2004年7月29日、日本国際問題研究所大会議室において、インドネシア外務省政策企画開発庁長官イブラヒム・ユスフ氏を迎え、「インドネシア大統領・議会選挙および東アジア共同体構想」と題するJIIAファーラムが開催された。 (文責:渡辺松男)
<講演要旨>
インドネシアの外交政策
インドネシアの外交政策は、「独立的外交」、「積極的外交政策」を基本方針としている。前者は決して国際的な流れを無視するものではなく、インドネシアが外圧を受けずに独自に対外政策を決定することを意味する。また後者は、平和で公正な世界を保持するために他国と協力し、不正義に対抗するための建設的な努力に参画する意思を表すものである。1945年の憲法では、国家開発を重点とし、国益の促進・保護を目標としていた。これに加え1999年の国民協議会令では、国益の推進、他国との協力、外交の質の向上と国際的協力の推進がその目標として掲げられた。同時に、経済の回復や貿易の自由化に十分に備える一方で、犯人引渡し条約の交渉、周辺国との協力、ASEAN域内での安定を目指している。
現メガワティ政権も積極的外交を掲げている。その中で、現在のインドネシアの外交課題は領土保全が挙げられる。これを達成するために、分離独立の動きに対し、他国の支援を受けつつ包括的かつ公正に解決を目指している。また一方で、テロ・麻薬・武器・密入国などの越境的犯罪なども重要な課題である。
インドネシアが外交を行う際には憲法上の付託に従い、その上で世界秩序に貢献することを目的としている。インドネシアの外交は、地域・グローバルの両面での枠組を通じ、同心円の中で構築を進めていくのが特徴である。第一の枠組みはその設立に中心的役割を果たしたASEANを通じ、安保・経済・社会の分野を取り扱うが、特にASEAN安保共同体を提唱している。その中でも特に海洋協力を重要項目として位置づけ、インドネシアはメラニシアの人口が多いことから、南アジア島嶼国のフォーラムを開催している。また南西太平洋の協力、インドネシア・東ティモール、オーストラリアの3カ国での協力を行っている。第二の枠組みとしては、ASEAN+3のメカニズムを通した東アジアへの積極的関与の推進、環インド洋諸国との協力、およびアジア・アフリカ地域機構会議を通してアフリカとの関係を維持に努めている。第三の枠組みとしては、経済パートナーであるアメリカとEUとの関係がある。また非同盟運動の枠組や、イスラム会議機構(OIC)、G77、G15、D8(「Development 8」−イスラム諸国8カ国)など利害を共有する途上国との関係も維持している。他方、多国間主義を尊重し、国連の国際紛争解決の役割を支持しているのが特徴であるといえよう。
東アジアの協力関係
アジア通貨危機以降、ASEAN+3の重要性はより一層増していると考える。この中での課題は域内協力であろう。ASEANと日本・中国とのチェンマイイニシアティブ等を通じた金融協力関係、FTAの促進、ASEAN+3の首脳会議、また、2003年のバリ会議におけるTAC(東南アジア友好協力条約)加盟など、さまざまな努力がされている。日本との二国間関係においても、30年にわたる友好関係に基づいて、お互いの格差を縮めるべく、キャパシティービルディングなどを通じた持続可能な発展を目指し、早期のFTAの確立を目指している。
ASEAN+3の成果としては、東アジア共同体創設へのプロセスとして、EAVG(East Asia Vision Group)とEASG(East Asia Study Group)が設置されたことが挙げられる。東アジア域内の協力分野として経済・金融、政治、環境エネルギー、安全保障が挙げられている。EASGの中では17の短期的措置と9つの中長期的措置の勧告がされているが、後者には東アジア共同体設立が含まれている。
東アジアでの協力の進捗状況については、共同体は具現化されつつあるという認識である。だが同時に問題点も存在し、一夜にして共同体が実現できるものではなく、現状の流れを強化のための戦略が求められる。ASEAN内ではその重点項目として「経済」「安全保障」「社会・文化」の3つの柱が挙げられている。東アジア共同体のコンセプトとしては、ASEANの延長線上にあるのか、あるいは同時並行的に別途地域枠組みを打ち立てるのか、様々な見解が存在する。いずれにせよ、中長期的な視点で取り組むべきで、どのようにプロセスを調和させるか、資金調達すべきかといった課題を克服しつつ、ASEAN+3の一層の推進を図らなければならない。
インドネシアの選挙について
2004年4月5日の総選挙では、24の政党が150議席を争うことになった。その結果、21.5%の得票でゴルカル党が第一党となった。メガワティ大統領の闘争民主党は18.5%で第二位の得票率であった。特筆すべきは新しい政党が5%を超える得票を得ていることである。7月には大統領選挙の一回目の投票が行われ、50%の得票率を超えなかった為、上位二政党による決戦投票が行われることになった。
今回の選挙はインドネシア史上初めての直接大統領・副大統領選挙であった。これは真の意味でのインドネシアの民主化であり、新しい時代に入ったことを示している。
インドネシアは、インド・アメリカに次ぐ世界で第三位の民主主義国であり、イスラム教と民主主義が共存できることを証明した選挙であった。この選挙の結果は、インドネシアの政治的成熟や改革・経済発展の基礎を築くものと位置づけられる。これらの成功によって更なる政治・経済の改革の機会が与えられ、国内の社会状況も改善されると思われる。これらを通じ、インドネシアにとって、安全・安定・公平な繁栄に繋がるものと考えている。
質疑応答
Q: 東アジア共同体にむけて個別分野の協力を重要視すべきとする見方があるが、それだけでは不十分である。そこでインドネシアはどのように地域協力を制度化していくのか?
A: 中国とのFTAなど既にいくつかの制度枠組みが存在し、域内のネットワークが構築されている。個々に制度化されたものをどう繋げて制度化するのか、また東アジアのサミットなどをどのように行っていくのかということが課題と認識している。また、メカニズムの問題として協力のためのフォーマットの標準化や先にも述べたIASGの勧告をいかに実施するかという課題も存在する。これらの解決には、(協力体制の構築の前に)まず短期的勧告を実施すべきであろう。また欧州の統合時には独仏がリーダシップをとったように、東アジア域内のどの国がリーダシップをとるべきかといった協議が更に必要である。またイスラム国の民主主義に関しては、プロセスは各国・地域内で自然に起こっていくべきで、他国が干渉すべき問題ではない。
イブラヒム・ユソフ氏略歴 インドネシアGadjah Mada大学社会政治学部、アジア・ジャーナリズム・インスティチュート(フィリピン)で学ぶ。インドネシア外務省教育訓練センター、バングラデシュ・ブルガリア・オーストラリア大使館等の勤務を経て、中東・アフリカ局長、中国大使館副代表、アラブ首長国連邦大使を経て、2002年より現職。
(了)
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