出版

『アメリカ学会会報』 No.178 April 2012 p.10

新刊紹介      久保文明編
『アメリカ政治を支えるもの ― 政治的インフラストラクチャーの研究』
(日本国際問題研究所 2010年 本体価格:2,940円+税)

財団法人日本国際問題研究所による「JIIA現代アメリカ」シリーズの最新巻(第9巻)は,「政治的インフラストラクチャー」(以下,政治インフラと略記)という,日本人には聞き慣れず,理解が難しい,しかし重要な概念を対象とした研究書である。

 序章・久保論文によれば,政治インフラとは,「直近の選挙や政治過程において影響力を発揮するだけでなく,中長期的かつより一般的な政治的影響力の増進を目的として,特定の政治勢力あるいは特定の政策専門家集団が構築し,あるいは利用する団体・組織・制度」と定義される。この政治インフラを体系的に学ぶ理由は,現代アメリカ政治のあらゆる側面においてプレゼンスが高まっているからに他ならない。他方,政治インフラは,その影響力を厳密に捉えることが難しいため,本国アメリカでは研究が進んでいない。しかし,「たとえ研究上の困難が巨大であったとしても,とりわけ,方法論上の問題を抱えているとしても,研究しなくてよいということにはならない」との認識に基づき,本書では,12人の研究者・実務家によって,各種の政治インフラが登場・発達し,政党との関わりを深めてきた経緯が詳述される。

 本書は三部からなり,第一部では,財団,シンクタンク,メディア,オピニオン誌,メディア監視団体が,第二部では,宗教団体,法曹,コミュニティー・オーガニゼーション,軍,政治家養成機構がそれぞれ取り上げられている。加えて,第三部で,対日政策と対中国政策に関わる政治インフラの動向が紹介される。アメリカ政治研究が他の地域の研究と大きく異なる点は,情報の不足よりも情報の過多に悩まされることである。各分野の専門家による情報の精査が為された本書を学ぶことによって,リアル・タイムの報道や論説において政治インフラが登場する際に,何が本当に適切あるいは重要なことであるかを判断することが格段に容易になるであろう。

 本書のもうひとつの意義は,政治インフラを学ぶことで,中長期的なアメリカ政治の変動をよりよく理解できることである。各章が指摘する政治インフラの発展の経緯は,リベラルの優位に気付いた共和党(主に保守派)が政治インフラを構築することで優位に立ち,これを受けて民主党勢力が政治インフラの強化を図り,現在に至る,というものである。この,リベラル優位→保守化→分極化という流れは,ニュー・ディール以降のアメリカの政党政治全体の流れと符合するものである。政党制の変化は,様々な要因が互いにかつ長期的に影響し合うことで進行する複雑なプロセスであり,本書は,このブラック・ボックスをこじ開ける作業として読むこともできる。

 後続のアメリカ研究者にとっては,政治インフラの展開を継続的にフォローする作業,および,政治インフラの発展と政党制との因果関係やその経路をより厳密に検証する作業が,大きな課題となるであろう。

松本 俊太(名城大学)