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全ロシア国民戦線


伏田寛範(研究員)



「全ロシア国民戦線」とは、2011年12月の下院選挙および翌年3月大統領選挙を見据え、プーチン首相のイニシアティブで結成が予定されている(1) 政治運動(組織)を指す。

2011年5月6日、第二次世界大戦の激戦地ボルゴグラード(2) で開催された政権与党「統一ロシア」の地域総会に参加したプーチン首相(同党党首)は、政治的に与党に近い立場の無党派層からも下院議員候補(3) を選出すべきだとの考えを表明し、幅広い社会団体に選挙への参加を呼び掛ける「全ロシア国民戦線」の創設を提案した(4)。与党「統一ロシア」は9月の党大会で下院選挙の候補者リストを作成する予定だが、「全ロシア国民戦線」もそのリスト作成過程に参加する方針が示された。

プーチン首相は「全ロシア国民戦線」創設の意義を次のように説明している。「すべての建設的な考えが取り入れられるようにするために、また、ロシアの市民団体が最も重要な国家の決定に直接携われる機会がさらに得られるように「全ロシア国民戦線」を創設します」(5)。また、「率直に言いますが、私たちの政権与党「統一ロシア」は新しいアイディアや新しい提案、新しい人々を受け入れる必要があります」(6) とも述べ、支持率に凋落傾向(7) が見られる与党の立て直しを図る目的があることも明らかにした。

「全ロシア国民戦線」へは、学生、教員、女性、退役軍人、年金受給者などの各団体、労働組合、さらには商工会議所をはじめとする実業界の各団体などが参加を表明している。プーチン首相によると、「国民戦線」に参加する各団体は対等の立場で政策プランの策定や議員候補者の選定に携わるという。また、5月末の時点で約150の社会団体が「国民戦線」に参加を希望しているという(8)

現時点では「国民戦線」の選挙公約や綱領と呼べるようなものはない。「国民戦線」のホームページにわずかに書かれた「「2020年までの戦略」(2008年2月にプーチン首相が大統領退任直前に発表した経済構造改革構想)に定められた目標を実現するように努める」(9) とあるのがそれと認められようか。いみじくも自らが創設宣言(案)で「…私たちのリーダー、プーチン氏のイニシアティブを支持し、ロシア大統領の方針を実現させるために…「全ロシア国民戦線」の創設を宣言する」(10) と述べているように、「国民戦線」はプーチン支持の一点において様々な社会的背景の人々を糾合しようとする組織に過ぎないといえよう。これは政権与党の「統一ロシア」についても同様である。

さて、肝心の一般市民は今回の「国民戦線」創設の動きをどのようにみているのであろうか。民間の調査機関レヴァダ・センターのアンケート調査(11) によると、「国民戦線」創設への支持・不支持は拮抗している(「完全に支持する」が7%、「支持する」が33%、「あまり支持しない」が22%、「全く支持しない」が11%)。また、「戦線」創設の目的については、ロシア人の多くが、労働組合やその他社会団体を取り込むことで支持率の低下している「統一ロシア」の人気を回復し、年末の議会選挙での同党の得票率を上げるためのものとみなしている。さらに、「「国民戦線」の戦うべき相手は誰だと思うか」との質問に対しては、26%の人が「誰に対してのものではなく、毎度毎度の官僚主義的な組織で失敗するだろう」とみなし、「組織化されていない〔政権への〕反対者」「汚職に手を染める者たち」と回答したのがそれぞれ21%、続いて12%が「ロシアを内部から弱めようと企む者たち」と答えた。なかなか改善されない汚職問題に多くのロシア人が苛立ちと半ば諦めの気持ちを募らせ、それが政治エリートに対する冷ややかな態度につながっているとうかがえる。

「国民戦線」創設の背景には、市民の意見を十分に汲み取り、政策に反映させるという政党の本来の機能を、与党「統一ロシア」も含めロシアの既存政党のいずれもが十分に果たせていないことがあるのだろう。ロシアの「市民社会」の未熟さに対する政権側からの苛立ちと焦りが、今回の「国民戦線」創設の提案につながったのではなかろうか。だが、政権側からのイニシアティブによる「市民社会」の形成を目指す動きは、政権側の思惑とは反対に、市民の政治への無関心を強めることにもなりかねない。

はたして、幅広い社会層からの意見を取り入れ政策に反映させてゆくというプーチン首相の思惑通りに「国民戦線」が機能するのか、それとも単なる集票マシーンとしてしか機能せず政権与党「統一ロシア」の轍を踏むこととなるのか、今後の、とりわけ選挙後の「国民戦線」の活動に注目が集まる。





注.


(1) 2011年6月中の結成が目指されている(2011年5月現在)。

(2) ソ連時代の一時期、スターリングラードと呼称された。ここでの戦いにより戦局はソ連優勢へと転じた。また、ロシアでは第二次世界大戦のことをしばしば大祖国戦争と呼称する。

(3) ロシアの下院選挙は完全比例代表制を採用している。

(4) プーチン首相は「5月9日〔の対独戦勝記念日〕を前に、スターリングラードの地で、〔新しく創設する組織を〕「全ロシア国民戦線」と名付けるのは全く理にかなったものだと思います」と述べている。http://government.ru/gov/priorities/docs/15104/(2011年5月30日アクセス)

(5) 「全ロシア国民戦線」ホームページより(http://premier.gov.ru/onf/#)、2011年5月30日アクセス。

(6) http://government.ru/gov/priorities/docs/15104/(2011年5月30日アクセス)

(7) 2011年3月の地方選挙での獲得議席数は68%であったものの、得票率は46%と半数を切った。

(8) http://premier.gov.ru/onf/news/15377(2011年5月30日アクセス)

(9) http://premier.gov.ru/onf/declaration(2011年5月30日アクセス)

(10) 同上

(11) 5月13~16日に実施。詳細はhttp://www.levada.ru/press/2011051901.html(2011年5月30日アクセス)を参照されたい。



(2011-05-30)

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