活動記録

CSIS 国際安全保障プログラム 上席研究員
ジョエル・ウィット
懇談会「米国の朝鮮半島政策の展望」

Photo: Mr.Joel S. Wit

2004年7月2日、日本国際問題研究所大会議室において、米国CSISの国際安全保障プログラムのジョエル・ウィット(Joel S. Wit)上席研究員を迎え、「米国の朝鮮半島政策の展望」と題する懇談会(JIIAフォーラム)が開催された。司会は当研究所の宮川眞喜雄所長代行が担当した。ウィット氏は、米国国務省の立場から北東アジアの安全保障問題・兵器不拡散問題に長く携わってこられた専門家である。特に米朝「合意枠組み」が調印された1994年前後は、米国側首席代表のガルーチ氏の上席顧問(senior advisor)という重責にあった。米国と朝鮮半島の関係については、米国大統領選挙の展開が北朝鮮核問題の解決にどのような影響をもたらすか、また駐韓米軍の規模削減によって東アジア安全保障の全体的様相が将来的にどう変化していくかなど、日本の未来にも関連する重要な問題点が山積している。今回はウィット氏に、北朝鮮核問題を中心として、今後の米国と朝鮮半島との関係について米国側の視点から包括的に論じていただいた。以下はその概要である。


<概要>

1. 北朝鮮核問題についての話し合い

北朝鮮へのエンゲージメントに反対してきたブッシュ政権のこれまでの政策は誤りだった。北朝鮮の譲歩を対話の入り口に設定してきたアプローチを取り下げ、最近の第3回六者協議で新しい提案を行ったことは、今までの方向性を軌道修正するための第一歩である。この変化は今後の真剣な話し合いの前触れかもしれない。実際のところ、米国の政策はこの何ヶ月かの間に正しい方向に流れ始めている。

2002年末に北朝鮮の核危機が再燃すると、ワシントンは北朝鮮に核開発を放棄するまでは対話に応じないとする強硬姿勢で臨んだ。これに対して北朝鮮は原子炉の稼動を再開し、査察を拒否し、NPTから脱退するなど激しい対応をとった。米国はどうすることもできなかったし、米国の厳しい姿勢に対しては多国間の支持も得られなかった。このアプローチはまったく失敗であった。当時の米国のアプローチは、2001年以降米国の官僚組織が分裂していたことの反映でもあった。北朝鮮核問題については、コリン・パウエルの代表する穏健派はエンゲージメント政策を最もましな選択肢として認識していたが、ラムズフェルドの代表する強硬派は北朝鮮の体制崩壊を望んでいた。第三陣営であるブッシュ大統領自身は両陣営をまたにかけており、彼の支持をめぐる戦いが両者の間で展開された。分裂は米国の北朝鮮政策を麻痺させていた。

2002年の危機は強硬派を一時的に力づけたように見えた。ところが彼らのとった措置には効果がなかったため、米国の政策も変わり始めた。北朝鮮との多国間協議は、穏健派にとっては北朝鮮と対話しながら米国国内の強硬派にプレッシャーを与える手段であった。2003年の秋から、米国は北朝鮮に対して正しい条件の下で多国間の安全の保証を与えることを考え始めた。リビアモデルの登場によって北朝鮮の独裁者にとってもエンゲージメント政策の受け入れが得策であるという例が示された。最近では米国と北朝鮮の接触の機会はかなり増えてきた。米国内で強硬派が力を持った2003年初めよりは、北朝鮮危機をめぐる状況は現在かなり改善されている。

米国の政策修正にはさまざまな説明付けが可能である。イラク情勢の転換によって強硬派が信頼を失ったこと、政策決定者の自然な学習路線、他の関係国からの圧力、大統領候補ケリーの批判を受けたブッシュが難しい問題にも現実的に対応できることを示そうとしていること、などがある。

2. 米国現政権の下での今後の展開

大統領選挙までの間、北朝鮮の動きに対して多少の積極的な反応を見せる以外、ブッシュ大統領が大きな政策転換を打ち出すことはない。多くのところは、米国の新しい姿勢に対して北朝鮮がどのような政策を打ち出すかにかかっている。

北朝鮮は民主党候補のケリーが当選して新しい北朝鮮政策を打ち出すことに期待しているという神話があるが、これは正しくない。1994年の枠組み合意(民主党側と締結)の失敗を踏まえて、北朝鮮はブッシュと合意に達することがベストだと考えている。ニクソンが中国と関係改善したように、それならば後に覆されることがないからだ。そのため北朝鮮が今大きな譲歩を行うことは考えにくいが、米国の新しい対応を踏まえて、北朝鮮の姿勢も多少変化するかもしれない。

私は今後北朝鮮が次のような姿勢を見せるのではないかと考えている。まずバーゲニングの前置きとして、政治的・財政的・経済的な利益についての要求を引き上げる。漸進的な非核化への合意など、大まかな原則に対する柔軟性をちらつかせる。プルトニウム再処理の放棄を提示しながらウラン濃縮計画は遅らせようとするなど、合意に向けた難しい選択を米国に迫る。言葉やそれ以外の手段を使って脅威を高める、などだ。もちろん、北朝鮮が本当に核開発を終結させる気があるのかどうかは全くのなぞである。

11月までに一番よいのは、六者協議の場で漸進的な合意に向けた基礎的声明が出る、あるいは特定の問題に関する限定的な成果が見られることだ。これらは大統領選挙後の情勢の展開にとって手堅い基礎を提供することになるであろう。ただ、1994年の枠組み合意の例から見ても、問題解決に向けた急速な流れが発生する可能性は完全には否定できない。

3. 次の政権ではどうなるか

11月までに危機が解決されなかった場合、どうなるか。ここで再び、われわれは神話を思い出すべきだ。第二期ブッシュ政権は、北朝鮮に対してかつてのような強硬姿勢をとる可能性は小さい。強硬派はイラクで信頼性を失った。パウエル国務長官はいなくなるかもしれないが、強硬派もほとんど残らない。政策決定を行うのは共和党の穏健なインターナショナリストたちになる。彼らは単独ではなくマルチで国際問題を解決するよう望んでいる。

それでは、ケリー大統領が誕生した場合はどうか。こちらの政権の方が北朝鮮にとってはブッシュよりも難しい交渉相手になるだろう。ケリー政権は対話を通じた外交的解決にはオープンであろうが、もし対話が失敗した場合、今度は多国間対話を行って北朝鮮に対するより強硬な措置や制裁をとるための連合を組もうとするだろう。また国内の政治的雰囲気により敏感であるため、ウラン濃縮計画の重要性、より具体的な検証手続き等について明確化していく作業はより難航する。また北朝鮮との間で具体的な合意に達したとしても、これをしっかりと履行していくためには、米朝国交正常化や米国のポジティブな朝鮮半島政策といったより大きな枠組みの中にこの合意を組み込んでいかなければならない。

南北朝鮮双方との関係を踏まえたこの地域全体に対する米国の政策は、これまで明確に提示されたことがない。ケリー政権が誕生すれば、北朝鮮をめぐる情況は一時的にひと段落するかもしれない。この機会に、ケリー政権は以下四つの要素からなる朝鮮半島政策へのビジョンを提示すべきだろう。第一に、朝鮮半島の非軍事化。米朝関係が緩和するなら、一定の条件の下で米韓同盟を解消すべき時が来るかもしれない。地域全体を視野に入れた新しい安全保障アレンジメント(在韓米軍の撤退を含む)が求められる。第二に、米朝国交正常化。両国間には休戦協定の代わりに恒久的で平和な関係が必要である。またこれによってふたつのコリアの間の歩み寄りを米国が支持していくことが可能になる。第三に、近代化。北朝鮮の経済改革を支援することで、北朝鮮の人々の生活を改善する。これはいつか訪れる南北統一のための準備にもなるし、北朝鮮を国際社会の一員として組み込んでいくためにも必要なプロセスである。第三に、人間化 (humanaization)。つまり北朝鮮の人権状況を改善し、拉致問題などの重要問題を解決することである。これは対話のための前提条件ではないが、対話の中で討議していくことができる問題だ。米国だけでなく、この問題に深い関心を寄せるヨーロッパ諸国や、日本、またそれ以外の国も積極的に関与していくことができると思う。

(担当研究員 益尾知佐子 2004年7月10日記)