2003年10月8日、日本国際問題研究所において、ユスフ・ワナンディ・インドネシア戦略国際問題研究所理事・上級研究員を迎えて、当研究所佐藤行雄理事長の司会のもとで、「インドネシアとテロリズム」と題する懇談会を開催した。インドネシアでは、200人以上の犠牲者を出したバリ島爆弾テロ(2002年10月)やジャカルタのホテル爆弾テロ(2003年8月)などの大規模テロ事件が頻発している。このような緊迫した情勢のなかで、インドネシアがテロリズムに対抗するためにいかなる方策を講じてゆくべきなのか、次期インドネシア大統領選挙の動向も踏まえつつ、インドネシアのみならずASEANを代表する安全保障問題の大家であるワナンディ氏が語った。
インドネシアにおいて、テロリストがネットワークを構築して活動を展開できるようになった背景には、1997〜98年のアジア金融危機に伴う政府の弱体化がある。3年の間に三度も政権が交代したことからも明らかなように、リーダーシップが欠如し、加えて金融危機が重なったことにより政権の脆弱性が増したことがある。1400万人に上る失業・不完全雇用、経済危機、汚職の蔓延、軍隊や警察の脆弱さと改革の遅れ、また、スハルト政権が崩壊する以前から、警察や軍隊の間には、一部のイスラム過激派との癒着が見られていた。このような要素が、インドネシアにおけるテロの活動を可能にした側面がある。 |
バリ島でのテロ事件やジャカルタ市内のホテルでの爆破事件へ関与していると見られているジェマー・イスラミアの活動が発展した理由は以下の要因による。スハルト政権下で弾圧を受け、地下活動をしていたジェーマ・イスラミアは、同政権が1998年に崩壊したのに伴い、その指導者の一部がインドネシアに戻った。その当時、インドネシアではスハルト政権により制圧されたイスラムの過激派集団が、スハルト大統領の息子や、学生やNGOに対抗するため、軍と協力関係を結び、インドネシア軍の突撃部隊として活動していた。当時インドネシア軍は、国際社会からの批難を懸念したため、学生に対する直接的行動は避け、これらのイスラム過激派を利用して学生などに対し攻撃を行った。このような背景から、スハルト政権崩壊後、イスラム過激派は次第に活動の幅を広げることになり、活動はさらに無秩序なものへと発展していったのである。 |
テロリズムに対抗するためには、諜報当局や警察が講じている対策だけでなく、国内問題に適切に対処することが肝要である。政教分離、民主主義、経済成長、社会正義を実現することで穏健的な近代的民主国家として、また経済力のある国家として成功を収めることができれば、過激派やテロの活動を抑制することも可能となってくるだろう。世界最大のイスラム国家であるインドネシアがテロ制圧に成功すれば、世界中のイスラム国家にとって手本となることから、国際社会にとっても大きな意味を持つであろう。 |
次期大統領選挙に関して言えば、穏健派イスラム教徒が大統領になるのが最も理想的である。インドネシアでは2004年、9ヶ月にわたって選挙が行われるが、4月の総選挙は初の国会議員・地方代表選出選挙となり、7月と9月には初の大統領直接選挙が行われる。穏健派イスラム教徒が指導者となることが重要であるという考えは広く支持されている。イスラム教徒と非イスラム教徒間の衝突が減少傾向にあるのは、特にムハマディアやナフダトゥール・ラウマといった穏健派を中心に政教分離が進められ、近代的なイスラムが政界に見られるようになったからである。しかし、憲法改革に伴って国民協議会(MPR)の力は弱まり、憲法にイスラム法を反映させようとする小さなイスラム教各政党による動きが活発化しているのも事実である。ムハマディアの元議長で、非常に優れたイスラム教の指導者でもあるアミン・ライスはこの動きに反対の姿勢を示し、一部のイスラム教政党に憲法改正案を取り下げることを提案し、その結果として憲法改正案は取り下げられた。だが、こういった議論が将来再燃する可能性が全くないわけではない。 |
現在のメガワティ大統領は力を失っているように見える。その一方で、スハルト与党であったゴルカル党は着々と改革を行っていることから、4月の総選挙で勝利を収めるのはゴルカル党であると予測している。ゴルカル党は、少なくとも10%の議席数を伸ばし、その分PDIP(闘争民主党)の議席数は10%減少するものと見込まれている。大統領選挙において、メガワティ大統領が決選投票に残るけれども、ゴルカル党が良い対立候補者を立てられるのであれば、ゴルカル党の方がメガワティ大統領よりも優勢になるかもしれない。現在考えられる対立候補は二名である。一人は、公共福祉担当調整相のユスフ・カラ氏である。彼はビジネスマンであるとともに、南スラウェシやモルッカ諸島での宗教紛争解決に寄与した人物である。非常に誠実で有能な人物であるが、政治面での経験に欠けるのが弱点であろう。もう一人が、ゴルカル党の党首であるアクバル・タンジュン氏である。アクバル氏に関しては、政府の公金横領の疑惑が残っているが、最高裁の無罪判決により汚職の疑惑を払拭し、世論を納得させることができたならば、良い対立候補になるであろう。アクバル氏は、中流階級の良家の出身で人々からの信頼も厚い。アクバル氏が大統領に就任することができたならば最高の政治家となるであろう。いずれにせよ、ゴルカル党が一致結束するならば、単に大統領選で勝利する以上のことが期待できるだろう。 |