コラム

2008年大統領選挙における変化(2)


西川 賢(研究員)




はじめに

多くの論者が指摘するように、9.11以降のアメリカ国内外においてはさまざまな形でアメリカの有するイメージ、その評判、アメリカのパワーに関する是々非々、アメリカに対する信頼性に関する議論が盛んに行われてきている(Farber; Snow)。アメリカ国内では「世界ではアメリカ合衆国の政府、文化、人民、歴史を敵視するような言説、所謂『反米主義』であふれかえっているのではあるまいか」とする疑問がもたれるようになった。



反米主義について

スノーによれば、その直接的原因はアメリカ国内のマスメディアの(いささか過剰な)報道、ないしはアメリカ政府当局の外交姿勢であり、アメリカ人は「我々は世界中で嫌われているのではないか」「外国(人)からどのように思われているのか」という素朴かつ率直な疑問を抱くようなっており、アメリカ国内では「反米主義」に関する論争が喚起されている(Snow)。右派は、反米主義はアメリカそのもの(what America is)に対する反感であり、アメリカの体現する価値・信条そのものが問われているとみる。これに対して左派は、反米主義は単にアメリカの対外政策(what America does)に関する感情的反応〔特にブッシュ政権に対する反感〕にすぎず、アメリカが体現する価値や信条までが問題にされているわけではないと見ている(Kennedy)。今、我々が目撃しているのは単なるアメリカ(ブッシュ)政権への一過的批判に過ぎないものなのだろうか、それともより深刻な問題をはらんだ形での「アメリカの世紀から反アメリカの世紀への移り変わり」そのものなのだろうか。




反米主義が盛んに議論されるようになったのは、アメリカ国内の以上のような問題関心の高まりを受けてのことである。その一つの発端となったのは、国務省情報調査局がテロ後の2002年9月、識者を集めて二日にわたって行った「反米主義を考えるためのシンポジウム」(中心的課題「なぜ外国人は我々を嫌うのか」;why do they hate us?)であろう。「反米主義」への関心の高まりは、いわばアメリカにおける9.11以降の国際環境の激変とそれによる問題意識の変遷を独自の形で反映するものであるということもできるであろう。さらにデヴィッド・ケネディも指摘するように、「アメリカ」という国家に関しては、特に今日誰もが「価値中立」であることはできず、アメリカの政治経済、文化、国民などに対して好悪を問わず何らかの強い感情を喚起されざるを得ない。反米主義に関する研究を行うということは、世界の人々によって抱かれる「アメリカ」というイメージの変遷、それぞれの人々にとってアメリカとは何なのか、ということを明らかにする営為(アメリカ研究としての意義)にも直結している(Kennedy)。



ファーバーは編著『外国人は我々アメリカ人をどう思うのか』(What They Think of US?)においても、世界各国における反米主義は極めて多様であり、一枚岩の「反米主義」なる現象はありえないことを主張している(Farber)。ファーバーの編著では外国人のコントリビューター(多くは外国籍でアメリカを中心に主に米英で博士号を取得した若手)により、世界各国の反米主義の様相が質的手法によって分析されている。そこで描かれているアメリカに対する感情は多様なものであり、決して一枚岩の反米主義を見て取ることはできない。たとえば、イラクにおいてさえ対米感情はアンビヴァレントなものであり、新米一色でも反米一色でもない。かつて大英帝国も初期には「オスマン帝国圧制からの解放者」と目されていたが、その後次第に大英帝国の圧制が目立つようになると「新たな支配者、植民主義、シオニスト、石油泥棒」といった反英感情が顕著なものとなっていった。



現在のアメリカに対するイラク国民のイメージは、フセインが大英帝国に重なる否定的イメージをアメリカと重ねあわせたこともあり、「フセイン圧政からの解放者」であると同時に「残酷かつ人殺しの新帝国主義」という両義的イメージを持って見られている。イラクにおける目下の反米主義の根源は、20世紀から21世紀におけるイラクの「占領、植民化、圧制、独裁の経験の連続」という悲劇の歴史をアメリカが正確に理解していないことにも由来するものである。また、たとえば伝統的に親米であるトルコにおいてさえ近年反米感情が増大してきているが、これとてイラク戦争に対してアメリカが地政学的・政治的理由以外の説明ができていないことによって道義的権威(Moral Authority)が失墜したことによるものであり、構造的なものではない。今後のアメリカの対応によって十分に回復可能であると説明されている。



また、コヘインとカッツェンスタインもこのような「反米主義」の定義に関しては、これを「アメリカおよびアメリカ社会一般を否定的に見る心理傾向」と定義している(Keohane & Katzenstein)。その上で、反米主義は時空的に多様かつ多次元のものであり、それを特定の方法によりつつトータルに把握し、分析・理解する必要があると主張している。彼らによれば、反米主義そのものは18世紀から存在してきたが、2002年以降、反米主義は再び世界的潮流になりつつある。この反米主義には二種類のものがあり、一つは「アメリカそのものが嫌い」(what US is)であるという立場、もう一つは「アメリカの行動が単に嫌い」(what US does)なだけという立場に分かれる。いうまでもなく前者はアメリカに対するより徹底的かつ構造的な不信(distrust)やバイアス(bias)に依拠するものであり、新しい情報に接してもその心性を変えることはなく、このような立場に根ざす反米主義を覆すことは容易ではない。このように反米的バイアス/不信がいったん固化し、構造化されてしまえば、アメリカのソフト・パワーに甚大な影響を与え、ひいてはアメリカの外交政策遂行に多大な影響を与える懸念も存在する(根源的反米主義)。しかし、後者はどちらかといえば一過的な一つの意見(opinion)にすぎず、外界からの情報にも開放的性格を有するため、今後の展開次第では状況を覆すことも可能である。両名によれば目下の反米主義の大部分はアメリカの政策に対する反対意見にとどまり、構造的不信/バイアスに根ざすものではなく、アメリカと同盟国間の共同作業を妨げるような影響を及ぼしていない。しかし、各国の事例の中には、反米主義がより構造的な方向へと向かいつつあるとうかがわせるような事例も存在するため、反米主義が強固になり固定化されていけばいくほど、それがテロリストのような苛烈な反米勢力を糾合する一種のソフト・パワーとして利用される懸念も存在する。それは同時にアメリカ自身の有するソフト・パワーの低下を意味するものでもあり、仮説の域を出ないがアメリカの政策遂行能力を長期的には損なうこともありえなくはないであろう。



結び:オバマ政権の今後

いよいよバラク・オバマ新政権が発足する。
オバマが「世界におけるアメリカの道徳水準を回復するため」と称して、人権侵害の象徴のように考えられているグアンタナモ刑務所閉鎖を検討しているのは、グアンタナモやアブ・グレイブでの虐待事件を通じて失墜した米国の国際的信用、イメージを回復しようとするソフト・パワー的思考の現われと見ることができる。オバマは選挙中から自分の外交目標は「アメリカのイメージの改善」、「世界におけるアメリカのリーダーシップの刷新」にあるとし、そのために多国間主義的アプローチをよりいっそう重視するとしているが、果たしてオバマはアメリカの国際的イメージ・信用の回復に成功するであろうか。今後の動静を見守りたい。



【参考文献】

:Nancy Snow, The Arrogance of American Power: What US Leaders are Doing Wrong and Why It’s Our Duty to Dissent (Lanham: Rowman & Littlefield, 2007)

:Linda Gordon, “Hating America: Anti-Americanism and the American Left,” in Andrew Ross and Kristin Ross (eds.) Anti-Americanism (New York: New York U.P., 2004)

:「反米主義を考えるためのシンポジウム」は下記のURL参照。

http://usinfo.state.gov/regional/nea/sasia/afgan/text/0828state.htm , accessed June 2007

:Andrew Ross and Kristin Ross (eds.) Anti-Americanism (New York: New York U.P., 2004)

:David M. Kennedy, “Imagining America: The Promise and Peril of Boundlessness,” in Peter J. Katzenstein and Robert O. Keohane (eds.) Anti-Americanisms in World Politics (Ithaca: Cornell U.P., 2007)

:David Farber (eds.) What They Think of US? International Perceptions of the United States since 9/11 (Princeton: Princeton U.P., 2007)

:Barack Obama, The Audacity of Hope



注記:本コラムは著者が以前に慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所で行った報告に加筆したものである。



(2009-01-04)

▲ページの先頭へ
戻るトップページ