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盆唐センムル教会と韓民族福祉財団(アフガニスタンの韓国人拉致事件)


宮本悟(研究員)


2007年7月19日にアフガニスタンで、23名の韓国人ボランティア団体が反政府イスラム主義組織であるターリバーンに拉致された。現在まで2名の殺害が確認されている。殺されたのは、ペ・ヒョンギュ(裴炯奎)牧師(7月25日[現地時間]死亡:42歳)とシム・ソンミン氏(7月30日[現地時間]死亡:29歳)であり、二人とも男性である。二人の女性が8月13日に解放されたが、それは、一般的にイスラム法学においては、ジハードで女性や子供などの非戦闘員を殺害することが禁じられていることも一因であろう。残り19名は、8月27日の時点ではまだ解放されていない。

ボランティア団体のほとんどのメンバーは、アフガニスタンで短期ボランティア活動を試みようとした盆唐センムル教会所属のキリスト教信者であった。男性7名(平均年齢35.9歳)、女性13名(平均年齢31.6歳)の計20名がそうである。他にもアフガニスタンに長期滞在していた女性3名(平均年齢34.0歳)が現地でボランティア団体に合流した。全体で、メンバーは22歳から55歳までの平均年齢33.2歳という若手中心のボランティア団体であった。このボランティア団体にアフガニスタンでの活動の場を提供したのが、韓民族福祉財団である。

盆唐センムル教会とは、大韓イエス教長老会高神総会に所属するキリスト教会である(1)。いわゆるカルヴァン派の一つである長老会は、韓国では1950年代に内紛・分裂を繰り返した。その中で、高麗神学校創立メンバーを中心に設立されたのが、大韓イエス教長老会高神総会である。その高神総会所属のソウル永東教会の担任牧師であった高神大学(現:高神大学校)出身のパク・ウンジョ氏が、永東教会から分立した4番目の開拓教会として創設したのが、盆唐センムル教会である。盆唐センムル教会は、ソウル特別市の南にある京畿道城南市の盆唐区亭子洞で1998年10月25日に創設された。担任牧師は、永東教会から移ってきたパク・ウンジョ氏である。創設から半年で約1,000名が礼拝に出席する大きな教会となり、2007年3月現在で礼拝の平均出席者は約2,700余名である。

パク・ウンジョ氏は、献金の半分以上を外部のために使うという原則を持ち、教会のボランティア活動を特に強調することで知られている。そのため、盆唐センムル教会は、ボランティア活動を積極的に行ってきた。盆唐センムル教会と韓民族福祉財団を結びつけているのも、パク・ウンジョ氏である。パク・ウンジョ氏は、盆唐センムル教会の担任牧師であると同時に、2004年から韓民族福祉財団の理事長も務めている。彼は、韓民族福祉財団の創設に貢献したメンバーの一人でもある。

韓民族福祉財団は、1991年3月から始まった北朝鮮住民への「愛の医療品分配」運動を前身とし、1995年に創設された韓民族医療宣教会の後援で、1997年2月にキリスト教会の牧師等を中心に財団法人として設立されたNGO団体である。名称からも理解できるが、財団の目的の一つとして、朝鮮民族(韓民族)が協力して民族の生活を向上させ、統一と繁栄に寄与することを掲げているように民族主義の色彩が濃い。1997年には、韓国 のNGO としては最初に北朝鮮を訪れ、羅津・先鋒地域で保健医療分野の協力事業を始めた。現在でも、対北朝鮮支援が中心事業である。

韓民族福祉財団は、海外でも、韓国語教育のための支援や医療ボランティア等を行っている。アフガニスタンでは、米国等のアフガニスタン攻撃が収束した後、2002年からカブールとカンダハル等で教育、医療ボランティア、農村開発事業を行ってきた。今回拉致されたボランティア団体にアフガニスタンでの活動の場を提供し、ビザ取得用の招待状を発給したのも韓民族福祉財団のカンダハル支部であった。そのため、盆唐センムル教会と韓民族福祉財団の双方で、拉致被害者の家族は事件の推移を見守っている。事件のこれからの展開については、ほとんど不透明である。

【註】
(1) 正式な名称はセンムル教会であるが、同名の教会が他にもあるので、一般的には盆唐センムル教会と呼ばれている。センムルとは、韓国語で「泉の水」を意味する。泉は、聖書の重要なキーワードの一つである。日本語での表記は、ハングル表記に沿えばセムムルが近いが、発音としてはセンムルが近い。
(2007-08-27)

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