JIIAフォーラム講演要旨

           2006年10月4日
於 霞ヶ関東京會舘ゴールドスター・ルーム

デイビッド・ウォール 英王立国際問題研究所元アジア部長

「上海協力機構はNATOに代わるものか」

上海協力機構(以下SCO)は、中国、ロシア、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタンの6カ国を正式加盟国に、モンゴル、インド、パキスタン、イランの4カ国をオブザーバー国にする、地域協力機構である。その起源は、ソ連解体に伴って独立国となったカザフスタン、キルギス、タジキスタンの各国と中国との国境地帯の安定を図るための上海ファイブ(上記4カ国にロシアを加えたもの)である。中国は、ソ連解体を受けて、これら諸国の「分離主義者」が国境を越えて活動し新疆ウイグル自治区の独立運動を刺激することを警戒したのであった。1996年の結成された上海ファイブは、ウズベキスタンの加盟を得て、2001年にSCOとして改変された。

SCOは、中央アジア地域の国境の安定を図るためのものとしてスタートとしつつも、情勢の変化を受けて、その性格を刻々と変化させてきた。2001年の米国同時多発テロ事件を機に、米国は「テロとの戦い」を理由にアフガニスタンを攻撃、その前線基地としてウズベキスタンとキルギスに駐留軍を置いた。他方、中国は、中央アジア諸国への影響力拡大を企図するようになった。「ロシアの裏庭」である中央アジアでのこうした動きは、ロシアを警戒させるとともに、ロシアがSCOに一層関心を払う原因となった。SCOは、2004年の首脳会議で、加盟国間の経済関係の強化や、テロリズム・分離主義・過激主義との戦いの推進を強調し、「中ロ主導によるアジアの地域協力機構」として、広く注目を集めるようになった。

そうした中、2005年には、SCOの枠内で中国とロシアが中国領内で合同反テロ軍事演習を実施、「中ロが連携して対米牽制か」との見方さえ生んだ。しかし、同演習は、その形態や内容からみて、これを例えば「中ロ軍事同盟への道」などと過大に評価することはできないだろう。翌2006年のSCO首脳会議は、上海ファイブ設立10周年となる記念すべき会議として、SCOの今後について議論がなされたものの、具体的な成果は乏しいものであった。同会議には、核開発問題をめぐって米国との関係を悪化させているイランからアフマディネジャド大統領が参加し、SCOへのイランの期待を述べたが、総じて中国、ロシアとも冷静な対応であった。SCO正式加盟国の拡大も、実現しなかった。

SCOについて看過できないのは、中国とロシアの意識のずれである。SCOを中央アジアとの関係強化の基盤と捉えるのは中国もロシアも同じだが、それだけに、両国の間に摩擦が生じかねない。ロシアがSCOを重視する理由のひとつが、中央アジアにおけるプレゼンスを増大させる中国に対抗することにある点は、見逃せない。進展中の中国とロシアの軍事関係についても、これが「武器の買い手と売り手」の構図であることに注意しなければならない。加えて、ロシアは決して無原則に中国に最新型の兵器を売っているわけではない。ロシアは、内心では中国を信用していない。それどころか、中国の長期的な野心を警戒している。ロシアにとって、二国間関係よりも多国間関係の中で行動する方が、そうした警戒心を隠すのに容易だということもあるだろう。SCOの枠内で、様々な思惑が複雑に交錯しているのである。

以 上