JIIA講演会 米中央情報局(CIA)元長官 R. James Woolsey
「イラクと北朝鮮について」

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 2003年5月9日(金)、(財)日本国際問題研究所にR. James Woolsey 米中央情報局(CIA)元長官、現Booz Allen Hamilton社(国際的経営戦略コンサルティング会社)副社長が訪れ、佐藤行雄当研究所理事長司会のもとで、「イラクと北朝鮮について」と題する講演会を行った。
 以下は、当研究所が作成した要旨であり、講演をそのまま書き起こしたものではない。


R. James Woolsey氏略歴:
1941年、米国オクラホマ州出身、スタンフォード大学卒業、オックスフォード大学院修士号。民主党・共和党両政権下で、SALT交渉をはじめとする安全保障分野において要職を歴任。クリントン政権下でCIA長官(1993〜95年)として活躍、米国を代表とする新保守主義(ネオコン)の論客として広く政財界に影響力を有する。

講演要旨:

 ウールジーCIA元長官は最近のイラク、イラン及び北朝鮮情勢について次のような見解を示した。
 現在、世界には安全保障上の脅威を生み出す3つの脅威がある。第1の勢力が、アルカイダとそれを支持する全体主義的イデオロギーを有するイスラム教スンニ派の人々である。第2の勢力が、1970年代にホメイニ氏によって確立されたテヘランの政府やヒズボラを構成するイスラム教シーア派である。第3の勢力が、イラン、リビア、シリア、スーダン、そして北朝鮮などの「ならず者国家」(Rogue States)である。
 イスラム教シーア派に関して言えば、特にイランは核兵器開発に力を注いでおり、われわれにとっての大きな脅威となっている。イランでは、ハタミ政権のもとでイラン版「ペレストロイカ」や「グラスチノスチ」が進められてきたが、結局のところイランの民主化は失敗に終わっている。最も警戒すべきは、現在のイランには、イラクにも全体主義的神権国家を作るのを企てる勢力が存在することである。アメリカ、イギリス、ポーランド、そしてその他の民主主義国家は、イラクに全体主義的神権国家を作ろうと企てる勢力が、イランから潜入することを断固として食い止め、イラクに民主主義を確立しなければならない。
 北朝鮮における大量破壊兵器の拡散の可能性、とりわけ核開発問題は北東アジアのみならず世界全体にとって深刻な脅威である。パウエル国務長官が言及しているように、北朝鮮が核兵器や核分裂物質(プルトニウム、ウラニウム)の保有と輸出を断固として阻止することが重要である。北朝鮮は、アメリカや韓国などにたいして、核開発を行わないと約束してきているにも拘らず、先日、北朝鮮へ密輸されようとしていたプルトニウム濃縮機器がバンコク経由で香港において押収されたことにも示されるように、北朝鮮は裏チャンネルを使ってそれを行っている。核兵器開発のために必要な核分裂物質はわずか少量である。北朝鮮が、核燃料再処理でプルトニウムを抽出してウラン高濃縮作業を続け、核分裂物質を弾頭に乗せて発射するかもしれないという危険性に加えて、北朝鮮が核分裂物質をテロリストや他の諸国に対して不正輸出するかもしれないという危険性も考慮に入れなければならない。

北朝鮮に対して取るべき対応は以下の3つである。
 第1は、日米間における弾道ミサイル防衛(BMD)の開発をできるだけ早急に進めるべきである。特に、海上ベースのミサイル防衛を強化するべきである。とりわけ日米両国が保有するイージス艦へのBMD装備搭載などが重要である。
 第2は、北朝鮮を国際的な核ビジネスへ参入することをとどめることである。その鍵を握るのは中国である。これに関して最近中国は2つのよい兆候を見せている。その1つが、中国が北朝鮮に対する石油供給を短期的ではあるがカットしたことである。2つめは、北朝鮮の核開発問題をめぐる多国間(3カ国)協議への参加である。だが、SARSによって中国の北朝鮮をめぐる核開発の取り組みに遅れが見られる可能性がある。中国政府の新世代の指導者たちは一刻もはやくSARSの問題に対応するとともに、責任ある立場で北朝鮮の核開発問題に対処してほしい。
 第3は、もしも北朝鮮がこのまま経済困難を打破するために、国際的な麻薬密輸を続け、さらには、北朝鮮が核分裂物質(プルトニウム、ウラニウム)密輸に手を染め、なおかつ中国がこれを阻止するために北朝鮮への説得を失敗すれば、最終手段としてわれわれは北朝鮮に対して軍事力を行使せざるを得ない。軍事力行使を回避するためにも、アメリカは中国が北朝鮮に対して強い態度を取るよう促さなければならない。確かに、北朝鮮に対する武力行使は朝鮮半島に厳しい状況を引き起こすかもしれない。だが、北朝鮮が「ならず者国家」として存続しつづけ、北朝鮮が核兵器を保有または輸出したことによって生じるであろう北東アジア諸国、テロリスト、そして全世界へと及ぶ悪影響を考慮に入れれば、軍事力行使はやむを得ないであろう。

 しかしこのような今日の状況をそれほど悲観すべきではない。歴史を振り返ってみれば、第2次世界大戦後、多くの国々が民主化を遂げてきた。現在、世界には121の民主主義国家が存在するという。そのなかの89カ国は、アメリカ合衆国や日本といった、法治国家であり自由選挙が実施されている完全な民主主義国家である。残りの32カ国は、ロシアのような部分的に自由ではあるが、まだいくつかの問題を抱える国家のことを指す。世界の60パーセントは民主主義国家である。民主化した国々の中には、必ずしも近代化を経験せず、なおかつ民主主義の伝統さえない国々もある。そして日本、ドイツ、ロシアのように、かつて民主化は不可能であろうと思われた国家も次々と民主化を達成してきた。また、民主化は軍縮をも促進させる。1980年代から90年代にかけてブラジル、アルゼンチン、南アフリカは核開発を断念した。民主化が進んだゆえのことである。民主主義国家は互いに戦争をしないものである。われわれは平和と自由のためにも民主主義を世界に広める必要があり、あらゆる平和的な外交的努力を行うべきである。だが、北東アジアや中東に存在する民主主義国家以前の「ならず者国家」に対する選択肢として、軍事力行使の可能性を捨てることはできない。われわれはもちろん軍事力行使がないことを強く願ってはいるが。特に、ここ数週間の北朝鮮の振る舞いを観察していると、ひょっとすると軍事力行使の他には選択肢しかないのではないかとも思われる。

質疑応答要旨(抜粋):

Q.  民主化を進めることと武力行使は分離して考えるべきではないか。第2次世界大戦後、武力によって民主化を果たしたのは実際にはドイツと日本だけである。1970年代の第3の波に見られるように、他の多くの国々は、武力行使によってではなく、他の要因によって民主化したのである。今回のイラク戦争について言えば、むしろ大量破壊兵器やテロといった脅威の除去のために行ったと考えるべきではないか。いずれにせよ、今回のアメリカの対イラク武力行使は手段として妥当だったのだろうか?

A.  戦後、アメリカが軍事力行使を行ったのは、韓国、グレナダ、パナマなどに対してである。武力行使に関して言えば、他に代案があるかどうかという点を考慮に入れなければならない。私は武力行使が最善の策だとは思わない。武力行使は最後に唯一残された道として残されたものである。この意味において、10年もの間国連の決議を無視してきたイラクに対して取った、アメリカ、イギリス、オーストラリアその他の連合軍の取った措置は正しかったと見るべきである。また、北朝鮮情勢に関しても、もしも他に全く選択肢がない状況になったら、武力行使も止むを得ない。
Q.  新保守主義派(ネオコン)の定義とは?あなたはネオコンと呼ばれることを受け入れるか?

A.  新保守主義という言葉は、もともとノーマン・ポドホレッツやアービン・クリストルといった左翼から転向した人々を指すものであった。彼らは1970年代に保守化していったのである。現在、リチャード・パール、ウォルフォウィッツや自分もネオコンと呼ばれているが、ネオコンとは別段新しい勢力ではないし、「ネオ」(新しい)と呼ばれるのは意外な感じがする。私はアメリカ国内の政策に関してはむしろリベラル派と言ってよいだろう。例えば、環境保護派の私にとって、ブッシュ政権の政策を受け入れることはできない。私は新保守主義と呼ばれても構わないが、厳密に言うのであれば、むしろスクープ・ジャクソンデモクラットと呼ばれるほうがより適切だと思う。
Q.  現在の情勢を第4次世界大戦(World War IX)と捉える見方もあるが、第2次冷戦(Cold War II)として捉えることもできるだろう。このような状況にあって、われわれはどんな将来像を描いたらよいのであろうか。第1次冷戦下においては、米ソ間に相互核抑止力が作用しており、交渉による外交が可能であった。そして最後は米ソどちらが長く持つかという持久戦であった。しかしながら、現在の第2次冷戦下ではどのように戦っていけばよいのであろうか?イラクの民主化の後は、他の中東諸国を、といったように実力を以って1つ1つ潰していくしかないのか?

A.  確かに中東情勢は混迷しているが、全く希望がないというわけではない。9・11同時多発テロの後、中東にはタリバンや全体主義的国家体制に反対する人々が増えている。あと2〜3年は掛かるであろうが、イラクの民主化はいずれ達成されるだろう。さらにそれはイランやアフガニスタンにも及ぶであろう。正しい大学高等教育や言論の自由を確立すれば、中東の若者たちは必ずや、民主化を求めるようになるであろう。中東を民主主義へと導くために、アメリカやヨーロッパ、そして日本はそれぞれ違う形で貢献することができるであろう。また、アジアについて言えば、同地域には日米安保が存在するため、より安定的な地域となっている。北朝鮮の核問題に関しても、日米安保条約に基づいて日米両国が緊密な連携をはかっていくべきである。第1次冷戦が主として非軍事的手段を用いて戦われたことを想起すべきであり、対テロ戦争を第4次世界大戦と呼ぶのであれ、第2次冷戦と呼ぶのであれ、武力行使のみで対応すべきではないことを強調したい。
(担当研究員:中山俊宏・松本はる香)