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ジハード


横田 貴之(研究員)


昨今の中東情勢関連の報道などにおいて、ジハードという言葉をよく耳にする読者諸賢も多いであろう。現代中東を考える上で、ジハードは重要な主題のひとつとなっている。

ジハードの原義は、神のために自己を犠牲にして戦うことを意味する。スーフィズムに見られるように、自己の信仰を深める個人の内面的努力を「大ジハード」、異教徒に対しての戦いを「小ジハード」を区別することもある。一般的には、ジハードというと後者を指す。

イスラーム法学において、ジハードは信仰とウンマ(イスラーム共同体)の防衛・拡大を目的とする連帯義務であり、ムスリム、成人、正常人、自由人、男性、健常者、戦費負担可能者の要件を満たす者が、カリフの指揮下で従軍する。異教徒の侵略などに際しては、その地に住むムスリムに郷土防衛の個人義務が生じる。また、ジハードを行う者には神による多大な報奨が約束されており、ジハードの戦死者は殉教者とされ来世における楽園が約束されている。対外戦争としては、カリフにより宣戦が布告され、敵方の改宗や停戦協定により終結する。信仰の保障・庇護を受けている啓典の民はジハードの対象にはならない。

預言者ムハンマド存命中のジハードはおおむねウンマ防衛の性格が強かったが、正統カリフ時代以降はジハードによる大征服が進められ、「イスラームの地(ダール・アル=イスラーム)」が拡大した。なお、中世の防衛的なジハードの主な例としては、十字軍やモンゴルに対するものが挙げられる。近代以降、イスラーム世界は西洋諸国による植民地化という危機に見舞われた。この事態に対するジハードがイスラーム世界各地で行われ、スーフィー教団がしばしば中心的な役割を果たした。

1924年にトルコ共和国においてカリフ制が廃止されたが、これによりカリフを指揮官とする「イスラームの地」拡大のためのジハードは理論的に不可能となった。これ以降行われているのは、防衛のためのジハードである。近年では、パレスチナ、カシミール、チェチェンなどが異教徒の占領によって失われた「イスラームの地」であるとして、その回復・防衛のためにジハードが行われている。

また、1960~70年代以降、イスラーム諸国における世俗主義政権に対する武装闘争を正当化する新たなジハード論として、いわゆる「革命のジハード論」が登場した。イスラーム世界においてシャリーア(イスラーム法)ではなく世俗法を施行する為政者は不信仰者であり、そのような為政者打倒のためのジハードは義務とされた。これは、イスラーム集団やジハード団など急進派イスラーム運動による武装闘争の理論的根拠となっている。
(2008-04-30)

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