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核兵器の無い世界


一政祐行(軍縮・不拡散促進センター研究員)



4月6日のチェコ・プラハにおける、オバマ米大統領による就任後初となる外遊先でのスピーチにおいて、「核兵器の無い世界」に向けて米国が取る今後のステップが明確に打ち出された。具体的には①冷戦期の志向から脱却し、米国自らが国家安全保障政策上の核兵器の重要性を低下させることによって、他国にも同様のアプローチを促すこと、②「核兵器の無い世界」に向けて核弾頭数と備蓄された核兵器の数を減らすにあたり、2009年中にロシアと米国との間で新たな戦略兵器削減条約交渉を開始すること、③世界規模での核実験禁止を達成するために、米国は包括的核実験禁止条約(CTBT)を速やかに、かつ積極的に批准すること、そして④核兵器の基礎的要素である兵器級核分裂性物質の生産の終わりを検証するために、新条約の作成を模索することに言及した。その上で多国間協力の土台として、核兵器不拡散条約(NPT)の強化に向けて⑤核軍縮・核不拡散・原子力の平和利用というNPTの原理原則を再確認し、⑥IAEA保障措置査察を強化し、⑦テロリストが核兵器を決して入手することがないよう、向こう4年以内に管理が脆弱な全世界の核物質の安全を確保し、⑧核兵器の闇市場を解体し、核兵器関連物資が取引されることを探知・阻止するために、拡散に対する安全保障構想(PSI)及び核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブを国際機構化すると明言した。




これらの具体的提案のうちの幾つかは、核軍縮の重要性を認める国際社会の様々な行為主体によって、従来から指摘されてきている。しかし、冷戦期からポスト冷戦期を経て、今なお世界最大の核兵器国である米国大統領がこれらの措置の重要性を訴えたこと、そして最終的に目指すべきゴールとして「核兵器の無い世界」を明確に打ち出したことは極めて画期的である。(尚、オバマ大統領は、大統領選挙戦終盤の2008年8月時点で、既に「核兵器の無い世界」に向けた取り組みを開始する重要性を訴えている。)




それでは、なぜ今「核兵器の無い世界」がこれほど脚光を浴びるようになったのであろうか。そもそも、「核兵器の無い世界(A World Free of Nuclear Weapons)」というキーワードは、2007年1月にキッシンジャー元国務長官、ペリー元国防長官、シュルツ元国務長官、ナン元上院議員の連名でウォールストリートジャーナル紙上に掲載された小論文のタイトルである。キッシンジャー元国務長官らは「四人の騎手(Four Horsemen)」とも呼ばれ、2008年1月にも再び連名で「核兵器の無い世界に向けて(Toward a Nuclear-Free World)」という小論文を発表し、国際的に大きな反響を呼んだ。彼ら四人の騎手による提案は、北朝鮮やイラン、そして国際テロリストに核兵器が拡散する危険性が高まるなかで、核抑止力の存在が却って米国の安全保障上のリスクを高める結果になったと警鐘を鳴らし、冷戦期以来の核兵器に依存した安全保障政策を今こそ転換し、国際社会が核兵器を廃絶するための第一歩として、まず米国が核兵器の廃棄に踏み出さねばならないとした。そのための具体策として、四人の騎手は、米国がロシアとともにリーダーシップを発揮し、(a)2009年末に失効する戦略兵器削減条約(STARTⅠ)の後継条約を作り、(b)偶発的或いは不正な核攻撃のリスクを低減するために、あらゆる核搭載弾道ミサイルの発射前警告及び発射決定までの時間を延長させるよう提案する。そして米国とロシアは(c)今や時代遅れとなった相互確証破壊(MAD)を含む冷戦期以来のあらゆる大規模攻撃計画を破棄し、(d)2002年のモスクワサミットでブッシュ米大統領とプーチン露大統領とが提案した多国間弾道ミサイル防衛及び早期警戒システムの構築に向けた交渉に着手する、更に(e)世界中の核兵器と核物質に対して、出来得る限りの安全確保のための措置を促進し、核爆弾をテロリストが入手することを未然に防ぎ、(f)テロリストの標的になりやすい小型でより運搬が容易な前線配備用の核兵器について、NATOとロシアの間で、最終的には全廃することも視野に入れた一元管理にかかる対話を開始する、そして米国は(g)原子力の平和利用にかかる先進的技術のグローバルな拡散に対抗するべくNPT遵守を監視するための手段を強化し、(h)NPTを強化し、国際的な核関連活動を監視するための助けとなるCTBTの発効を促進すべきだと指摘した。




こうした具体的なビジョンを示す四人の騎手の提言は、世界中の人々が耳を澄ませて話しを聞こうとするような有力な話し手による時宜を得た声明であった。事実、そのインパクトは米国オバマ政権の米国安全保障政策の中核の一つとなったのみならず、ケネディー、ジョンソン、ニクソン、フォード、カーター、レーガン、ブッシュ(父子)、クリントンという米国歴代政権の主要閣僚の大半から支持を得た。また米国以外でも、英国で2009年2月に外務・英連邦省が発表した「核の影の解消:核兵器を全廃するための条件設定(Lifting Nuclear Shadows:Creating the conditions for abolishing nuclear weapons )」の中で、「核兵器の無い世界」が言及されている。ブラウン英国首相がエンドースした同ペーパーでは、「核兵器の無い世界」を追求するために3つの条件の設定((1)原子力の平和利用の拡大とともに、新たに非核兵器国やテロリストが核兵器を入手することを防ぐ、隙間のない措置を講じること、(2)核兵器に関する厳重かつ検証された制限として、必要最小限の核兵器の保有の在り方と国際的法的枠組みを講じること、(3)安全保障を強化するために、小規模にまで削減した核兵器を全廃する方法論を講じること)と、それに付随する具体的アプローチを打ち出している。




近年、ダイナミックに変化しつつある国際関係を分析するための一つの視座として、フィネモア(M. Finnemore)とシキンク(K. Sikkink)が提唱した規範のライフサイクル説という概念がある。この概念では、規範起業家がある規範を提案し、周囲を説得し教示してゆくことによって、徐々にその規範が受容され、内面化されてゆくが、このときある段階において一挙に規範の受容が進む(規範のカスケードが起こる)と説明する。核軍縮によって核兵器が全廃されることを夢見た政治指導者はこれまでにも多く存在したであろうが、ポスト冷戦、ポスト9.11の今日において、四人の騎手という存在感のある行為主体が規範起業家となり、「核兵器の無い世界」という新しい規範の教示を進めたことは、そのタイミングとアプローチの両方において、歴史に前例を見ない画期的な出来事であった。この新たな規範は、米国オバマ大統領や英国ブラウン首相にも受容され、両国で内面化しつつあることは、冒頭で引用したプラハでのスピーチや「核の影の解消」に見てとることができる。



今後予想される最大の山場は、ロシアや中国、そしてインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮といったNPTの枠外で核兵器を保有する国々に、いかに「核兵器の無い世界」という規範が受容されるかという点であり、どのようにすれば規範のカスケードが起こせるかが大きな焦点となる。他方、核兵器の数を数百発単位にまで減らしてゆく過程や、また核兵器国が先制不使用に合意するとなった場合にどのように拡大抑止を維持するのか、核抑止を段階的に通常戦力での抑止に置き換えることは可能なのか、合意の遵守に対する検証をどのように行うのか、合意違反に対する強制をどのような形で実行するのかなど、「核兵器の無い世界」を目指す過渡期には依然として多くの困難な課題が残されている。





【参考文献】

George P. Shultz, William J. Perry, Henry A. Kissinger and Sam Nunn, “A World Free of Nuclear Weapons”, Wall Street Journal, 4 January 2007.




George P. Shultz, William J. Perry, Henry A. Kissinger and Sam Nunn, “Toward a Nuclear-Free World”, Wall Street Journal, 15 January 2008.




George P. Shultz, Steven P. Andreasen, Sidney D. Drell and James E. Goodby (eds.), Reykjavik Revisited: Steps Toward a World Free of Nuclear Weapons, Hoover Institution Press: California, 2008.




“Lifting the nuclear shadow: Creating the conditions for abolishing nuclear weapons”, Foreign & Commonwealth Office.

http://www.fco.gov.uk/en/fco-in-action/counter-terrorism/weapons/nuclear-weapons/nuclear-paper/ (accessed 3 March 2009)




Martha Finnemore and Kathryn Sikkink, “International Norm Dynamics and Political Change”, International Organization, vol.52, no.4, 1998, pp.887-917.




Remarks of President Barack Obama at Hradcany Square Prague, Czech Republic on April 5, 2009.

http://prague.usembassy.gov/obama.html (accessed 6 April 2009)




Steve Andreasen, “A Joint Enterprise: Diplomacy to Achieve a World without Nuclear Weapons” Arms Contorol Today, vol.39, April 2009.
http://www.armscontrol.org/act/2009_04/Andreasen (accessed 7 April 2009)
(2009-04-14)

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