JIIAフォーラム講演要旨

2006年10月17日
於:日本国際問題研究所

マイケル・ヤフダ ロンドン大学政治経済学院(LSE)名誉教授

「日中関係の現状と米国に与え得る影響」

 10月8日に開催された日中首脳会談が重要であることは語るまでもない。もちろん、会談の内容は念入りに準備されてはいたが、北朝鮮の核実験問題によって日中共に数年間論争してきた問題を避けることができた。また、この会談は両首脳がそれぞれの国内に対しても影響を及ぼす重要なものである。中国の新しい指導者である胡錦濤は、まだ政権基盤を固めている最中である。彼は、来年開催される中国共産党第17回全国代表大会で、江沢民派を削減し、自派閥の力を強めていかなくてはならない。この会談は国内に対する大きな自己アピールともなる。そして、新しい日本の指導者である安部晋三にとっても、やはり会談は就任以来の最大のイベントであり、自らの威信をかけたものであった。

 首脳会談後に日中共同プレスが発表されたが、その中で重要なのは、「日本側は、戦後60年余、一貫して平和国家として歩んできたこと、そして引き続き平和国家として歩み続けていくことを強調した。中国側は、これを積極的に評価した」という内容が含まれていたことである。また、重要なのは、台湾に関する記述がないことである。これは、中国が、感情的にならなくても日本の問題は合理的に解決できると考えていることを意味する。

 日中関係はなぜ悪化したのか。それは、中国の国際的な要因と国内的な要因に求められる。国際的な要因とは、1979年の米国による中国承認である。共産党の首脳陣からすれば、米国の承認は国民党との内戦に勝利したことになる。それは、中国が、以前の資本主義的で封建的な国家ではなく、社会主義的な国家になったことを意味した。しかし、それは同時に、日中関係が悪化する国内的な要因を作り出した。国民党との内戦に勝利したことは、内戦に関する国内向きのプロパガンダ喪失でもあった。国民に訴えるものが必要であったため、抗日戦争で勝利を収めた共産党によって中国は救われたのだというプロパガンダが始められた。抗日戦争記念館も実際に戦争が終わってかなり経ってから建設されたものである。よって、現在の若い世代は、戦争を体験した世代よりも反日感情が強い。これは、江沢民の個人的な経験とも深い関わりがある。江沢民本人も日中戦争に加わっているし、家族も戦争にかなり影響を受けたからである。

 1990年代になると自信を持った中国は、経済低迷する日本を蔑むようになった。しかし、21世紀になると日本は再び経済成長を始めた。すると、指導層の交代した中国は、日本に目を向けるようになったのである。中国の指導層は、日本との関係悪化が日中双方にとって悪影響があることを理解し始めた。中国にとって、国際社会での争いを減らし、日本との関係を改善することは自らにも益するものがある。中国が抱えている環境問題や貧富問題、高齢化問題等、経験豊富な日本と共有して解決に当たるべき問題もある。また、国際社会で重要な役割を果たしたい日本にとっても、中国との関係が悪いことは望ましくない。日中首脳会談は、日中それぞれが発展するために客観的に必要なものであったといえよう。米国と日中の関係はどうか。この会談は、米国が関与しない形で実現した。米国は会談を支持しているが、仲介したわけではない。全くの第三者である。しかし、日中関係に対する米国の役割も残されている。5年後や10年後の東アジアの未来を見据えて、米国は、日中両国に働きかけていくことになるであろう。

以 上