ホーム > 研究活動

コラム/レポート

戻るトップページ印刷/モバイル ページ

2008年大統領選挙における変化(1)



はじめに


アメリカ合衆国の大統領選挙が終わった。バラク・オバマの地すべり的勝利である。戦争と経済恐慌の中で繰り広げられた「一匹狼」を自称する風変わりな共和党候補と「変革」を声高に叫ぶアメリカ人らしからぬ民主党の黒人候補との対決――何十年か経ってから、われわれは今回の選挙を目の当たりにできたことを誇りに思うかもしれない。



史上初めて黒人が大統領に選ばれたこと、史上最高額に達したオバマの選挙運動資金、2500万人もの人々が期日前投票を行ったこと、有権者登録が1億4千万人から1億8千万人にまで一気に跳ね上がったこと、選挙当日投票所に長蛇の列をなす人々、60%を超える記録的投票率、リーバーマンのように民主党の重鎮が共和党の大統領候補を支持したかと思えば、選挙終盤に多くの共和党員がオバマ支持を旗幟鮮明のものとしたこと――今回の選挙はまさに近年にない異色のものであった。



今回の選挙の歴史的意義はどこにあるのだろうか。むろん、黒人がアメリカ史上初めて大統領に選ばれたことの意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。オバマ自身の言葉を借りていえば、彼はまさに「変革」そのものである。しかし、それをもって今回の選挙の意義のすべてであるとみるのは早計である。今回の選挙にはおそらくそれを超える歴史的意義があると私は考えている。以下においてはそれについてみていきたい。



共和党の地理的「後退」




地理的にみて、今回の大統領選挙でマケインが勝利しえた州は伝統的に共和党の金城湯池(stronghold)であり続ける保守的な中西部とフロリダを除く深南部諸州に限られる。境界州に目を転じても、オバマはヴァージニアを制し、かつノースカロライナとミズーリでは大変な接戦を演じた。この選挙結果をみると共和党が完全に南部に「後退」した印象が拭えない。1964年の大統領選挙に登場した「バリー」(ゴールドウォーター)によって南部に勢力を拡張していった共和党は、奇しくも2008年選挙に登場した「もう一人のバリー」(オバマ)によって南部に封じ込められる形になった。このことはどのような意味を持つのか。



民主党は19世紀以来、伝統的に南部の白人農民層を地盤とする保守的政党(“dixiecrat”)という色彩が強かったが、これは1930年代、いわゆるニューディール期において大きな転換点を迎えた。すなわち、労働者、黒人、小農、移民、失業者といった階層が同時期にニューディール政策を支持して一致して民主党に投票するようになり、民主党は広く低所得者層に訴えるリベラルな政党として再編を遂げたのである(西川、189頁)。それに対して共和党は1960年代まではニューイングランドと中西部を基盤とする、今よりも穏健な性格を有する政党であった(久保、2頁)。例えばアイゼンハワー政権による親ニューディール・福祉国家容認的な「共和党穏健主義」路線は(Middle-of-the-Road Republicanism; Modern Republicanism)は共和党の伝統的な穏健性を物語るものであった(Wagner; Rae)。しかし、その後経済保守派と社会保守派の運動が共和党内部で勢力を伸張させるにつれ、共和党穏健派は党内で勢力を失いはじめ、共和党はかつて民主党の地盤であった南部保守層に大きく食い込んで保守的性格を強めるに至った(Black & Black)。



2008年の選挙結果を見て、民主・共和両党の性格が100年前と完全に逆転し、特に南部では南北戦争後20世紀中葉にいたるまでの南部民主党の地位と性格をいまや「南部共和党」が完全に引き継いでいるという印象を強く持つ。逆にいえば、共和党内部に存在した穏健主義の伝統はゴールドウォーターの登場、レーガン政権の誕生以降は勢力を弱め、1990年代半ばの所謂「保守革命」、G..W.ブッシュ政権の迷走、そして,マケインの敗北とともに遂に死に絶えたといえるのではないか。それとともに、かつて「リンカーンの党」として奴隷を開放し、黒人に熱狂をもって迎えられた共和党は深南部と中西部へと「後退」し、もはやそこでしか勝利し得ない少数党(minority party)に転落してしまったという印象を受ける。




2008年選挙で共和党が背負った「負の遺産」





1912年、共和党内部から改革政治の推進を期待するセオドア・ローズヴェルトらの革新派が主流派と袂をわかって脱党し、「革新党」を結党した際、選挙参謀を務めたギフォード・ピンショーは「共和党は一握りの政治家によって殺されつつある」と述べた。この共和党の「死」を宣告する声明はそのまま2008年選挙後の共和党に当てはまるようにも思われる。マケインは本選挙序盤からオバマのことを愛国心にかける、急進的な人物と交流があるといった批判を繰り返してきたが、これは「オバマは白人ではない」ということを訴えるメッセージであった。さらにマケインは社会保守派のペイリンを伴走候補に選び、選挙終盤に差し掛かるとオバマの政策を「社会主義」、「再分配」といった「リベラリズムの負の側面」を強調するレトリックを用いて非難し続けた。今思えば、これらの誹謗戦略(smear)こそ裏目ではなかったか。これらの誹謗中傷を繰り返すことで、かえってマケインは「自分と異なるものに不寛容な偏狭な社会的保守派」というイメージを共和党に植えつけてしまったのではないか。ハーバート・フーヴァー以降の共和党が「世界恐慌を招いた共和党」というイメージを払拭するのに苦心したのと同様、G.W.ブッシュ政権の不人気とマケインの敗戦で有権者に刷り込まれたマイナス・イメージを共和党が今後拭い去ることは容易ではないようにも思われる。今回の選挙で顕著なものとなった共和党の南部への「後退」はそれを象徴する出来事のように思われてならない。



また、オバマに関していえば、共和党の一部を取り込んで選挙で大勝を収めたとはいえ、これはオバマにとって諸刃の剣でもある。特に政権発足後を見据えた場合、民主党主流のリベラル派と選挙終盤でマケインを見限ってオバマ支持を表明した保守派との「政策的共存」、「コアリションの形成と維持」はもとより容易ではない。この点、オバマは政権発足後から難しい舵取りを要求されるのではないかと思う。




おわりに



冒頭で述べたことの繰り返しになるが、あと20年もすれば、ある程度の距離を置いて冷静に今回の選挙の意義を振り返るときがくるであろう。いま、我々が今回の選挙で起きた政治的変化の全体を見渡し、その歴史的意義について安直判断を下すことは難しい。なぜなら、自分自身が変化の真っ只中にいるということは、自分自身も変化を遂げつつある全体の一部であるということに他ならないからである。



いまここで確実にいえることは、2008年の大統領選挙で何らかの大きな変化がアメリカ政治に生じたということである。果たしてオバマはこの地すべり的勝利を利用して政権運営を有利に進めることができるのか。オバマは「変革」を現実のものとすることができるのであろうか。また、一敗地に塗れた共和党は今後、党内刷新を進めていくのだろうか。



いったいアメリカの二大政党はどこへ向かうのか。2008年大統領選挙の後、我々が心に描いてきた「民主党/共和党」の像は大きく移ろいつつあるような気がしてならない。




【参考文献】

:久保文明編『G・W・ブッシュ政権とアメリカの保守勢力――共和党の分析』

  (日本国際問題研究所、2003年)


:西川賢『ニューディール期民主党の変容――政党組織・集票構造・利益誘導』

  (慶應義塾大学出版会、2008年)


:Nicol C. Rae, The Decline and Fall of the Liberal Republicans from 1952 to the Present
  (New York: Oxford University Press)


:Steven Wagner, Eisenhower Republicanism: Pursuing the Middle Way

  (DeKalb: Northern Illinois University Press, 2006)


:Earl Black and Merle Black, The Rise of Southern Republicans

  (Cambridge: the Belknap Press, 2002)


(2008-11-04)

▲ページの先頭へ
戻るトップページ