JIIAフォーラム講演要旨

2007年1月22日
於:都内・霞が関ビル プラザホール


ラジャ・モハン インディアン・エクスプレス新聞社戦略問題主筆

「台頭するインド:ニューデリーの外交・安全保障政策の変容」

まず、過去15年余りの間にインドの外交政策はなぜ大きく変化してきたのから話を始めたい。1947年の独立以来、最近までインドがやってきたことはインド自身も世界も失望させるものだった。独立以後のインドの外交・安全保障政策には3つの制約要因があった。第一に、インドとパキスタンの分割が流血の元となってきたこと、第二に、ネルーらインド独立時の指導者たちが社会主義的な経済政策を取ったこと、第三に、冷戦期インドがソ連の共産主義陣営と連携したことで、諸外国(米国、欧州、日本、中国等)との関係が制約されることになったことである。しかし、91年ごろソ連が崩壊し、また経済が破綻し経済政策を変更せざるを得なくなったことで、現在では第二、第三の制約はなくなり、インドは国際社会における重みを取り返しつつある。

次に、冷戦後のインドの外交政策がどのように変化してきたかについてである。まずインド亜大陸と近隣諸国においては、インドはかつてのイギリスの役割を引き継ぎ、地域への「安全保障の供給者」としての役割を果たしている。しかし、現在では地域におけるインドの優越性は協力関係によって維持されるべきだと考えており、また南アジア地域の安全保障問題はグローバルな安全保障問題と関連付けるべきだとの認識を持っている。その例としては、スリランカの紛争解決に日本が積極的に関与していることをインドが歓迎していることが挙げられる。このような政策は以前には考えられなかったもので、大きな変化である。パキスタンとの関係についても、現在、関係の改善を真剣に議論している。東南アジアから南アフリカにかけての「近い外国(near abroad)」地域との関係については、この地域の国々と経済・安全保障の両面で結びつきを強化しようと努力している。その一例は、シンガポールと防衛協力協定を結んだことである。第三に大国との関係であるが、これは核実験によって一時停滞したものの現在では中国、米国、日本、ロシアとすべての大国とよい関係を保っており、インドにとって非常によい状態である。このように「上昇スパイラル」にある状況において、インドはいずれかの大国を選択するよりも大国間で揺れ動くような国家(swing state)になろうとしており、これも非常に大きな変化である。

最後に、米国との原子力協力合意の問題(注1)についてだが、この合意が形成されたことはインドの外交政策の力を示すものである。1998年の核実験ではインドは馬鹿なことをやったという声も聞かれたが、2000年になると主要国はみなインドとの関係改善を求めるようになった。米国はインドに対する制裁を解除するのみならず、基本的な核体制のルールを変更し民生利用の核協力をインドとの間で回復させようという方向にまで動いた。これは、70年代初頭に米国が中国との関係を改善したことを契機に他の国々も次々と中国との関係改善に動いたことと同様に、非常に大きな意味を持つものである。米国は、1998年の核実験の数ヵ月後には、インドとのその後の原子力合意につながる協議を既に始めていたが、ブッシュ政権の二期目になって(「原子力合意」に至るために必要な)国内法の改正を行うに至った。当初、米国ではこれに反対する勢力も多かったが、実際に協議が始まると超党派ベースで国内法の改正が支持された。十年前と違い、現在インドは米国にとって非常に重要になったということである。

インドは、核兵器不拡散(NPT)条約第一条「核保有国の不拡散義務」に則り核不拡散に努めているので、インドとNPT体制との関係にはまったく問題ない。2000年及び2005年の同条約運用検討会議に際しても、インドは同条約の目的を強く支持するということを明言してきた。我われの主張は、ただインドに対する差別的対応をやめてほしいということである(注2)。原子力合意はインドを不拡散体制に組み込むことを意味するのであり、インドは(NPT条約には加わらないが)不拡散体制を支持するための義務を履行していく。

日本には、インドが不拡散義務や軍縮努力を行っていないとしてインドとの原子力協力に消極的な姿勢を示す向きも少なくないが、インドは核実験のモラトリアムやFMCT(核分裂性物質生産禁止条約)の交渉への参画、民生用原子力施設への保障措置に関するIAEA(国際原子力機関)との協議など、NPT署名を除いては何ら不拡散努力を怠っているところはないし、パキスタンや北朝鮮と違ってインドから核を拡散させたこともない。このようなインドの姿勢が日本ではあまり理解されていないようだが、インド側としても日本の理解を得るように務めたい。日本とインドは協力して国際的不拡散体制の強化に努めるべきだ。

(注1) 2005年7月、原子力平和利用に関する協力がインドと米国の間で合意された。同合意によって、米国は事実上、インドの核兵器保有を認めた。

(注2) NPT条約において、核保有は米中露英仏の五カ国に対してのみ認められており、同条約ではインドの核保有は認められないことを指している。インドは同条約に参加していない。



以 上