|
JIIA国際フォーラム テーマ:「タイの視点から見たイスラム世界」 スリン・ピッツワン氏 タイ元外相
|
日 時: 平成16年10月15日(金) 16:00-17:30
場 所: 財団法人 日本国際問題研究所 大会議室
司 会: 当研究所理事長 佐藤行雄
|
- スリン・ピッツワン元外相は本フォーラムにおいて、イスラム教の発祥から現在までの歴史を紐解きつつ、地域紛争に対するイスラムとしての観点を示した。すなわち、貧困や社会参加からの隔離がイスラムと暴力が結びつく素地を生んでおり、紛争の根本解決のためには人間開発が不可欠であると強調する。以下に講演概要を取り纏める。
概要
- 1. イスラムの発祥:キリスト教との対立の起源
-
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、いずれもアブラハムに起源をおく一神教である。それぞれの宗教は、自身の祖とする預言者以降に出現する預言者を否定することから始まっている。
キリスト教は、神を「父と子と精霊」の三位から崇める。しかし、イスラム教では、神はアッラーのみとするため、「子と精霊」の存在はありえない。そのためイスラム教とは、発祥時からキリスト教の信念を否定するところから始まっている。ここにイスラム教とキリスト教の対立の根源があるといえる。
- 2. イスラム教の東南アジアへの伝播
- サウジアラビアで生まれたイスラム教は、中東地域で発展し、商人を介して、ジャワ、スマトラ、マレー半島、フィリピンへと広がった。この伝播の経緯が、東南アジアにおけるイスラム教の特徴を形成する。
東南アジアにはすでに仏教、ヒンズー教が定着していたため、同地域で受け入れられるためにイスラム教は寛容になる必要に迫られた。現地に受け入れられるために、イスラム教は妥協し、戒律を地域の現状に適応させたともいえる。同じイスラム教でも、中東地域では、このような寛容な宗教への転換は起きていない。
- 3. イスラム純化運動の起源とその影響
- イスラム文化は、ギリシャ文化などの東方の文化と融合し、11−13世紀にギリシャの知恵や知見を西欧地域に広めてゆく。その後、西欧地域は、14−15世紀のルネサンス、宗教改革を経て、産業革命を経験する。
西欧地域がこのような発展を経験している間、中東地域は内戦等により、発展することができなかった。さらに、西欧文化が植民地主義の形をもって中東地域に流入する。また、十字軍の遠征によって繰り広げられたエルサレムを巡る凄惨な対立は、中東地域においてトラウマとなった。さらには、パレスチナ問題が生じる。このような歴史から、アラブ地域では、心臓にナイフがつきささったイメージを持ち続けている。イスラム教が生まれて以来、キリスト教文化とイスラム教文化圏では緊張と相互不信関係があるといえよう。
東南アジア地域とは異なり、中東地域のイスラムは適応の過程を経ていない。しかしながら中東地域は、イスラムの中心地を自負し続けてきた。そして中東で石油が発見されたことにより、サウジアラビアで生じたワハビズムと呼ばれるイスラム純化運動が、影響力を持った。1200年をかけてイスラム教が東南アジア地域の既存文化に適応してきたにもかかわらず、中東と同様の教義の実践を求めるために、純化運動は東南アジア地域に緊張を生んでいる。
東南アジア地域では、国内の制度が未成熟であり、国の意思決定や社会貢献に国民が十分に参加できていない国がいくつもある。そして多くの人々が貧困や失業に直面し、将来に希望を持てずにいる。貧困や将来の希望がない状況では、ワハビズムは魅力的に響く。性急なアイデンティティ形成や貧困が、その結果、マレー北部、タイ南部、そしてインドネシアに、ワハビズムが影響を及ぼす素地を生んでいる。
- 4. イスラム諸国における人間開発と日本の貢献
- しかしながら9・11同時多発テロ以来、ワハビズムに感化された一部のイスラム教徒が外部からの圧力に抵抗しているという構図ではなく、世界各地のイスラム教徒が、全体として西欧の、そして米国の抑圧に対抗する構図が生まれている。西欧は問題の解決に科学技術や武力に訴えるが、それらを過信してはいけない。対立の根底には、人間の希望、人権や尊厳の尊重を求める声がある。
ぜひ、中東からギリシャを通じて西欧に伝播した文化を中東地域に還流させ、知識伝達の環を完結させなければならない。中東地域における人間開発を推し進め、グローバルコミュニティに参加する機会を与えるべきである。将来に希望をもてない人々は、早く天国にいくためにジハードによる死を選ぶ。しかし、一定の社会的地位を与えられる人間は、ジハードの意味を違った文脈でとらえることができる。そうなれば東南アジアや中東地域において、イスラムとは人類に危害を与える動きにはつながらない。
グローバル化した今日、人間開発の課題を、彼らの問題であるとして放置できない。中東地域からのエネルギー源供給に依存する日本は、無関係ではありえない。日本の有識者、市民社会がこれらの地域の人間開発に貢献できることは数多くあると考える。
(担当研究員 佐渡 紀子)
|