
CSCAP「包括的及び協調的安全保障」作業部会 (星野 俊也)
アジア太平洋地域の安全保障対話を民間レベル(トラックⅡ)で支援するアジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)の「包括的及び協調的安全保障」作業部会の第4回会合が去る9月14〜16日マレイシアのクアラルンプールにおいて開催された。
本作業部会は、従来からの伝統的な軍事的な安全保障のアプローチとは別に、アジア太平洋地域での新しい安全保障協力のあり方を「包括的(総合)安全保障」あるいは「協調的安全保障」という概念をキーワードに研究を重ね、政府間対話に知的貢献を行うことを目的に設置されたものである。
本作業部会では、これまでも「包括的及び協調的安全保障」概念そのものの精緻化とその適用についての議論や「経済」と「安全保障」との交差する問題などについての討論を行っている。
今回の会合では、こうした研究の延長から、アジア太平洋地域の文脈におけるグローバリゼーションと国家の役割、環境安全保障、食糧安全保障、資源をめぐる対立、エネルギーと安全保障、といった課題について活発に議論された。
会合には共同議長メンバーのマレイシア、ニュージーランド、中国を含む13のCSCAP加盟委員会(うち1つは準メンバー)と台湾からの専門家が参加した。日本からは高橋邦夫当研究所研究調整部長と菊池努青山学院大学教授兼当研究所客員研究員および筆者が出席した。
経済のグローバリゼーションが国家に及ぼす影響を取り上げたセッションでは、前回に引き続き(前回会合では筆者が「ビジネスの多国籍化と安全保障」について報告した)、多国籍企業の活発な行動とそれに伴う海外直接投資が現状では国家間の貿易関係などよりも大きな意味を持ち、かつ貿易のあり方も複数国内に展開する「多国籍企業内」のものが急速に拡大をしていることなどに基づく変化(たとえば、通商交渉の対象として国内制度の比重が高まり、かつ国家の競争力といった概念の内容も変化する状況など)が議論された。
折しも欧米投機筋の介入により東南アジアの各国が次々と通貨危機に直面するといった時期でもあり、ある意味で国家の役割の「限界」に関心が集まった。その一方で、国家の超越に着目する欧州からの参加者に対し、東南アジアの参加者からかかる変革期にあってこそ東アジアにおいて国家の役割はむしろ重要となっているといった指摘も聞かれ、対照的であった。
そのほか、環境や食糧、エネルギーなど国境を越える問題について、アジア太平洋地域における特性や対応策などがさかんに論じられた。
「食糧安全保障」については高橋部長が報告、この地域の人口動向や経済発展の展望の中での需給バランスの問題とともに食糧の配分システムの問題なども分析し、先進国、NIES諸国、途上国など、それぞれの食糧安全保障への対応について議論した。
食糧にとどまらず、環境やエネルギーなどを含むこうした超国家的な諸問題の改善に関しては、これまでも有益な指摘が数々なされていながら、なかなか現実の世界で実行が伴わないもどかしさを訴える意見もあった。
「環境」といえば、ちょうどこの会合の開催されたクアラルンプールではインドネシアのスマトラ島やカリマンタン島での山林火災による煙害がマレー半島を覆い、それに大気汚染も重なって100メートル先も見通せないほどの視界不良の状況が続き、人々の健康への深刻な影響も懸念される事態になっており、はからずもこの問題の広がりを現実味を持って実感する機会ともなった。
なお、今回より本作業部会の幹事であったマレイシアとニュージーランドに中国が新たに加わるかたちで、議事進行にも積極的に貢献した。これは中国がアジア太平洋の安全保障対話に積極的な姿勢を示している一つの現われとして注目されたことを付記しておきたい。
(アメリカ研究センター主任研究員)
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