JIIAフォーラム講演要旨

2005年12月 2日
於:日本国際問題研究所

『湾岸アラブと民主主義―イラク戦争後の眺望』出版記念講演会

小杉泰 京都大学大学院教授
(「序章」担当)
松本弘 大東文化大学助教授、当研究所客員研究員
(「バハレーン」・「終章」担当)
酒井啓子 東京外国語大学大学院教授
(「イラク」担当)
福田安志 JETROアジア経済研究所上席主任研究員
(「サウジアラビア」担当)
保坂修司 日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究主幹
(「クウェート」担当)
濱田秀明 ジャパン石油開発株式会社
(「アラブ首長国連邦」担当)
大川真由子 日本学術振興会特別研究員
(「オマーン」担当)
武石礼司 富士通総研経済研究所主席研究員
(「GCC諸国の民営化」担当)
小塚郁也 防衛庁防衛研究所主任研究官
(「GCC諸国の安全保障」担当)
司会:友田錫(当研究所所長)

カタル担当の渡邊正晃氏(JETROアジア経済研究所研究員)を除く、すべての執筆者が参加して、標記出版記念の講演会が開催された。講演者多数のため、各人の発言時間は短かったが、関心を集めるGCC諸国およびイラクの近年の政治変化につき、その特徴や問題点が的確に指摘された。対象国やテーマや多岐にわたるため、講演内容の主要な点のみを以下に述べる。

  1. GCC諸国では、政治変動が生じるはずだとの一般的な予見がある一方で、石油収入による「豊かな社会」から政治改革が遅れている。しかし、経済の面では世界経済とリンクしていることによって、グローバリゼーションが早くから進行した。一般の途上国では、国民経済の形成過程でグローバリゼーションに直面しているが、GCC諸国は国民経済を経ずにグローバリゼーションが先行した。一方、政治の面におけるグローバリズムでは、80年代までは「アラブはアラブ」という意識が強かったが、湾岸戦争以降に国連主導のグローバリズム(国際社会による紛争解決)を受け入れた。しかし、イラク戦争以降は、それとは異なる米主導のグローバリズム(民主化などをグローバル・スタンダードで行う)に直面している。GCC諸国の今後の政治変化は、グローバリゼーションと国連主導/米主導のグローバリズムという三者の関係のなかで規定されていくのではないか。


  2. 民主化に対する評価は、世界的規模で各国のランク付けを行う立場と、個別事例の史的変化や特殊性を重視する立場とで大きく異なる。GCC諸国を含む中東諸国への評価は前者が非常に厳しく、後者は肯定的、積極的な場合が多い。また、GCC諸国の内部を見てみると、立法権を有する議会を持つクウェート、バハレーン、カタル(準備中)と、それを持たないサウジアラビア、オマーン、アラブ首長国連邦の2つのグループに分かれる。さらに、その議会の制度や選挙の有無などを考慮すれば、民主化に関わる共通した状況や問題は少なく、GCC諸国全体に対する評価は難しい。GCC諸国では、民衆レベルからの民主化要求が小さく、民主化の移行と定着に関わる一般的な理論は通用しない。おそらく、何がしかの眼前の問題を解決するために、民主化がもっとも有効な手段であると認識されたときに、それが実現するのであろうが、現状では民主化を導くような深刻な問題がGCC諸国に存在しているとは思えない。


  3. イラクでは、当初の予想に反して、経済や治安の回復よりも政治改革のほうが早く進行している。選挙も実施され、それは確かに自由であったが、制度としての民主化だけでは決して十分ではない。自動車などの交通手段がなく投票所に行けない、治安が悪く身の安全のために投票所に行かないといった事例が多く見られ、運用や治安といった社会的環境の問題が民主化を実質的に阻んでいる。また、政党や政党政治に対する評価の問題もある。これはイラクの事例に限らないが、集票能力のある政党が勝利しているのであって、その政党の勝利が「民意の反映」とはいえない現状がある。


  4. 一般に、イスラーム勢力は自由や女性といった民主化の基層にあたる社会や文化の問題に関して保守的であるため、民主化に関しても反対勢力に位置すると考えられている。しかし、サウジアラビアの場合はリベラル勢力とともに、イスラーム勢力も民主化要求に参加しており、イスラーム勢力のほうがむしろ中心的な存在となっている。けれども、このイスラーム勢力がやはり保守的であるため、その民主化に関わる具体的な要求や彼らのイメージは、一般の事例とは質が異なるものとなる。このため、立法権を有する議会や女性参政権などの部分については、イスラーム勢力は民主化と調和できないであろう。また、民主化は王族や宗教界の力をそぐものであり、さらに国民の国家観といった「常識」を覆すものであるため、その実現は難しいと思われる。

以 上