2004年4月15日に当研究所大会議室において、「第2回日豪1.5トラック安全保障対話」開催のために来日した豪・戦略政策研究所(ASPI)のヒュー・ホワイト所長を迎え、JIIAフォーラムを開催した。ホワイト所長は、ビーズリー国防大臣の上級顧問、また1995-2000年にかけては国防副次官を務められるなど、豪州における安全保障問題の第一人者である。ホワイト所長は、アジア太平洋地域を、伝統的安全保障の文脈ではなお大国間の対立構造が大きな影響を与えうる地域である一方で、テロ等の新しい安全保障上の課題にも直面していると分析した。そして伝統的安全保障問題と新しい安全保障問題に対応するには既存の同盟関係や多国間枠組みの活性化とともに、引き続き軍事力や広範な外交手腕が重要でありつづけることを指摘した。以下はホワイト所長による講演の概要である。
<概要>
1. はじめに
他国の軍事力による威嚇や攻撃を念頭においた伝統的な安全保障と対比して、近年、より広い文脈で安全保障を捉える動きがある。国家の安全保障に影響を与えうる新しい安全保障問題の例として、テロや弱い国家・破綻国家の出現などがあげられよう。アジア太平洋に位置する豪州にとって、伝統的安全保障と新しい安全保障は、ともに重要な課題である。
2. 伝統的な安全保障問題
伝統的な安全保障問題問題を取り上げる場合、欧州とアジア太平洋地域では状況が異なると言わざるを得ない。欧州では国家間武力戦争を避けるためのさまざまなシステムが作り上げられ、国家間武力紛争の可能性は非常に低くなっている。しかしながら、アジア太平洋地域では、依然として欧州のような国家間関係を構築できているとはいえない。アジア太平洋地域では、特に中国の台頭に注目すべきであろう。中国は経済的・政治的・軍事的にもその力を急激に伸ばし、また米国との関係を強化している。このことから、伝統的安全保障問題は、米中関係の今後にかかっているといえる。そこで伝統的な安全保障問題の文脈における米中関係を、三つの視点から分析する。
まず日常レベルの関係、すなわち短期的な米中関係をみると、特に9.11事件以後、米中は特に良好な関係を保っているといえる。米国はテロとの戦いのために中国の協力を必要とし、また中国の新たな指導者層は、意図的に米国との対立を避けることを選択したためである。最近の六者会合や台湾の総統選挙をめぐる動きをみても、米中関係の好転の跡が見て取れる。
長期的に見た場合の米中関係は、両国の思い描くアジア地域の将来像に対立の素地があることに注目すべきだろう。米国はモンロー主義的立場に基づき、西太平洋に影響力を発揮する意思を持っている。その一方で中国も、軍事的文脈ではないが、同地域に政治的影響力を発揮することを望んでいる。そのため長期的にみて、米中の利益は対立する可能性がある。しかしながら、短期的レベルでの良好な関係を発展できれば、米中の対立は管理可能となるのかもしれない。
残る中期的視点でみた米中関係には、短期・長期での見通しと比較して、最も高いリスクがあると考える。具体的には米中関係には、武力対決の原因となり得る台湾問題があるためである。台湾では時に独立を目指す動きがみられるが、これはアジア地域に深刻な軍事対立をもたらすだろう。台湾の独立をきっかけに米中間に武力行使がなされることは、台湾の利益に反する。そのことからも、アジア地域にとって台湾が現状維持を目指すことが最善であろう。
米中の軍事対決を避けるために、日豪の協力が必要だろう。豪州は米国と同盟関係にあるが、この同盟関係のために豪中対立が深刻化することは望まない。豪州にとって中国は重要な国家であり、対中政策も米国と必ずしも同じではない。民主主義といったイデオロギーを重視する米国と比較して、豪州はむしろ合理的なアプローチをとりつつ、中国と接している。
今後の米中関係の在り様として、三つの可能性がある。まず一つは、米国がアジアを去り中国にアジアを委ねるもので、もう一つは米国と中国がかつての米ソ冷戦時代のような激しい対立関係に陥ることだ。これら二つは何れも豪州にとって望ましくない状態である。三つめは、米国と中国がともにパワーを発揮し、アジア地域に協調的に関与する状態である。これが豪州にとって望ましい将来の米中関係である。もちろんそのような米中関係とともに、日本や、インド、そして朝鮮半島の役割も重要である。
3. 新しい安全保障問題
豪州としては、新しい安全保障の課題についても対応してゆく必要がある。具体的には脆弱な政府・弱い国家の問題とテロの問題があげられるだろう。
前者については地球規模で考えるべきものではあるが、バルカン、アフリカ、南太平洋の事例から分かるように、同時に地域的な課題でもある。特にインドネシア、フィリピン、東ティモール、パプア・ニューギニアなど、近年太平洋地域に脆弱な政府が生じる傾向があり、豪州にとって新しい課題となっている。
後者もやはり、地球規模の課題であり、かつ地域での対応が必要とされている。テロへの対応には戦術レベルと戦略レベルがある。戦術レベルでは、国境を越えた犯罪の深刻化に対応するため、国際協力が必要ではあるが、その一方で、具体的手段は警察力や情報収集などの既存のものである。そこで戦術レベルでは既存の能力の強化が重要であり、能力の十分でない国家への支援が必要だ。次に戦略レベルでは、脆弱な国家への支援が重要となる。たとえば、国内に多様性をもつインドネシアは民主化の途上にあるが、同国が破綻国家へと進むことのないよう、豪州や日本が支援していく必要がある。
豪州は、南太平洋地域において、ソロモン政府の要請を受け、同国への支援を実行した。統治制度に困難を抱えた同国への支援は数年を必要とするであろう。さらに同地域にはパプア・ニューギニアという、ソロモンよりも大国であり、かつ統治制度に問題を抱えた国がある。国内的に危機に直面したこれらの国にいかに対処すべきかが、豪州にとっての大きな課題である。
4. 伝統的な安全保障問題と新たな安全保障問題への取り組み
伝統的な安全保障問題と新たな安全保障問題の双方に対応するためには、日豪にとって次の四つが重要な軸である。まず米国との同盟関係である。米国はアジア太平洋地域における安定化要素である。軍事的文脈ではなく、同盟関係に基づき、広い意味で地域内外での米国の活動を支援することは、日豪にとって重要となる。
次に地域的な多国間枠組みである。アジア地域にはASEAN地域フォーラムやAPECなど、いくつかの多国間枠組みがあるが、近年これらへの熱意は低下気味である。多国間枠組みの動きをさらに促進するよう努力する必要がある。
三つ目として、軍事能力が挙げられる。地域内の戦略バランスが保たれる必要があるが、通常兵器による攻撃から自国を守るための軍事能力を維持することは重要である。また、国連や同盟国による軍事力を用いた国際的な活動に協力できる能力を持っていることも、重要である。
最後に、広範な外交政策手段が挙げられる。たとえば弱い国家や破綻国家に対応するための手段を持つことが、日豪にとって重要だ。たとえば警察力の強化もそれに含まれるだろう。また、効率的な開発援助の実施も有用である。
(担当研究員 佐渡紀子 2004年5月19日記)
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