出版

『アメリカ学会会報』 No.160 2006年4月 6p

『米国民主党−2008年政権奪回への課題』

 本書は、その序文にあるとおり、平成15年度に刊行された『G・W・ブッシュ政権とアメリカの保守勢力−共和党の分析』の続編である。ともすれば合衆国のジャーナリズムの後追いに走りがちな日本のマスメディアとは明らかな一線を画して書かれた本書は、21 世紀のアメリカ政党政治を考えるうえで必須文献の一つであろう。
 ニュー・デモクラットたちの指導者であったB・クリントンが大統領になるとともに、民主党の性格が大きく変わったのはよく知られている。では、彼の後継者であったA・ゴアが国制の危機をも生んだ空前の接戦で敗れた後、2004年大統領選挙で再び敗れ去った民主党は、どのような状態に置かれたのか。2000年選挙後に一時的に実現した上院での勢力均衡は2002年選挙でもろくも崩れ、共和党支配が続く下院でも民主党が多数党化する見込みはまったくたっていない。廣瀬淳子氏が執筆した連邦議会の動向を見ると、共和党に有利な現在の選挙区割りが「次の2010年国勢調査後の区割りまで継続することを考えると、共和党に大きな失政やスキャンダルがないかぎり、2010年までは同党が下院で多数派を維持する可能性が高い」(本書、98頁)のである。
 イラク戦争をめぐりブッシュ批判を爆発させた民主党のリベラル陣営にとって、共和党が支配する21世紀のアメリカ連邦政治は腐敗以外の何物でもない。この腐敗に直面した民主党の意気は、J・ケリーの敗戦後、ますます軒高になっている。久保文明氏の論文によれば、ニュー・デモクラットたちの多くはケリーではブッシュに勝てないとわかっていた。また、安全保障や文化的価値観の問題で党内左派の影響力を抑えようとする彼らにとって、敗戦後の全国委員会委員長をめぐる人事も不安の種になっている。予備選挙においてブッシュを痛烈に攻撃することで旋風を巻き起こした H・ディーンが、委員長になったためである。 一方、リベラル派を分析した砂田一郎氏によれば、草の根のネットワークを組織し有権者動員で成果を収めた彼らは、自派の党内での影響力に自信を深めている。逆風が続くなかでリベラル派とニュー・デモクラットは共和党打倒の一点に集中して大同団結せざるを得ない状況が生まれており、しかも、この両者が提携して党組織強化に取り組むなら、次回の大統領選挙で民主党が勝利する可能性は高いためである。
 本書には、その他に民主党再建の核となるJ・ポデスタの動き、民主党の外交戦略、支持基盤であるマイノリティ、労働運動、訴訟弁護士を扱った諸章が置かれている。そのいずれもが、長期的な視点から民主党が直面した政治環境の構造的な変化を明らかにしており、この結果、本書は息長く読み継がれる研究書になると思われる。
 本書を受けた政党研究の課題を評者なりにあげるなら、第一に、ニューディールはおろかニューレフトの時代の党の在り方からも脱皮しようとする民主党をアメリカの民主主義の歴史の上でいかに位置づけるか。第二に、その名に「民主」を冠したこの党の現状を考えると、20世紀世界において民主主義の一つの典型であったアメリカ政治が21世紀に入ってもいまだ典型であり続けているといえるのか、この二つの検討ではないであろうか。

中野博文 (北九州市立大学)