アブドゥル・ラザック・バギンダ(Abdul Razak Baginda)
マレーシア戦略研究所所長
懇談会「不確実な時代の地域安全保障:マレーシアの視点から」

Mr.Baginda

2003年10月2日(金)、日本国際問題研究所において、バギンダ所長を迎え、政府実務者、学者、マスコミ、企業人を交えての懇談会が開催された。バギンダ所長はマハティール元首相の後継であるアブドゥラ首相を筆頭に、新政権ナンバー2のナジブ国防大臣の側近中の側近であり、マレーシアにおける安全保障問題の第一人者である。


バギンダ氏略歴:
ロンドン大学、キングスカレッジ修士号(安全保障学)。マレーシア農業大学、マレーシア国民大学戦略安全保障研究所において教鞭を取った後、マレーシア国軍大学戦略研究・国際関係学部長を経て、1993年、マレーシア戦略研究所所長に就任、現職。同研究所所長を務める傍ら、マレーシア最大与党である統一マレー国民組織(UMNO)の中心的存在であるナジブ国防大臣の側近を務める。World Economic Forum's (Davos) Global Leaders for Tomorrow、英国戦略国際研究所委員等も兼務。安全保障・国際関係及びマレーシア政治に関する英語・マレー語での著作多数。新聞・メディアでも活躍。


以下はバギンダ所長の懇談会要旨である。

冷戦時代の国際関係は米ソの核のバランスの下で成り立っていた。だが、冷戦の終結にともない、平和の配当に対する期待が高まった。実際には、紛争の発火点がある程度予測可能であった冷戦期に比べて、冷戦後は非常に不確実な時代に入ったと言える。

マレーシアは基本的には民主国家である。マレーシアの民主主義は、「半民主主義」、「準民主主義」、「擬似民主主義」などと形容されることがあるが、実際のところこれまでマレーシアは長期的な安定性を享受してきた。マハティール首相退陣後の政権に関して、さまざまな期待・予測があり、その一部にはポスト・マハティール期のマレーシアの政治的不安定を危ぶむ声もある。しかしながら、今後もマレーシアの政治システムは基本的に安定しており、政権が交替したからといって、大きな変動はないと見るべきであろう。

マレーシアにおける国内治安維持安法(ISA: Internal Security Act)について言及したい。ISAはわれわれが共産主義と戦った際にイギリスから引き継いだものである。マレーシアが引き続きISAを続行する意義に関して言えば、ISAは基本的には先制措置であると考えるべきであろう。マレーシア政府は、ISAのおかげで迅速な行動を取ることが可能であり、このような措置はテロを予防するためには重要である。もしもISAなしに、何ら措置が取られず、マレーシアの国内で爆破テロでも起きようものなら、即時にすべての飛行機がキャンセルされ、観光客も遠ざかってしまうことになるだろう。通常の法体系の中ではそのような事態を避けるための十分な措置を講じることができないため、マレーシアはISAに頼らざるを得ない状況にあるのである。

拡散安全保障イニシアティブ(PSI)は、興味深い進展ではあるものの、これに関して多少の危惧を抱いている。なぜならば、PSIは必ずしも当事者ではない国々から構成されているからである。ASEAN地域の拡散・大量破壊兵器問題に関して言えば、PSIはASEANの協力のもとで進められるべきである。特に、マレーシアはPSIについては協力的であり、マレーシアを味方につけることは有益であるだろう。私は、PSIはアメリカ主導で行われるべきではないと考えている。日本はASEAN諸国の信頼を得るためにも、対米重視に傾倒することなく、バランスの取れた方策が講じられるよう国際社会に働きかけてゆくべきではないだろうか。

ASEAN安全保障共同体は、共同体ではあるがその結びつきは比較的緩やかで、安全保障を確保するためにすべてのASEAN諸国のコミットメントを結束させるものであり、明確な枠組みのない概念的なものであると考えるべきであろう。マレーシアはASEAN安全保障共同体の形成を歓迎するが、例えば海賊問題などの個別具体的な安全保障上の脅威に対して、共同体が積極的なコミットメントを行い、さらに、行動計画を作成し、それを効果的かつ実務的に実施することが重要である。われわれが共同体のなかで取り組むべき課題は多くある。

(担当研究員:松本はる香)