出版

『生活経済政策』  2006年1月号 (No.108) 32p

『米国民主党−2008年政権奪回への課題』

評者:中野博文(北九州市立大学外国語学部教授)


「ブッシュに連敗したとはいえ、われわれは国民の49パーセントの支持を得ている」。1984年選挙で民主党リベラルの立場からレ ーガンに挑戦したG・ハートは、この春のオックスフォード大学のセミナーでこう語った。

少しの誇張はあるものの、この言葉は虚妄ではない。ブッシュは再選された大統領としては、20世紀初頭以来、もっとも僅差の勝 利を収めた。民主党候補ケリーとの得票差は2.8パーセントである。ハートの自信に満ちた態度を間近に見た評者は、アメリカと 世界を誤った方向へと導くブッシュに対する烈々たる闘志、そして、あと一歩、国民の心に響くメッセージを伝えれば保守が支配 する政界を刷新できるという信念を感じて、強い印象を受けた。

無論、49パーセントから51パーセントへと支持を広げ、民主党が多数派になるのは容易ではない。ブッシュ共和党の強さの秘密は、 無党派層に媚びを売るような政策を捨て、明確な保守の理念を打ち出して自己の堅い基盤である宗教右派や反リベラル派の組織を 最大限に動員することにあった。2パーセントの差とはいえ、共和党の勝利はまさしく地に足の着いた有権者動員の力の差を反映し たものであって、その突破は難しい。

2パーセントの壁をいかに打ち破るのか。本書はこの問いに向かって民主党が苦闘する有様を生々しく伝えた好著で ある。我が国で期待し得る最良の著作である本書の特長を、あえて一つだけ挙げるなら、それは序文で久保文明氏が示していると おり、「民主党についての幻想や根拠なき期待、そして誤った理解」をはっきりとただした点にある。ブッシュのアメリカに対抗 するもう一つのアメリカを民主党の中に見ることはできる。しかし、久保氏の指摘するとおり、民主党の外交エリートの多くは戦 争支持に傾いていた。

思えば、クリントン政権の功績は、共和党の保守的政策を進んで民主党のものにして支持基盤の拡大をはかったことにあった。 このことを考えれば、クリントン支持の穏健派にブッシュ減税に理解を示し、京都議定書などの問題で共和党と同じ立場を取る者 が多いのも不思議はない。また、穏健派と対立するリベラル派についてもその実態をつぶさに見れば、本書で篠田徹氏が紹介して いる経営修士号を保有した高学歴の労働運動家、中山俊宏氏が描く訴訟弁護士は、きわめてエリート主義的な性格をもっている。 久保氏が論じている穏健派党人や松方直孝氏が示している外交専門家の行動とあわせて、こうした民主党リベラル派の活動を考え るとき、彼らと共和党との根底的な同一性に思いをいたす読者も少なくないであろう。

その一方、絶えず革新を求めてダイナミックな動きを示し、予想もつかない形で変革を遂げるのがアメリカ政治の歴史的特徴である。草の根組織を立ち上げて党内抗争を有利に進めようとするリベラル派と、リベラルの復権を警戒する穏健派、反戦派の台頭とそれを警戒する外交エリート、共和党の切り崩しを受けた民主党支持のマイノリティ層の動きなどが重なりながら、すでに次の大統領選挙を目指した政治活動が活発化している。民主党内での指導権争いにしのぎを削る各派のエネルギーを反共和党の一点に向けてまとめる候補とキャッチフレーズに恵まれれば、2パーセントの壁は簡単に打ち破れるであろうし、新大統領は斬新な政策革新をおこなうかもしれない。

ただし、それがレーガン政権以降の保守化したアメリカ社会を変革する動きにつらなっていくのかどうかは別の問題である。 本書によって民主党各派の動きを知った読者は、どうしてもこの点に思いをめぐらすことになろう。 (筆者は、東京大学大学院法学政治学研究科教授)