JIIAフォーラム講演要旨

2006年 2月22日
日本国際問題研究所で

ギナンジャール・カルタサスミタ
インドネシア地方代表議会(DPD)議長
「最近のインドネシア政治経済情勢」

インドネシアは民主化への道を確実に歩んでいる。民主主義という政治的文化の強化、新政治体制のパフォーマンス向上が鍵であるが、ユドヨノ(SBY)政権は発足後、良いスタートを切った。その後、大津波や石油価格の高騰等の大きな困難に直面したが、これらの問題に対する対応も進んでおり、国内外でユドヨノの新民主主義政権は高い支持を得ている。

この新しいインドネシアを語るためにインドネシアの政治的変遷について振り返ると、これまでスカルノ、スハルト、ハビビ、ワヒド、メガワティ、ユドヨノという6人の大統領が誕生したが、民主化要求の高まりによるスハルト体制崩壊後、ハビビ大統領の時代(1998〜)から民主化への取組みが開始された。1945年憲法の改正が着手され、数度にわたる改正により、(1) 基本的人権の拡充、(2) 地方分権化、(3) 国民協議会(MPR)の権限の縮小及び大統領直接選挙の導入、(4) 司法権の独立と整備、(5) 国軍と警察の分離といった重要な改正がなされた。憲法改正プロセスの間には1997/1998年の経済危機にも直面したが、民主主義体制の確立のための枠組みが規定されたことによって、民主化は順調に実施されてきたといえる。

2004年には総選挙と2度の大統領選挙という3つの国民による直接選挙が実施された。前者は1999年に続く2度目の民主的国政選挙、後者はインドネシア史上初の大統領直接選挙であったが、いずれも重大な選挙違反も行われず、暴動やテロなどもなく成功裡に終了したのは、インドネシアの民主化にとって大きなプラスとなった。4月に実施された総選挙では、国会議員(DPR)、州及び県/市地方議会議員(DPRD)と地方代表議会(DPD)の4種の選挙が同時に行われたが、私が立候補し、現在議長を務めている地方代表議会は民主化プロセスにおける憲法改正により新設され、2004年総選挙において初めて議員が選出されたものである。この新たな地方代表議会はいわゆる上院的な役割を担うこととなり、インドネシアの議会制はそれまでの一院制から二院制のような形態へと変化を遂げた。インドネシアの選挙システムは基本的に比例代表制であるが、新たな地方代表議会については各州4議席の選挙区制であった。

1945年憲法において三権の上位に立つ国の最高意思決定機関と位置づけられていた国民協議会は、憲法改正によってその権限が大幅に制限されたが、その一方で大統領による任命議員制度が廃止されたことにより、2004年総選挙後は国民協議会のすべての議席が民選の国会議員と地方代表議会議員によって占められることとなった結果、大統領の施政に関する監督を行う国民協議会のチェック・アンド・バランス機能は強化された。他方、大統領直接選挙制の導入は、国民の直接信託を得る大統領を国民協議会より強い立場に立たせることを可能にした。

正副大統領選挙は、国会議員総数の少なくとも15%の議席を有するか、国会議員選挙において全国の有効票の20%以上を獲得した政党又は政党連合の推薦する候補であることが参加条件である。 2004年大統領選挙では特例規定があり、6組の正副大統領候補チームが名乗りを上げた。大統領選前の総選挙においてはゴルカル党が闘争民主党を破って第一党に返り咲き、ユドヨノ率いる民主党が躍進したことが注目されたが、国民的人気の高まったユドヨノがゴルカル党のカラと組み、決選投票を経て当選した。躍進したといっても57席の国会議席しか持たない民主党のユドヨノにとっては第一党に復権したゴルカル党を政権に取り込むことは政権安定にとって必要であった。ユドヨノ政権は、大津波、石油価格の高騰に加え、石油価格高騰に伴う補助金増額による財政悪化、汚職問題、テロとの戦い、アチェ和平問題、分権化の続行等、多くの問題に取り組んでいる。分権化については、外交、国家治安、司法、金融・財政、宗教の5分野は中央政府の管轄であって地方分権化の対象ではないことを付け加えておく。

現在の民主主義国家インドネシアが直面している課題としては、(1) 経済問題、(2) 政治・ガバナンスの問題、(3) 国際問題がある。経済問題としては、成長のペースの復活、海外投資誘致の促進、財政の自立発展性の強化、国際債務・赤字予算の解消、貧困の解消等が上げられる。国家予算の20%を教育への支出に充てることが憲法改正により規定されたが、その実現に向けても取り組んでいく必要がある。さらに、鳥インフルエンザ等の衛生問題による経済的影響にも対応していかなければならない。

政治・ガバナンスの問題については、政府内及び議会における政党政治への対処、パプアや中部スラウェシ(ポソ)における紛争、グッド・ガバナンスの促進等の他、イスラムに関する問題がある。イスラムは脅威であるという風潮が世界に広がっているが、インドネシアは穏健派ムスリムが多数を占めており、イスラム法に則った国家ではない。2004年の総選挙ではムスリムの大多数はイスラム政党ではなく、ナショナリストないし世俗政党に投票したという結果も出ている。一部のムスリムは米国の対イスラム・テロ政策を疑問視してはいるが、ニューヨークで起こった「9・11」、イスラム原理主義者によるテロ行為をインドネシアのムスリムの大多数は支持していない。

国内政治問題として、国軍はインドネシアの民主化にとって脅威かという問いに対して答えるとすれば、国軍は資産 (asset) であって脅威 (threat) ではないといえよう。軍・警察に割り振られていた国民協議会の任命議席が憲法改正によってゼロとなった点をはじめ、国軍が政治において積極的な役割を果たさないという意図をもって改正された憲法を国軍は受け入れている。むしろ、アチェの大津波災害救助のために働いたように、国軍は国民と共にいると考えてもらいたい。

国際問題の課題としては、国際社会との連携強化、米国との関係強化、人権問題への取り組み等が挙げられる。日本との関係についていえば、インドネシアと日本は長らく友好関係にあり、必要な際に相互を支援する相恵的関係でもある。インドネシアは日本企業の最大受入れ国であり、日本のODAの最大供与国でもある。ある国際調査では、インドネシアは世界一の親日国家であるという結果が報告されている。昨今は日本の外交に多少の混乱や当惑を感じているところもあるが、今後も変わらぬ友好関係を築いていけることを強く希望する。

以 上