本日は「価値の外交」と「自由と繁栄の弧」という二つの言葉を覚えてお帰りいただきたい。日本の外交の基本が、日米同盟の強化および中国、韓国、ロシアなど近隣諸国との関係強化にあるのは言うまでもない。今回申し上げるのは、日本外交に、もう一本さらなる新機軸を加えようということだ。
第一に、民主主義、自由、人権、法の支配、市場経済といった普遍的価値を、外交を進める上で大いに重視していく。これが「価値の外交」だ。第二に、ユーラシア大陸の外周に成長する新興の民主主義国を帯のようにつなげて「自由と繁栄の弧」を作っていく。
なんとなく「バタ臭い」、あるいは先の戦争に懲りずに「価値」を説くのかと思われるかもしれない。しかし、法の支配や契約の遵守といった考え方は、相当古くから日本に存在した。なかでも特筆すべきは、江戸時代の成熟振りだ。「貸本屋」を中心に膨大な庶民が娯楽として読書を楽しみ、社会が平和に、丸く治まっていた。こうした土台があったために、日本では近代的な制度がうまく乗ったのだろう。日本は、普遍的価値を重んじる点にかけては老舗の部類に入るといえよう。さらに、戦後日本の平和主義がある。自衛隊は60年間、一発の銃も撃たず、最近では海外で汗をかいて日本のイメージを劇的に変えた。
ユーラシア大陸の外周一円は、冷戦終了後に激しく変化した一帯だ。具体的に念頭にあるのは、頭文字をとって「CLV」と呼ぶカンボジア、ラオス、ベトナム、資源供給国として重要な中央アジア諸国やグルジア、アゼルバイジャンなどのコーカサス地方の国々、さらにウクライナだ。いずれの国々とも、日本は外相会合など様々な接触を定期的に持とうとしている。「経済繁栄と民主主義を通じて、平和と幸福を」という道を、多くの国が歩んでいる。これは、戦後日本がたどった経路、また最近では、ASEAN諸国が軽やかに通過しつつある道だ。
民主主義は終わりのないマラソンだ。しかも最初の5キロくらいが難所だと相場は決まっている。日本は今後、北東アジアから中央アジア・コーカサス、トルコ、中・東欧、バルト諸国まで延びる「自由と繁栄の弧」において、マラソンを走り始めた民主主義各国の伴走ランナーを務めていく。この広大な帯状に弧を描くエリアで、自由と民主主義、市場経済と法の支配、そして人権を尊重する国々が伸びていくだろう。日本は世界システムの安定に死活的な利害を託す大国の一員だ。自らの生存と安定、繁栄という国益の3大目的を追求する際、もはや世界の出来事に無縁ではいられない。
日本にはすでに実績がある。1996年のリヨン・サミットでは「民主的発展のためのパートナーシップ」という事業を発表した。これは若い民主主義国に対して、ガバナンスの仕組みづくりに手を貸そうというものだ。この一環では、民主化・市場経済化に向け生みの苦しみを経験していたカンボジアやラオス、ベトナム、モンゴル、ウズベキスタンといった国々に対し、法制度、司法制度づくりといった国造りの基礎作業を支援した実績もある。さらには1989年の夏、ベルリンの壁が崩壊する前の段階で、日本は予兆を察してポーランドとハンガリーに対して大規模金融支援策を打ち出し、ボスニア・ヘルツェゴビナでも1995年の紛争終結後すぐに5億ドルを拠出した。これらは事実上の「価値の外交」だ。私が今日申し上げる新機軸は、実は、16、17年前から日本外交が地道に積み重ねてきた実績に、位置づけを与え、呼び名をつけようとしているに過ぎない。
「日本CLV首脳会議」や「日CLV外相会議」。「中央アジア+日本」対話や、チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキアを加えた俗に「V4」と称する中欧4カ国との対話。これらを定期化、充実化し、関係相手国と対話を重ねていく。個別的には、アフガニスタンと既にそのプロセスを始めている。その際、トルコやポーランドなど、日本を深く理解してくれている国々を足がかりにする。バルト海まで延びる「自由と繁栄の弧」を虫食い状態にしないためには、グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバのいわゆる「GUAM」一帯の安定も重要だ。目的はずばり、バルト海から黒海、カスピ海周辺という「自由と繁栄の弧」でイメージする地域に、民主主義を根付かせようとすることだ。この地域におけるわが国の外交機能も充実させたい。
EU、NATOとの協力も強化したい。去る5月にNATO本部で、自衛隊とNATOの間で今後、世界の紛争予防・平和構築の分野における協力が拡大するだろうとの、かなり踏み込んだスピーチを行ってきた。それを見越し、今から親密な付き合いをしようとの提案をしている。日本は、自由と民主主義、人権と法の支配の尊重を大切にする思いにかけて、人後に落ちない。21世紀の前半を捧げるにふさわしい課題に、思いを共にする国々と一緒に取り組めることを喜びたい。
大風呂敷だと思われる方には、ビジョンとはたいがい大風呂敷であり日本外交にはビジョンが必要だということ、日本外交のビジョンは日本人ひとりひとりが誇りと尊厳をかけるに足るビジョンだということを申し上げたい。
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