出版

『中央公論』  2006年2月号 pp.337-338

『米国民主党-2008年政権奪回への課題』

日々流転する政局の根底を見極めるための羅針盤

評者・渡辺靖


2004年の米大統領選挙を見ていて、私が共和党の勝利を強く予感した瞬間がある。それは、同年9月に行われた共和党大会で、 ジョン・ケリー民主党候補の話題になって、マジソンスクウェアガーデンを埋め尽くした共和党支持者たちが、一斉に "flip-flop, flip-flop!"(「右往左往、変節漢!」)と両腕を左右に振るのを目にした時だ。思わず笑ってしまったが、あまりに インパクトがある、日本の選挙ではあり得ない演出だ。以後、選挙戦をめぐるディスコースの主導権を共和党が握り、民主党は 「ジョン・ケリー」そのものを争点にしたまま投票日を迎えることになってしまった。

しかし、マサチューセッツ州への留学中、ケリー候補(同州選出の連邦上院議員)を比較的近くで見てきた一人としては、腑に落 ちない部分が多々あった。同氏がそれほどの「変節漢」や「リベラル」だという印象を持っていなかったからだ。もちろん、これ を共和党の巧みな選挙戦術の成果であるとか、同氏の個人的資質の問題として説明することはできる。でも本当にそれだけだろう か。

本書はこうした疑問に対して、「民主党」という視点から説明を試みた力作だ。そこでは、2004年の大統領選挙の分析を通して、 民主党が抱える構造的・イデオロギー的・戦術的な課題を浮き彫りにしつつ、今後の民主党(ひいてはアメリカ政治)の動向を理 解していくための重要な視座の数々が提供されている。

具体的には、(1)党内各派(穏健派、リベラル派、グラスルーツ、連邦議会など)の動向、(2)党の外交・安全保障政策 (とくに対アジア政策)、(3)支持基盤の分析(マイノリティ集団、労働組合、法廷弁護士協会など)の三部構成になっている が、編者の久保文明氏をはじめ第一線で活躍している執筆者9名による珠玉の論文集となっている。

民主党の現在について、これほど包括的かつ綿密に論じた研究書はアメリカでも未だ出版されておらず、日本におけるアメリカ政 治研究の水準の高さを象徴している。また、同編者により2003年に刊行された、本書の姉妹編かつ前編ともいえる『G・W・ブッシ ュ政権とアメリカの保守勢力−共和党の分析』(日本国際問題研究所)と併せて読む時、そこには単なる時事的事象の理解を超え た、政党政治やアメリカ社会、あるいは民主主義の本質に関わる、より大きな問いすら透けてきそうだ。

今日、共和党がホワイトハウス、連邦議会上下両院、連邦最高裁判所を支配し、州レベルでも知事や議会において優勢を保ってい るの周知の通りである。しかし、「共和党による恒久的支配」という楽観的(ないし悲観的)なビジョンとは裏腹に、例えば、 2004年の大統領選挙では、ほぼ半数の票が民主党に投じられたわけだし、オハイオ州の形勢が逆転していれば政権交代となってい た。加えて、最近の相次ぐ不祥事や不手際も災いし、ブッシュ政権への反発や共和党退潮の兆しも顕著になっている。日々流転す る政局の根底を見極めるためにも、本書は我々にとっての羅針盤として、その存在価値を一層高めてゆくことだろう。


(わたなべやすし・慶應義塾大学助教授)