国際戦略研究所(IISS)所長 Dr. John Chipman講演会
「イラクと北朝鮮について」

pic

 2003年6月4日(水)、当日本国際問題研究所大会議室において、訪日中のジョン・チップマンIISS(国際戦略問題研究所:英)所長をお招きして、「イラクと北朝鮮」をテーマに特別講演会が開催された。なお、司会は、佐藤行雄当研究所理事長が務めた。
概要は以下のとおり。


1. 概要

(1) 現在の米国の国防・外交政策の特徴

(イ) 9.11テロ以来、ワシントンにおいて支えられてきた考えとは、9.11以降の国際社会の脅威はテロと大量破壊兵器の拡散の二つに集約されるという考えである。特にこの二つの脅威が合体したときこそ、真の脅威であると認識されてきた。こうした脅威に対する認識が、米国の外交・安全保障政策及び戦略をリードしてきた。

(ロ) 自分は、こうした脅威認識に基づく現在の米国の外交・安全保障政策外交を起業家(entrepreneur)的政策と形容している。それは、新たな製品、新たなマーケットを作り出そうとする起業家精神に則って、外交・安全保障に取り組んでいるからである。ブッシュ政権は、冷戦後の国際社会の現状維持(status quo)の打破、打開、特に中東の現状の変革を目指しており、起業家的視点を取り入れた外交戦略を遂行しており、正に外交・安全保障面での起業家と言える。他方で、必ずしも、全世界規模でのこの現状維持打破という起業家戦略を適用しているわけではない。例えば、中国・台湾関係などでは、現状維持を望んでおり、地政学的な伝統を無視しているわけではない。しかし、こうした米国の現状打破戦略は欧州の同盟諸国に心理的な衝撃を与えている。
(2) 米欧関係とイラク

(イ) イラク問題をめぐって、欧米が対立したのは、主として価値観の差異からであった。欧州がイラクの査察に対してプロセスや正統な手続き等に重大な関心を示したのに対し、米国はそうしたプロセスよりもサブスタンスを重視した。仏独は、米国による政策の承認の強要、国連査察のプロセスのあり方、初めに軍事力行使ありきという考え方に反発した。また、仏独は、欧州が主張するように大量破壊兵器を見つけるために査察を行うことを、米国は支持したのではなく、米国はイラクが国連査察に対して如何に非協力的であるかということを証明するために査察を進めていたのではないかと懐疑していたのである。

(ロ) 一方、英は、他の欧州諸国は米国の権力、覇権に対して反発したと考えた。仏独が持ち出した多極主義的アプローチは、ユニラテラリズムを標榜する米国に対峙するための言い訳であると英国は考えたのである。英国は、大西洋関係の更なる悪化を危惧し、米国と行動を共にすることによって同盟関係の亀裂を避けようとしたのである。

(ハ) なお、昨年来より発表されていた米国の軍事ドクトリンは、イラクに対する先制攻撃を正当化するためのものであった。米国は、軍事力は早期に使用する方が、より効果的であると考えた。イラクに対しては、今使用しなければ、後々より大規模な軍事力を投入せざるをえなくなるような事態に陥ってしまうと考えたのである。
(3) 北朝鮮

(イ) 北朝鮮はイラクの状況とは大幅に異なる。それは、米国の対応が大きく異なるからである。唯一の共通点は、看過することは出来ない問題であるという点だけである。米国政府は、北朝鮮に対して確固たる政策を策定しきれていない。北朝鮮問題が、差し迫った危機であり、喫緊の問題との認識もない。国防省と国務省の対立も深刻で、肝心の大統領府自身も対応策を決めかねている。いわゆるネオコンが、北朝鮮に対する起業家的な現状打破政策を支持している訳ではないことも原因であろう。

(ロ) 基本的には、米国は、多極主義的アプローチを奨励しており、イラクと異なって、北朝鮮に対してはサブスタンスよりプロセスを重視する立場を取っている。イラクのときのように、初めに軍事力行使ありきではなく、寧ろ軍事オプションの有効性への懐疑が支配的である。米国は、地域の関係当事国にもっと関与して欲しい、よりイニシアティブを発揮して欲しいと考えている。

(ハ) こうした状況の中で、北朝鮮問題に対して自分は三つの提案を行っている。一つは、米国はマルチラテラルのオッファーを受け入れるべきであり、マルチラテラルの枠組みでまず交渉すべきであるということである。二つ目は、地域の関係当事国が「北朝鮮問題はマルチラテラルで解決すること」に対するステートメントを表明すべきであるということである。関係当事国が、マルチラテラルの枠組みで、「北朝鮮が核兵器を有することは許されない」というメッセージを発するべきなのである。即ち、北朝鮮問題は外交的に解決すべき問題であると国際的に声高にして述べるべきなのである。

(ニ) 三つ目は、関係当事国は、安保理決議採択を支持すべきであるということである。同決議は、経済制裁を念頭に置いたものではなく、北朝鮮の核問題は外交的に解決すべき問題であるとのメッセージを入れつつ、核のみならず、貿易を含めた包括的な法的な枠組みの策定を狙うものでなければならない

(ホ) また、大量破壊兵器を入手することは、国際社会の平和と安全への脅威であり、その脅威に対してあらゆる外交努力を惜しまないとのステートメントを関係当事国のみならず、国際社会が発していかなければならない。なぜなら、北朝鮮問題は外交的に解決可能であるからである。外交アプローチの重要性を認識し、それを実施するための枠組みを関係当事国と国際社会は構築していかなければならない。例えば、大量破壊兵器の取引をした場合には、マルチラテラルのアプローチから国際的な制裁を受けるなどの枠組みも必要である。こうしたマルチラテラルの外交枠組みを構築することは、最終的には北朝鮮とバイで対峙せざるを得なくなるであろう米国に対するマルチラテラルな外交的な後方支援ともなる。
(4) イラン

 イランにおける核兵器や大量破壊兵器の問題は、イラク程注目を浴びてこなかった。イランは、NPTを隠れ蓑に密かに行ってきた。イランは、イラクが大量破壊兵器を持っていることを確信し、それに対する脅威から、大量破壊兵器の開発を進めてきた。イランに対して影響力を有する地域国家は存在しない、歴史的にも関係の深い欧州がイラン問題に積極的に関与すべきであると考えている。イランに対しては、北朝鮮同様に軍事的オプションの選択は困難である。米国も北朝鮮同様にイランに対しては決然たる政策を有していないことも問題であり、イラン問題をより複雑化している。

2. 質疑応答

(1) フランス、ドイツ、ロシアが米国に反旗を翻したが、イラク戦後の欧州の現状を如何に捉えているのか。

 もとよりロシアは敵国であり、同盟国ではなかった。ロシアに対する米国の期待値は低い。期待がもともと低かったので、罰するという話しは必然的に出てこない。「ドイツ無視、ロシア赦す、フランスは罰する」という発言は、フランスが国連の場で米国を諌めるとか反米という動きをリードしていたことを受けたものである。他方で、米国がフランスを赦すと言えば、フランスは嫌がるであろう。なぜなら、フランスは非常にプライドの高い国であるからである。そのプライドの高さから、罰すると言われて、既に意固地になっているが、「赦す」と言われれば、プライドを傷つけられもっと怒っていたであろう。

(2) 北朝鮮と如何に交渉すべきか。

 北朝鮮の経済状況は酷いので、経済制裁は余り効果はないと考える。北朝鮮は、資金を調達するため、レジーム存続のため、安全保障の為に、核兵器の開発を進めていると考えられている。前述のように、米国が決然とした確固たる北朝鮮政策を有していないことも問題である。しかし、マルチラテラルの枠組みを構築していくことが肝要である。シャングリラ会議での、「中国で?讃・燭・圓辰燭茲Δ焚・從・・鮃圓辰討い韻弌∨鳴・・論犬Ⅶ弔蠧世襦廚箸いΕΕ・襯曠咼奪弔糧・世枠鷯錣剖縮・爾ぁ?br />
(3) イランの政体の変化はあり得るのか。

 米国はハタミ政権を変えるというオプションは考えていないと思われる。イラクに対する米国の軍事的勝利は、イランの保守派を強化している。こうした中で、政体の変化を視野に入れた起業家的政策を遂行していくことは困難であろう。

3. 所感

 「起業家精神」とは正に正鵠を射ている。欧州では、「軍靴をはいた理想主義」と揶揄される米国のユニラテラリズムを肯定的に且つ積極的に捉えている点で極めて興味深かった。
(担当研究員:片岡貞治)