適であるとした。EASGの報告内容、EAVG、EASGの設立に主導権を発揮した金大中大統領も任期満了が近づいているなど、東アジアサミット実現に対する具体的な進展はみられなかった。
しかし、2004年に入ると、2005年にASEAN+3を開催するマレーシアが、ASEAN+3会議に続いて東アジアサミットを開催することを提案した。これに対し、中国は2007年に第2回東アジアサミットを開催する意向を表明するなど、東アジアサミットの実現へ向けての動きが加速し始める。また、日本は、第1回サミットで、マレーシアと日本が共同議長国を務めることを提案していた。このような動きの中、東アジアサミットは、ASEAN諸国と北東アジア3カ国が交互に開催国となる、という議論が形成され始めた。
しかし、2004年11月ビエンチャンでのASEAN+3の首脳会談上で、インドネシアは2005年のサミット開催に関して、急ぐ必要はないという旨の発言をし、2007年のASEAN+3会議のホスト国であるフィリピンは、第2回サミットを2007年に北京で開催する案に対して反対を表明するなど、2005年12月にマレーシアで開催されることは合意に至ったが、議題、参加国など具体的な点は、この会合では合意に至らなかった。

開催時期や開催方式と同様、参加国の規定も揺れていた。EAVG、EASG、の報告では、ASEAN+3参加国が、サミットの構成国として想定されていたが、日本は、オーストラリア、ニュージーランドの参加、またアメリカのオブザーバー参加を提案していたが、当初はその提案に対する他国の反応は決して良いとはいえなかった。しかし、2005年に入るとインドネシアやシンガポールが日本案への支持を表明した。また、当事者であるオーストラリアも、当初難色をしめしていた東南アジア友好条約(Treaty of Amity Cooperation in Southeast Asia;TAC)加盟へ態度を変え、サミットへの参加を決定した。第1回サミット開催前の現時点では、①ASEANと実質的な関係が深い②ASEANとの対話パートナーであること③TACに加盟していることの以上3点を参加基準として、最終的に16カ国の参加が決定された。
(2005-12-07)

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