JIIAフォーラム講演要旨

2006年11月10日
於:霞ヶ関ビル プラザホール

久保文明  東京大学教授                 
 安井明彦  みずほ総研上席主任研究員 
中山俊宏  津田塾大学助教授            

「米国中間選挙の評価」


久保文明

 今回の中間選挙では、イラク戦争が最も重要な要素であった。選挙前に行われた数々の調査では、25から30%近くの有権者がイラク戦争を中間選挙で最も重要な争点として挙げていた。ブッシュ大統領に対する支持率の低迷も選挙結果に大きな影響を与えた。米国では、現職大統領に対して不信任を提示するために中間選挙に投票に行くという有権者が全体の何割を占めるのかという調査が毎回行われているが、1990年から2002年までに行われた中間選挙ではそれは大体15から18%ぐらいであった。しかし、今回の選挙ではそれが37%もあった。このことから分かるように、過去の中間選挙と比較して、今回の選挙では現職大統領に対する不信任という要素が際立っていた。

 米国の政局の中で、中間選挙がどの程度重要なのかということは、以外にきちんと理解されていない。日本では、中間選挙に負けると政局になるという報道がよくされるが、それは間違いである。中間選挙で勝とうが負けようが大統領の任期は決まっており、議会の支配権を握ったとしても行政府を動かすことはできない。しかしながら、議会で多数を握るということは極めて重要な意味を持つ。法案や予算案の作成権は、全て議会が握っている。つまり、野党であっても議会を支配することによって、国家の政策に相当な影響力を及ぼすことができる。共和党と民主党の政策的な違いが明確化する中で、中間選挙の結果というものは大きな意味を持つようになった。例えば、1994年の中間選挙で共和党が上下院の過半数を獲得したが、共和党はクリントン政権のアジェンダの殆どを潰してしまった。 

 今後のアメリカの政局を考える上では特に下院の動向に注目する必要がある。下院議長にはナンシー・ペロシが就任するわけだが、ペロシは現在のところホワイトハウスと対立するのではなく妥協路線を取ると言明している。ブッシュ大統領もこれまで共和党保守派に依存してきた戦略を切り替えて、民主党と協力していくと意思表明をしているので、これから両党が協力できるアジェンダも出てくるだろう。例えば、内政であれば最低賃金の引き上げや教育の分野で両党は協力できるだろう。しかし、これまでと同様に協調が難しい分野もある。減税、同性結婚、イラク戦争といった問題がそれにあたる。それには幾つかの理由があるが、まずイラク戦争に関して言えば、民主党はこれから公聴会を頻繁に開き、ブッシュ政権がイラク戦争で犯した判断ミスなどを暴きだしていこうとするだろう。このような民主党の姿勢は、中間選挙後に生まれた超党派的な協力の機運を潰してしまうかもしれない。また、今回、共和党は大幅に議席を減らしたわけだが、選挙に負けて議席を失ったのは穏健派に属していた議員が多く、結果として、残った議員は非常に保守的な思想を持った者ばかりになってしまった。このような共和党の状況は、上記分野における両党の協力をますます難しいものにしてしまうかもしれない。


安井明彦

 今回、民主党が議会で多数派となったが、その一方でホワイトハウスは共和党に握られたままである。これによっていわゆる「ねじれ現象」が生じた。ねじれ現象が生じると、大統領は、議会が極端な法案を通した場合はそれに対して拒否権を発動し、逆に大統領が何か政策を提案しても議会がそれを可決しないということが頻繁に起こるため、物事がなにも進まないと一般的にはいわれている。しかし、これまでのアメリカの政治を振り返ってみると、1980年以降でねじれ現象がなかった期間というのは6年ほどしかない。また、ねじれ現象が起きているからといって必ずしも物事が進まないというわけではない。例えば、クリントン政権は、その当時議会を支配していた共和党に歩み寄ることによって福祉改革を遂行した。
 今後、民主党と共和党が協力する可能性はあるのか?それは、2008年大統領選挙に向けた両党の駆け引きに影響されるだろう。議会を握った民主党は、イラク戦争に関する公聴会を開きブッシュ政権を責め立てる可能性もあるが、それをやり過ぎると大統領選に向けてマイナス要因となる。そのため、民主党は、08年の大統領選に勝利することができる体制を構築することを最優先課題とするであろう。一方、ブッシュ大統領の最優先課題は歴史に名を残すことができるような政策を実行することであり、そのためにある程度は民主党と妥協するであろう。
 
 議会多数派となった民主党は、具体的にどの分野の政策に影響を及ぼすことができるのであろうか?まず、最低賃金の見直しと医療費負担の引き下げに関する製薬会社等への補助金見直しについてだが、これは民主党の意向通りに進んでいくだろう。また農業法、教育法、医療保険、ファストトラックといった分野においても、民主党は少なからず影響を及ぼすことができるであろう。民主党と共和党が協力できる政策分野であるが、これは難易度順に三段階に分けられる。まず協力が最も容易であると考えられる分野として、代替エネルギー問題が挙げられる。次に、少し難しいが協力可能であると思われる分野は、教育法と医療保険である。最後に、最も協力が難しい分野として、移民法と減税が挙げられる。

 民主党が議会を支配することにより、アメリカの保護主義が強くなるという報道があるが、今回の選挙を見る限り確かにそういう兆候がある。これは、民主党に経済政策に関していえばポピュリズム的な思考を持った議員が増えたからである。しかし、民主党に保護主義を支持する議員が増えたからといって、アメリカが保護主義化していくわけではないグローバル化が進み利害関係が複雑になってきているため、アメリカが保護主義の方向に進むのはますます難しくなっている。

 最後に、民主党が議会の多数派になると、ファストトラックが通りにくくなると一般的には言われているが、必ずしもそうではない。ファストトラックとは、通商交渉に関する権限を大統領に期限付きで与えることであるが、ホワイトハウスが他国と合意した通商協定が議会で承認を受けることできるかどうかは、その通商協定に議会でどれだけ支持が集まるかにかかっている。言い換えれば、民主党が議会の多数派であるということと、ファストトラックが議会を通過するかどうかについては因果関係がないといえる。


中山俊宏

 今回の中間選挙の結果がアメリカの外交・安全保障政策に与える影響について考えてみたい。元来、外交・安保政策は大統領の専権事項なので、今回民主党が議会多数派になったからといって、それら政策の方向性が急激に変化することはない。しかし、少なからず影響も出てくるだろう。では具体的に議会はどのような方法でそれら政策に影響を与えることができるのかというと、まず予算的な締め付けがある。例えば、ミサイル防衛についてだが、これまでの民主党のスタンスやミサイル防衛のコストを考えると、議会はミサイル防衛政策に関連する予算の締め付けを主張してくると思われる。次に監査権の発動がある。これは公聴会を通して外交政策の検証を行うことができる権限である。議会は、イラク戦争開戦までのプロセスや情報機関に対する政治的圧力の有無などについて公聴会を開くだろう。議会の各委員会の委員長ポストに誰が座るかも重要である。まず上院の外交委員会を見てみると、委員長のポストに着くのはバイデン議員である。穏健派に属しているバイデンが打ち出す政策というのは、これまでの共和党の政策と余り大きな違いはないと思われる。次に軍事委員会であるが、ここにはケネディ、バード、レビン、クリントン、バイといった非常に派手な面々が属している。これら議員は(クリントンを除き)リベラル派の反戦エネルギーを引きつけながら自らの立場を決めていくだろう。最後に情報特別委員会だが、この委員会には、ロックフェラー、ファインゴールド、ボクサーといった大物が属している。この委員会は、イラク戦争がどのようなロジックで開戦されたのか、情報機関はどのような役割を果たしたのかを明らかにするために公聴会を開くであろう。下院の委員会であるが、まず国際関係委員会を見てみると、委員長には人権派のラントスが就任する。これは、中国の人権問題に影響を与える可能性がある。次に軍事委員会であるが、タカ派のスケルトンが委員長になるので大きな問題は出てこないだろう。

 ラムズフェルド国防長官解任劇の背後にあるロジックについて少し触れてみたい。ブッシュ政権は、中間選挙前に既に敗北の可能性を見越していたように思われる。現に、10月26日に、ブッシュ大統領は、イラク政策の軌道修正をうかがわせるような演説を行っている。おそらくブッシュ政権は、選挙直前に意識的にこのような演説を行うことによって、選挙後多数派となる民主党と協力するための伏線を引こうとしていたのであろう。

 今回、共和党の外交・安全保障のエスタブリッシュメント的人材であるボブ・ゲーツがラムズフェルド長官の後任として指名されたが、これはブッシュ大統領がブッシュ父政権の人脈の意見を真剣に聞きだした兆候であると解釈できる。ゲーツは超党派のイラク研究グループのメンバーでもある。イラン問題を根本的に解決できるような提言がこの研究グループから出てくることはないであろう。そういった意味で、このグループの存在意義は、超党派によってイラク問題に取り組むという姿勢を世間に示すことであると思われる。

 最後に日米関係であるが、日米関係は制度化された関係なので大きな変容はないであろう。今回の選挙で、2008年に民主党政権が誕生する可能性が出てきたわけだが、日本は民主党としっかりした関係を構築するためにも、これから2年間、民主党の東アジア政策に影響を与えうる人物を見極めていく必要があるだろう。

以 上