JIIAフォーラム講演要旨

2005年 7月 5日

モハメド・ジャウハール・ハッサン
マレーシア戦略国際問題研究所所長
「イスラム世界 ― マレーシア人の視点」

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かつては地球上で最も進んだ文明を誇っていたイスラム世界。だが今日、テロリストはすべてイスラム教徒であるとか、イスラムといえば貧困や抑圧の象徴であるかのようなイメージがはびこっている。こうしたゆがんだイメージは現実を正確に反映したものとはいえない。単一のイスラム世界というものが存在しないということに気付けば、本当のイスラム世界が見えてくる。

イスラム世界のイメージ

欧州が暗黒の時代であった8世紀から11世紀のイスラム世界は、地球上で最も進んだ文明社会であった。しかし、今やそうした面影はない。米中枢同時テロ以降、イスラムのイメージはことに悪化し、テロ、過激主義、暴力行為と結びつけられることが当然のようになった。テロリストはすべてイスラム教徒であるとか、イスラムといえば貧困や抑圧の象徴であるかのようだ。原因の一つには、欧米メディアの偏向した報道がある。イスラム教徒自身にも責任がないわけではないが、こうしたイメージの大半は現実を正確に反映していない。

イスラム世界のABC

イスラム教徒の数は13億人にのぼり、世界の人口の5分の1を占める。キリスト教に次ぐ信者を抱えるイスラム教は、南米、アフリカ、欧州、アジアに広がっている。キリスト教世界と同様、イスラム世界も一つではなく多様な社会だ。シーア派とスンニ派の対立があり、またアラブのイスラム教徒とその他の地域のイスラム教徒との違いもある。政治体制もまちまちで、文化も異なる。イスラム圏は原油を中心に世界全体の7割のエネルギーを供給している。ところが、大半のイスラム教国は裕福などころかかなりの貧困層を抱えている。識字率の低さ、女性の人権抑圧、自由と民主主義の欠如、政情不安や治安に対する懸念などもよく問題視される。他方、それぞれの分野でうまくやっている国もある。キリスト教国にも独裁的政治体制、抑圧、テロ、暴動は存在する。宗教が原因というよりは、経済発展が遅れていることに起因する問題が多々あると思う。

イスラム世界の課題

イスラム世界の課題は(1)良好なガバナンス、(2)人材育成、(3)平和と安定――の三つ。(1)については、イスラム世界では政治、経済、社会のいずれの分野でもガバナンスの向上が求められている。国民が政治に直接参加できることが重要。イスラム教が民主主義と相いれないというのはまったくの誤りだ。(2)の前提として、貧困削減、エイズなどの感染症の抑制、経済成長、教育、犯罪の防止などの問題に取り組まなくてはならない。女性の力が顕在化すれば、人材育成は飛躍的な進歩を遂げたといえるだろう。(3)に関しては、平和で安定したイスラム教国が大半を占めているものの、部族・民族間の紛争、宗教上の対立、暴動やテロが絶えない国々もある。国際テロ活動に参加するイスラム教徒は多く、「ジハード(聖戦)」を唱えているが、こうした行為はイスラムを利用して組織を拡大しようとしているにすぎない。欧米のメディアはイスラム教徒をテロや戦闘行為と画一的に結びつけるのを好む。しかし、こうした行為の主たる責任は、イスラムの名を冠したそれぞれの組織にある。マレーシア政府はイスラム組織を含むいかなる組織による民間人へのテロ行為を非難しており、国際テロ撲滅活動に積極的に参加している。

イスラム世界の多様性

イスラム世界は多くの異なる顔を持っている。富んだものもいれば、貧しいものもいる。先進国並みに人的資源が生かされている国もあれば、この分野において世界で最も遅れた部類に入る国もある。ガバナンスが確立されている国もあれば、劣悪なガバナンス環境に甘んじている国もある。キリスト教、仏教、ヒンズー教の世界と同じく、単一のイスラム世界というものは存在しない。このことに気付いて初めて、イスラム世界について本当の理解が得られる。別の言い方をすれば、わたしたちは皆、多様性によって結ばれた一つの世界にいるのだ。

以 上